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 香恋が塔に戻ると、今夜もまた風呂上がりの光輝が缶ビールを呑んでいた。

更に昨日は呼ばれるまでポケットに隠れていた土の精霊も、

今夜は人間サイズでソファに座っている。日本酒を前にして。

「…お帰り。」

 やっぱり光輝は笑顔だ。

「ただいま。…もしかして、待っててくれたの…?」

「いや、そういう訳じゃないよ。僕はいつも風呂上がりはここにこうしているからね。」

 青年の言葉は、自分に気を遣わせない為の言い訳だと、水の精霊にも判る。

そういう思いやりが少し嬉しくて、笑みが浮かんだ。

「ううん、待っててくれてたって判る。ありがとう。」

 そして、土の精霊の方を向いた。

「…壮にしても待っててくれたんでしょ?

光輝がマスターだと甘えてしまって、滅多にポケットから出ないのに…。」

 クスッと水の精が笑うと、土の精霊は表情を殆ど変えずに言った。

「光輝がシャツを羽織っただけの状態だと、

ポケットの中じゃヒラヒラパタパタと居心地が悪い。

それに今夜は酒も呑みたい。それだけだ。」

 水の精霊は顔を上げた。

「明日の放課後、桃ちゃんが登校できても、お休みすることになっても、

檸檬は光輝に会いに理事長室に行きますって言ってたわ。」

「判った。ありがとう。」

 それだけで理解し、光輝は微笑んで頷いた。そして、言う。

「…でも桃ちゃん、大丈夫なのかな?昨日熱を出して、今日もお休みだったし。」

「今はもう熱は下がってるって。」

「そうか。なら、良かった。」

 光輝は水の精を見つめた。

「…さて。お姫様さえ良ければ、ここにびとーを呼びたいんだけど。」

 水の精は目を瞠った。

「…どうして?」

 光輝は悪戯っぽく笑った。

「びとーは好物のアルコールを断っているからね、本当は呑みたいだろうと思って。

沖田さんから日本酒も貰ったし。」

「…ふうん。」

 光輝が何を考えているのか判らなかったが、水の精はおとなしく頷いた。

「別に、構わないけど…。」

 光輝は微笑んでライターを灯し、炎の精を呼んだ。

「そろそろお酒が呑みたいだろう?もし桃ちゃんが大丈夫そうなら少し来ないかい?」

 光輝に呼ばれて、びとーは姿を現した。

「いらっしゃい、びとー。お疲れさま。」

 微笑む光輝に、びとーは落ち着かない気分になる。

髪は濡れ、はだけたシャツから筋肉質な胸を覗かせる光輝は、

いつもの理事長先生ではなく、色気を溢れさせる一人の男だった。

それを本人が全く意識していない為、変な嫌らしさが無く、

一層大人の魅力を引き立てている感がある。

「立山を貰ってね、今夜は壮も呑んでるし、びとーもどうかと思ったんだ。」

 微笑む光輝の側には水の精がいる。

そういえばこれまで光輝の横に女性の姿がある光景は見たことが無かった。

居心地が悪く感じるのはそのせいだろうと思い込む。

「…そうやってると、マセリィはまるで水商売の女だな。」

 何故か無性に苛立ってびとーが言うと、水の精は馬鹿にしたような瞳を向けた。

「何言ってんの?ボケてるつもり?」

 光輝はちょっと笑った。

「確かにね。」

 光輝の向かい側、壮の隣に座ったびとーに、壮が『立山』とグラスを渡す。

光輝が問い掛けた。

「桃ちゃんの様子はどうだい?」

「熱は下がったし、食欲もある。明日は登校できると思うが…。」

「そうか。良かった。

どうしても桃ちゃんみたいな子は、風邪でも何でも重症化しやすいからね。

…ずっとついてたから疲れただろう?」

 苛立ちを疲れのせいだと思ったらしい光輝に、びとーは久し振りの酒で喉を潤しながら、愚痴った。

「…桃の横にいること自体は全然辛くは無いんだが、

母親が桃から離れないことが苦痛だった。

ずっと消えていないといけないし、桃と話すことさえできないしな。」

 そして少し微笑む。

「美味いな。」

「そうだろう?!」

 自分が貰った訳ではないのに、自慢気に土の精霊が言う。

「ゆっくり味わって呑めよ。」

「ああ。」

 そんな二人を見ながら、光輝は微笑んだ。

「…何だか嬉しいよ。」

「何が?」

問い掛ける炎の精に、光輝は嬉しそうな表情のまま、瞳を伏せた。

「こうやって、みんなといられることが…。」

 精霊三人の視線が集まる。

「父が亡くなってから僕は独りでいることが多かった。

学校では理事長の仕事をある程度覚えるまで、子供達と接する時間も持てなくてね。

桃ちゃんくらいだったよ、理事長室にまで乱入して僕に会いに来てくれてたのは。

かといって、仕事を終えて家に戻っても瑞輝は大抵旅に出ていて誰もいない。

音のあまり無い空間で、独り、食事を作って食べて片付けて、掃除をして、

シャツにアイロンをかけて、風呂に入って、洗濯もして…、

そうやって一日が過ぎていった。正直に言って寂しかったよ。」

 光輝は小さく笑った。

「でも今は、精霊のみんながいてくれるし、玲さんもいる。

学校でも桃ちゃんは勿論毎日来てくれるし、

他の子供達とも少しずつ一緒に過ごす時間を持てるようになってきた。

檸檬くんも毎日桃ちゃんを迎えに来て、いろんな話をしていってくれる。

…幸せだよ、凄くね。」

 微笑む光輝に、精霊達も笑顔を返す。

「だからね、今はまだこのままでいたいんだ。この幸せを抱いて日々を過ごしたい。

それで僕の我が儘だって判っているけど、

この関係のバランスを崩すような相手はまだ誰もいれたくないんだ。」

「それで、嫌がっていたのか、見合い。」

 炎の精が呟く。光輝は微笑んで肯定した。

「この関係の中に抵抗無く入れて、

壊したり乱したりすることの無い女性もいるかもしれない。

そして僕も、そんな女性だったら好きになれるかもしれない。

だけど、それは別に今じゃなくて良いんじゃないか、って思ってる。

それに、前にびとーにも言ったけど、

見合いは僕本人よりも条件だけで判断してくる相手が多くて、

それがあからさまに見えるから嫌になるんだ。」

 びとーは頷いた。

「…光輝のそういうところは檸檬と同じだな。檸檬にも彼女を作る気は全く無い。

やっぱり気になって、その理由を聞いてみたんだ。

そうしたら、殆どの女の子が檸檬に対して見ているのが、

外見と学力、運動能力っていう条件だと言っていた。

俺はお飾りじゃないし、そういう条件にしても年齢や身を置く環境が変わっていけば、

何の意味も無くなる。

だから俺の本質を見て好意を持ってもらえなくては意味が無いってな。」

 光輝は頷いた。

「前に玲さんが予想したのが的中したね。だけど本当にその通りだよ。檸檬くんは正しい。」

「大体、そんな女が相手じゃ光輝や檸檬が勿体ないわ。」

「…光輝に面倒な女が付くようなら、俺は絶対に追い出すね。」

 通常は割と無口な壮がキッパリと締め括った。



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