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 その夜は、小児科で貰った薬を飲んでも熱が下がらない桃に、母親が付き添っていた。桃のような子供は、軽い風邪でも治りにくいことがあるのだ。

勿論、炎の精も姿を消して桃の側にいる。

そこで、思い立った檸檬はグラスに水を入れ、部屋へと持ってきた。

びとーは、炎を利用して離れている相手とも話ができる。

だから水の精霊とも、水を媒体にすれば話をすることができると思ったのだ。

そしてそれは間違いではなかった。ほどなく、檸檬の部屋に女性の姿が浮かび上がった。

「…檸檬、だったわね。珍しいわね、あなたが私を呼ぶなんて。

恨んでるんでしょ、あなたとあなたの可愛い妹を殺そうとした私達を…。」

「…まぁね。」

 冷酷にも見える薄笑いを浮かべる檸檬は、掴み所が無く、

とても中学生とは思えない雰囲気を纏っている。

「じゃあ、どうして?」

「あなたと取引したいと思って、ね。」

「取引?」

 顔に掛かる前髪をかきあげて、檸檬は微かに笑った。

「そう。」

「どういうこと?」

「あなたは、びとーに恋をしている。そうでしょう?」

 水の精霊の瞳が厳しく光る。

「何、ですって?」

「ごまかさなくて良いよ。あの時…、びとーが桃と俺と一緒に消滅するって言った時、

あなたの激情が俺の中に流れ込んできたよ。

あの人を傷付けたくない、失いたくない、って。

それに、桃と俺に対する狂おしい程の嫉妬の感情も…、ね。」

「私があいつに恋しているなんて。」

「嘘、とは言わせないよ。」

 水の精はため息をこぼした。

「…あなたは何がしたいの?目的は何?」

「だから、取引したいんだってば。」

「その取引の内容のことを言ってるの。」

 檸檬は薄笑いのまま、水の精を見据えた。

「桃の安全を買いたい。」

 水の精は呆れた表情になる。

「あなたが妹にでれでれしてるっていうのは、あながち嘘じゃなかったのね。」

「そう。嘘じゃないよ。俺の妹、桃は普通の子じゃない。自分で自分を守れないんだ。

だから俺が桃を一生涯守っていくと決めた。」

「どうしてそこまで?」

「あなたに言っても仕方ないけど、桃は身体も普通の子程は強くないし、知能も低い。

正直、待ち望んでいた可愛い妹が知恵遅れだったと気付いた時、

俺はものすごくショックだったよ。」

「酷いことをはっきり言うわね。」

「言葉を飾っても、ごまかしても、事実は変わらないからね。

…だけど少しずつ大きくなるにつれて判ったんだ、

この妹が誰よりも純粋でとても綺麗な心の持ち主だということに。

ありとあらゆる面で桃は手が掛かるけれど、

その分、荒みそうになる俺をその柔らかい心で常に癒してくれている。

…現実問題、親はどうしても先に亡くなるだろう。

でも、そうなった後も、俺が桃を支え、見守っていきたいんだ。

そんな、かけがえのない妹だから。」

「じゃあなぜ使い魔付きにしてしまったの?余計な心配が増えるでしょう?」

「それは不可抗力だよ。俺にはどうしようもなかった。

ある日、学校に桃を迎えに行ったらその時には既にびとーがくっついていたからね。」

「そうなの?」

「うん。…でも、厄介だと思う以上に嬉しかった。

びとーは俺達より遙かに寿命が長いから、たとえ将来俺の方が先に死んでも、

びとーがいてくれたら、桃は大丈夫だと思えたからね。

今思うと、初めて見る使い魔を、無条件に完璧だと思い込んでいたんだね。

事実、びとーは頭が良くて強かったから。」

「まぁ、そうね。人間を基準にすると、間違いなく長寿だし強いわね。」

「雷の精を相手にしている時も、びとーは全然余裕だった。

だけど、あなたに水を浴びせられた時、色と力を失った。」

 檸檬は前髪をかき上げて続けた。

「別にびとーに苦手なものがあっても仕方ないと思ってる。

俺だって万能じゃない訳だから。

だけど、桃の為にも不安因子は少しでも取り除いておきたい。

びとーよりも強いかもしれない壮さんは、理事長先生の使い魔になった。

桃を含め、沢山の子供達をあんなに大切に思っている理事長先生が、

使い魔を使って桃を傷付けることは絶対にあり得ない。

風はびとーの力を左右できるけれど、こっちも瑞輝さんが主人だから、

多分心配はいらない。

雷の精は単独ではびとーに敵わないし、

今のところ俺の中で一番引っかかるのはあなたなんだ。」

 水の精は息をついた。

「で?どうやって安心を買うつもり?」

 檸檬は真っ直ぐ水の精を見つめた。

「俺と契約してほしい。」

「契約?!」

 思いもよらない提案に、水の精は声を上げた。

檸檬は立てた人差し指を自らの口元にもっていく。

「静かにして。こんな話をしていることは、今はまだびとーには気付かれたくないから。」

 水の精もつい自分の掌を口元に当て、頷いた。その様子を確かめて、檸檬は続ける。

「契約をして俺がマスターになれば、

あなたは俺の意に染まないことはできなくなるだろう?」

「ええ。そうね。」

 そこは事実なだけに水の精も素直に頷いた。檸檬は少し微笑む。

「次はあなたのサイドで話をしよう。

現在びとーの一番近くにいられるのは、主人である俺の妹、桃だ。

そして、その桃の近くにいられるのは、びとー本人を除けば俺ということになる。

俺と契約することであなたが得られるのは、びとーのすぐ側にいる権利と時間だ。

そのことであなたが取り繕うことは何も無い。

ただ俺の強い希望に根負けして使い魔になっただけなんだから。

そして、俺か桃が死ぬまで、又は契約を切るまでは、

あなたがびとーの一番近くにいられる精霊ということになる。」

 伸びてきた前髪が気になるのか、それとも癖なのか、檸檬はまたかきあげながら話す。

「考えてもみてよ。朝起きてから夜寝るまで、学校にいる時間以外は殆ど、

俺は桃と一緒にいる。

そして、学校にいる間も俺が桃を守ることを前提にあなたと契約している以上、

俺の側でなく、桃の側にいてもらうことになる。

俺の方であなたが必要となった時は、

今回みたいに水を使って呼び寄せることができるんだから。」

「ええ。」

「つまり、桃を真ん中に置いて、びとーとあなたは大抵一緒にいられることになる。

あなたのびとーへの想いが本物なら、悪くない取引だと思うけど。」

 答えに窮する水の精に檸檬は微笑んだ。

「今すぐ返事をしろとは言わない。少し考えてみて。」

 檸檬に頷いて、水の精は姿を消した。



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