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 水の精が塔に戻るとリビングのソファに光輝が座っていた。缶ビールを手にしている。

「お帰り。何処に行ってたんだい?」

 急に現れた水の精に驚きもせず笑顔を見せる光輝に、水の精も微笑み返す。

「そんな無粋なこと、若い女性に聞くもんじゃないわ。」

「それもそうだね。」

 風呂上がりらしい光輝は、髪から雫を落としている。

ビールの缶を弄ぶ指はすっきりと長い。

「ふうん…。」

 見つめる水の精に、光輝は顔を上げた。

「どうかした?」

「ううん。光輝って実はかなりセクシーなんだなって思っただけよ。」

 普段は仕事柄、スーツか作業服にネクタイという服装が多く、

家に戻ると大抵ポロシャツにコットンパンツという姿でいる光輝が、

今は裸身にカジュアルシャツを羽織り、下はブラックジーンズだ。

子供達を抱えたりすることが多い為か、

はだけたシャツの奥に見える胸にはしっかりした筋肉が顔を覗かせている。

肌が水を弾く感じが艶めかしい。

「君はもっとセクシーな精霊達を見慣れているだろう?」

 冗談だと思ったのだろう、光輝が苦笑する。

「あら。精霊は確かに綺麗だけど、それはセクシーさとはまた別でしょ?

それに光輝には光輝にしかない色気があるわよ。

大体、いつも落ち着きのない瑞輝がそういう姿になったところで、

水遊び後のガキンチョにしか見えないわ。」

「酷いな。」

「でも本当。普段キチンとしている光輝だからこそグッとくるものがあるのよ。」

 少し笑った後、水の精は視線を落とした。

「…光輝も、お見合いの話があるんでしょ?どうして、恋人、作らなかったの?今まで。」

「どうしたんだい、急に?」

「もし私が人間の女だったら、光輝の心を欲しいと思ったかもしれない、と思って。」

「…精霊だろうと人間だろうと、君が欲しいと思うのはびとーの心だけじゃないのかい?」

 水の精は弾かれたように顔を上げた。

「…どうして?」

 光輝は柔らかく微笑んだ。

「感じられるんだ、君の想いが…。」

 水の精の戸惑いを感じて、光輝は言葉を足した。

「僕が壮と契約したせいかもしれないね。

水が大地に吸い込まれるみたいに、

君のびとーへの想いが染み込んでくるように感じられるよ。

だから多分、壮にも判っているんじゃないのかな。」

「…そんなに私の感情って丸見えかしら…?」

水の精の囁きが聞き取れず、光輝は首を傾げた。

「そんな話をするってことは、びとーのところに行っていたのかい?」

 問い掛ける光輝に首を振って、水の精は顔を上げた。

「今、光輝のポケットに壮はいる?」

「ああ、いるよ。」

 光輝がその長い指でミニチュアサイズの土の精霊をつまみ出した。

テーブルの上に座らせる。

「何だよ。面倒事は御免だ。」

「面倒になる前に相談したいのよ。

光輝と壮以外にこんなこと話せる相手がいないんだから。」

 そして、水の精霊は目を伏せた。

「私が行っていたのは、あの少年のところよ。檸檬っていう…。」

「檸檬くん?」

「ええ。水を使って呼び出されたわ。」

そして、檸檬の提案を二人に打ち明ける。その上で心情を零した。

「正直に言うとね、最初のご主人様のところで十数年、みんなと一緒にいたけれど、

あの時も彼にとって私は精霊の一人でしかなかった。

私を女性として扱ってくれたことは殆ど無かったの。

側にいて、時を刻む毎にそれを確認するような日々がまた始まるのかと思うと、

とても辛い…。切ないの…。

かといって、檸檬が提供してくれるという居場所に、違う女性の精霊がつくのはもっと嫌。この世界には、他の人間が呼び出した精霊達も数多くいるから…。

だからもう私、判らないの、どうした方が良いのか…。」

「面倒さえ起きなければ、俺はお前の好きなようにすれば良いと思っている。」

「壮はいつもそれだね。」

 光輝が苦笑いする。

「光輝はどう思う?」

 心細げに問い掛ける水の精に、光輝は微かに口元を緩めた。

「…君は良いね。それだけ好きになれる相手に巡り会えたんだから。」

 そして考えながら、言葉を選ぶように話し出した。

「この件に関しては、僕は桃ちゃんにびとーを付けてしまった責任があるから、

檸檬くんが必要だと思うのなら、契約も仕方ないと思うし、

その時は協力も惜しまないつもりでいる。

君にとっても悪い話という訳ではないし、

君を敵に回すような未来も避けられるだろうしね。

ただ正直な話、檸檬くんには、ごく普通で、

だけど幸せな人生を送って欲しいという気持ちもあるんだ。

どうしても彼は、全てを桃ちゃん中心に考えてしまいがちだからね。

それなのに、更に自分にまで使い魔を付けてしまったら、

少年らしい楽しみとか生活を失わせてしまうんじゃないかという懸念は消せないよ。」

「だが、それも彼自身が選んだことだ。」

 使い魔に言われて、光輝も頷いた。

「そうなんだよね。檸檬くんがそれを選んでしまっているから。」

 光輝は真っ直ぐ水の精を見た。優しい瞳だった。

「だから、やっぱり君自身で決めれば良いと思う。

どういう結論を出しても、俺は応援するよ、君のことも、檸檬くんのことも。」

 水の精は照れたように微笑んだ。

「…ありがとう。」

「でも、多分。」

 思い出したように呟く光輝に、水の精は瞳を上げた。

「檸檬くんと君の相性っていうのかな、波長は合っていると思う。

面識さえ無かった状態で、危機的状況の中、あんなに距離が離れていても、

檸檬くんは君の想いを感じ取れたんだからね。」

「…そうね。」

「それから、最初のご主人の時とは違う未来に進める可能性もあるってことを

頭に留めておくと良いよ。

側にいるだけで、変わっていく何かを感じられるかもしれないから。

君とびとーの間にいるのが、みんな家族に、と望んだマスターではなく、

お互いを大切に思い合っている桃ちゃんと檸檬くんだからね。」

「…どういう意味?」

 光輝の真意を量りかねて、水の精は眉をひそめた。光輝は微笑む。

「ああ見えてびとーって、ご主人様には忠実なんじゃないのかい?

だから、ご主人様が『家族に』と望んだのであれば、

もう無意識に他の精霊達と兄妹であらねばと自分に課してしまう。

その他の感情を持つことを絶対に自分に赦さない、そんな気がするんだ。」

 光輝の言っている意味を、水の精は噛み締めた。

「じゃあ…。」

「桃ちゃんの使い魔になったことで、『家族』の枠が外れたんだよ。」

水の精はようやく微笑んだ。心が軽くなった気がした。



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