<14>
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桃が眠った後、檸檬と香恋は檸檬の部屋に戻る。
勉強していた檸檬の傍らに香恋が座った。
「…香恋。別に俺にはくっついてなくて良いんだよ?
桃も寝たし、理事長先生のところに行ってきたら?」
「ええ。…でも、今日は良いわ。」
憂いを含む横顔に、檸檬は開いていた参考書を閉じた。
「何かあったの?」
首を振る香恋。
そこに、微かなノックがあって、びとーが入ってきた。
「びとーもお疲れさま。理事長先生のところに行くの?」
「香恋は行かないのか?」
「今日はやめておくわ。」
びとーは眉をひそめた。
「何かあったのか?」
「俺とおんなじこと聞くね。」
檸檬がちょっと笑う。
「…私が光輝のところに行かないのが、そんなにおかしい?」
「おかしいのは、香恋の様子だよ?」
檸檬が言った。
「頼りなくても子供でも、一応俺は香恋のマスターだからね、
いつもと違う雰囲気を感じたら、心配だってするよ。」
「…ちょっと、考えてるだけよ。」
「光輝の見合いのことか?」
香恋は瞳を伏せた。
「人間っておかしいわね。
どうして結婚したくないっていう人にまで、無理矢理、異性と引き合わせるの?
良い男と良い女がいて、お互いに良い人だなって思ったとしても、恋や愛とは違うでしょ?どうしても結婚しなきゃならない理由があるのかしら?」
「この前から何か変だよな。…お前、光輝に惚れてんのか?」
「「はあっ?!」」
香恋どころか檸檬にまで声を上げられて、炎の精はたじろいだ。
「なっ、何だ?違うのか?」
「俺には何をどう考えたらそうなるのか判らないね。」
「いや、俺の知らないうちに光輝と契約の相談していたり、
この前の晩も妙に親密そうだったからな。」
首を傾げる香恋。
「親密?何が?」
「光輝と壮が向かい合って座っていて、お前は光輝のすぐ横にくっついていただろう?
壮の横じゃなく。」
香恋は呆れたような瞳を向けた。
「隣に座っただけで親密なら、私は檸檬とも大恋愛中ってことになるわね。」
使い魔の言葉に、檸檬もちょっと笑った。
「そうだね。…まぁでも、確かに理事長先生は良い男だよ。
俺が女だったら間違いなく夢中になってるね。
あの器の大きさ、思慮深さ、優しくて温かい人柄も。
もし香恋が理事長先生を好きになったとしても、おかしいとは思わないよ。」
「…もし檸檬が女の子で光輝に恋したりなんかしたら、あらゆる手練手管を駆使して、
光輝を手に入れようとしそうだな。その頭脳をフルに使って。」
びとーが言うと、香恋が尋ねた。
「光輝と檸檬って幾つ年が離れてるの?」
「檸檬とだったら十八歳か。」
「今は年の差カップルも多いから、射程圏内だと言っても良いわね。
今から大人になるまでに時間も沢山あるし。
けれど、そんな簡単には落ちそうにない気がするわ、光輝は。」
「いやぁ、檸檬はかなり光輝に気に入られているから、判らないぜ?」
「それは男の子だからでしょ。
女の子相手だったら、最初からもっと違った接し方をしていたと思うし、
そもそもこんなに仲良くなってないんじゃないかしら?
おそらく恋愛からは一歩引いた関係になってると思うわ。」
「まぁ、実際には俺は男だから、理事長先生に対して持ってるのは、
将来はあんな男になりたいっていう憧れと尊敬の気持ちだけどさ。
だけど香恋、どうしてそんなに確信ありげなの?」
「だって、言ってみたことがあるもの。」
「何て?」
「私が人間の女だったら、光輝の心が欲しいって思うかもしれないって。」
「で、理事長先生は?」
香恋は肩をすくめた。
「本気にしてくれなくて、軽くあしらわれちゃったわ。」
「何だか理事長先生らしい気がするね。」
「女性を傷付けないように上手くかわすのが、でしょ?
私もそう思うの。多分、光輝は今、本当に異性に興味が無いの。
だから必要以上に親しくはならないし、邪険にもしない。
そのどちらも相手の心に影響を残しかねないから。」
びとーが面白くなさそうに言う。
「…そんな話をするってことは、やっぱり親密なんじゃねぇか。」
その言葉に、檸檬が疑問を持った。
「親密親密って、精霊と人間で恋愛ってできるものなの?」
「できるわよ。」
檸檬のその問いには香恋も即答する。
「私達精霊も、人型の時は人間と肉体構造は殆ど変わらないの。
だから、びとーのように、身分さえ詐称してしまえば結婚もできるし、
子供だってできるのよ。
ただ、その子供は、人間よりは強くて長寿、精霊よりは弱くて短命。
そして、精霊の使役する力に対する耐性のようなものが、
普通の人間より強固だったりするわ。
それから、人間との子供、そして、違う力を使役する精霊同士の子供は、人型のまま。
私達みたいに水なら水の姿、炎なら炎の姿にはなれない。」
檸檬は初めて聞く話に目を見開いた。
「そうなの?じゃあたとえば、本当にたとえばだけど、
理事長先生と香恋が結婚したらちゃんと赤ちゃんが生まれて…。」
「その子は水に強い、つまり泳ぐのが得意だったり、
長く潜っていられたりできる子に育つの。
但し、私みたいに水の姿にはなれない。
受け継ぐ力の強さ次第では、少し水の力を操ることはできるかもしれないけれど、
ほんの僅かね。」
「…そうなのか…。だけど、その場合、人間である理事長先生が、
精霊の香恋よりも遙かに早く寿命を迎えることになるよね?」
「そうね。でもそれは仕方がないと思って覚悟するしかないわ。」
びとーが不機嫌に口を挟む。
「なぁ香恋。光輝に惚れてる訳じゃねぇって言うのなら、
どうして最近、光輝の見合いにそんなにもこだわるんだ?」
檸檬が悪戯っぽく笑った。
「あんまり探り過ぎない方が良いよ、びとー。
だって女の人には少しくらいの謎があった方が良いじゃない。
そこに男は惹かれるんだからさ。…それとも、香恋の謎は全て知っていたい?」
「馬鹿野郎。」
一言言ってびとーは檸檬の額を指で弾いた。