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このところ、びとーは桃が授業を受けている間、よく校内を散歩している。
とりあえず今は、桃を脅かすような存在がいない為、
ベッタリくっついていなくても大丈夫だ。
更に、普段姿を見ないのに有事の時だけ現れるのも、
学校関係者や保護者は勿論、子供達から見ても不自然だろう。
日頃からちょこちょこと校内を動いていれば、
いざという時に見える姿で現れても不審に思われることはない。
というのは実は建前で、本音を言えば退屈なのだ。
理事長付きの使い魔と違って、長時間じっとしているのは苦手なのである。
今日も歩き回っていたびとーは、廊下で沖田校長に会った。
「おはようございます。」
挨拶をすると、沖田校長は手招きをした。
「おはよう、美透。ちょっと来い。」
「はい。」
校長室に呼ばれるような理由は思い当たらなかったが、
びとーはおとなしくついて行った。
中に入ると座るよう促され、沖田と向かい合う形で、ソファに腰掛ける。
「…美透。光輝の見合いの話は聞いたか?」
「はい。」
沖田が何故その話題を自分に振るのかよく判らなかったが、びとーは素直に頷いた。
「光輝は三十二。だが、お前はもう三十四だ。」
びとーはまた頷く。とはいえ三十四は自称である。
精霊だけに年齢がはっきりしない為、経歴をでっち上げた際に玲が勝手に決めた歳だ。
ちなみに瑞輝と光輝の両親は運命の出逢いをして、
電撃結婚した為、たったの二歳違いにしても十分辻褄は合うことになっている。
「そんな歳にもなって、仕事もせんとフラフラしとるんか!と思わんでもなかったが、
不審者の侵入や放火事件、誘拐未遂事件の後、お前は実によく学校を見回ってくれとる。」
本当は退屈しのぎなので、どう返事をして良いのか判らない。曖昧に濁す。
「…はぁ…。」
「つまりお前も、別にこの学校が嫌いだという訳ではないのだろう。」
まだびとーには話が見えない。だが、お説教という訳でもなさそうだとは思った。
「これは、光輝や瑞輝、間宮君と相談して、ということになるだろうが、
もしお前に、今後もこの学校の為に働く意欲があるなら、
事務局の仕事をしてみたらどうかと思ってな。
今は間宮君が事務局長を兼任しているが、
彼とて秘書と両方の仕事を並行して行うのは大変だろうと思う。
だから、いずれはお前に事務局を委ねたいと思うのだ。」
「事務局長に、ということですか?ですが、私にはそんな大役は…。」
「なぁに。初めは私の手伝いと間宮君の補佐から始めていけば良い。
その内、慣れてきたら、幅広く何でもこなせるようになるだろう。」
炎の精という立場からすると、話が妙な方向に動き始めた。
精霊に定職があるってどうよ?!
と思いつつ、
「申し訳ないのですが、私には学校という組織の仕事の知識も経験もありませんし、
さすがに無理なのでは…。」
「心配はいらん。判らないことは私か間宮君に聞けば良い。
一日で仕事を覚えろなんていう無理も言わん。
仕事は男の生き甲斐となりうるものだからな、とにかくやってみろ。」
ここで反論を続けても沖田が耳を貸さないことは目に見えている。
かといって、承諾すると今からでも動き出しそうだ。
後で双子や玲と相談することにして、この場は保留を申し出る。
「少し、考える時間を…。」
「難しく考える必要はない。来週から始めるぞ。」
「…はぁ…?!」
「で、上手く仕事が軌道に乗ったら、お前にも良い話を探してきてやる。頑張るんだぞ。」
話の意外な流れに絶句するびとー。
『良い話って何だ?お前にもってどういう意味だ?見合いか?見合いのことか?
精霊の俺に人間の嫁が必要かっ?!そんな訳ねぇだろうがーっ!嫁なんかいらーんっ!』
だが、そんなびとーの心の叫びは、沖田に届いたりはしないのであった。