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翌日の放課後。元気に登校した桃を迎えに、檸檬が理事長室を訪れた。
側に水の精も現れる。
「…理事長先生。」
檸檬の真っ直ぐな瞳に、光輝は笑顔で頷いて、
何も言わせずにその肩をぽんぽんと叩いた。
「彼女の名前を聞いても良いかい?」
突然の話に、びとーが狼狽える。
「名前って、彼女って、まさか…。」
光輝がニッコリ笑う。
邪気のない笑顔がこんなにも腹黒く見えることがあると、初めて知った炎の精だ。
「そう。檸檬くんに彼女と契約して貰った。」
「なっ、なんっ、何で…。」
光輝は少し首を傾げる。
「びとーが何故そんなにも動揺するのか判らないな。…桃ちゃんは女の子なんだよ?
これからもっと成長して、思春期も迎えるし、身体だって変わっていく。
そういった部分でのフォローは、凄くデリケートな問題だから、
男の子である檸檬くんには無理だ。当然びとーにもね。
それで、僕が彼女と契約することを提案した。
桃ちゃんに二人の使い魔は無理があるから、檸檬くんと契約するっていう形で。」
「そっ、そんな勝手に…。」
「そう。僕と壮で勝手に決めた。何か異存があるのかい?炎の使い魔くん。」
笑顔の光輝の背後にドス黒いオーラが見える気がするびとーだ。
穏和に見える光輝だが、実は状況によっては容赦のない男なのだと思った。
「じゃっじゃあ、昨日の晩、何やら妙に親密に、
光輝と壮とマセリィが顔を付き合わせていたのは…。」
光輝は頷いた。
「そう。びとーを呼ぶまではこの話をしていた、」
檸檬も、そして香恋も気がついた。
契約したことの全ての責任を、光輝が壮と一緒に被ってくれたのだ。
自分達が提案した、と言うことで。
三人で一緒にいた姿をびとーに見せることで、
その話に信憑性を持たせているところが心憎い。
更に、契約させた理由を桃が女の子であることにもってきた。
これで、びとーの使い魔としてのプライドをも傷付けることはない。
改めて光輝の配慮の深さに感動する檸檬だ。
「檸檬くん。」
瞳に感謝が宿る檸檬に、光輝は優しい瞳を向けた。
「使い魔絡みでも、そうでなくても、困ったことや悩むことは僕達に相談して欲しい。
君はどうしても自分一人で背負おうとする。でも、ここに僕と壮がいることも忘れないで。」
「はい。ありがとうございます。」
檸檬は笑顔になった。
「改めて聞いて良いかい?君が付けた彼女の名前。」
「はい。香恋です。恋心の香りで。
…俺はまだ恋をしたことは無いけれど、恋の香りを形にすれば、
きっと彼女のように美しいだろうと思って名付けました。」
「うん。綺麗な名前だね。」
光輝は水の精を見た。
「じゃあ香恋。これからもよろしく。桃ちゃんを頼んだよ。」
「ええ。」
香恋も笑顔で頷いた。