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翌日の晩。檸檬はまた、グラスに水を注いで、自分の部屋に持ってきた。
そんなに簡単に答えは出せないだろうと思ったが、
水の精はまた話がしたいと思うかもしれないと考えた為だ。
桃の熱は下がったが、今日はまだ薬を飲んで部屋で安静にしている。
当然びとーもそのまま側についている。
グラスを机の上に置いて、檸檬は勉強を始めた。
「…今、良いかしら?」
しばらく経ってから、檸檬の予想通り、水の精霊が小さい姿で現れた。
「うん。大丈夫だよ。」
檸檬が勉強の手を止めて答えると、水の精霊は人間サイズに変わる。
「勝手なことをして悪いと思うけど、私、壮と光輝には話したわ。契約のこと。」
檸檬は頷いた。正直、そうなると思っていた。
ただ、契約前にびとー本人に知られると話が混乱しかねないから、
彼にだけはまだ秘密にしておきたかった。それだけだ。
「…で?」
「二人とも私の好きなようにすれば良いって。」
「そうだろうね。…それで、心は決まった?」
水の精霊は頷いた。
「ええ、決めたわ。あなたと契約するわ。」
「…いやにあっさり決めたんだね。」
檸檬に言われて、水の精霊は微笑んだ。
「今回初めて光輝としっかり話をしたわ。
あなたや壮でさえも傾倒するだけあって、本当に素敵な人だと思った。
性格というか、考え方というか、その心が。
それに、みんなで過ごす時間も間違いなく楽しいの。
だからあなたと契約することで、これからもそんな関係を、
びとーとだけじゃなくてみんなと続けていけるのかなって思ったわ。」
「そうだね。永遠に続くものなんて無いけど、この関係は当分の間続くと思うよ。」
「だから、名前を付けて。」
檸檬と水の精は見つめ合った。
「本当に良いんだね?」
「ええ。」
檸檬は笑顔を見せた。こんな素直で明るい笑顔を見たのは初めてだった。
「ありがとう。」
頷いた水の精は、自分の方が感謝したいような気持ちだった。
偽りの無い檸檬の笑顔には、彼女にそんな思いを起こさせるだけの力があった。
「…君の名前は香恋。俺のところまで、恋心が香ってきたから。…嫌か?」
水の精は首を振った。
「いいえ。素敵な名前をありがとう。これからよろしくね、檸檬。」
「こっちこそ、よろしく。」
笑顔で、また前髪をかきあげながら檸檬は続けた。
「きちんと契約したこと、俺からも理事長先生や壮さんに話したいから、
明日の放課後、理事長室に行くよ。
桃が登校できても、休むことになっても。…びとーに話すのはその後にする。」
「…桃ちゃんは大丈夫なの?」
檸檬は頷いた。
「もう熱は下がってる。今夜これで熱が上がらなければ、明日は学校に行けると思うけど。」
そして、ニヤリと笑った。
「びとーがずっと桃についてて、羨ましい?」
香恋はぷっと頬を膨らませた。
「檸檬って、実は意地悪よね。」