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興味津々

 ふと、大我の前に積まれた饅頭を見て思った。逢架が喜びそうだと。

 「大我様、食べないのですか?」

 「えー、まあな。饅頭は好きだけど食ったら駄目だろこれは」

 そう言いつつ大我は天辺の一つを摘まむ。真っ白なそれには、最近熱心に大我に求婚中の猫又一族の家紋が大きく記されている。何も極端な、と思わないでもないのだが恐らくこの饅頭を大我が口にすれば、愛を受け入れたということにされる可能性も無きにしも非ず。まだ若いとはいえ妖の中でも特に力を持つ九尾の妖孤になる存在――現に六本まで、尾は生えている――を親類に持てば怖いもの知らず。大我を娘の姪の、果ては甥の、息子の旦那に、いえいえ妾でもいいのでどうにか――そんな内容の手紙と写真と贈り物。その一環がこの饅頭だ。狐同士の純系ではないために次期当主に孫がなれないことなどどうでもいいらしい。大我の寵愛を得たいだけだ。

 その為には手段を惜しまないらしく、この饅頭にしたってよく見れば分かる。ただの大我の好物と言うだけではなく、彼が贔屓にしている、人間の小さな店で買ったものだ。そこまで調べるのならついでに、大我が幼馴染で婚約者の玻璃に心底惚れこんでいるという情報まで得て欲しかったものだと思う。

 「では、頂いても?」

 「え? お前猫さんと結婚すんの?」

 「致しません、私は食べません。……友人に贈ろうと。それと猫さんとかいう呼び方はおやめください。禍根を生んでしまったら後始末するのは私なのですよ?」

 「友人!」

 金色の髪をふわりと浮かせて勢いよく立ち上がった大我は、草灯に詰め寄る。

 「友人って何だ、草灯友達なんかいたのか! 女、男? 若い? 年寄り? 何の血筋? いつどこで知り合った、名前は!」

 「……失礼な」

憮然として表情を崩す草灯に、また彼は喚く。

 「草灯が表情筋動かした、珍しい! その人のおかげじゃねえの最近機嫌良いのも」

 「大我様、鬱陶しいです」

 「鬱陶しかろうがなんだろうがいいから全部吐けこのやろー」

 はあ、と深い憂いを含んだ息を口から吐き、草灯は大我を座らせる。

 「順に説明しますから、黙って下さい」

 「おう! はやく話せ!」

 そう、わくわくした様子で笑っている彼を見、草灯は思わず懐かしさにとらわれる。まるでこれじゃあ、昔、本を読んでくれだの遊んでくれだの駆け寄ってきていた大我に戻ってしまったようではないか。

 しかしその頃から上下関係と言うものは薄々感じていたらしく「本よめ」「遊べ」ではあったもののその可愛らしさと言ったらなかった。くらりと眩暈を感じたが気を引き締め直し、自分も座る。

 「で、何でしたか。……出会った話でもしましょうか?」

 「ああ、しろ」

 「あなたは相変わらずですね」

 その言葉に首をひねる大我を放り、とりあえずと口火を切った。

 「一か月と一週間……も経つんですね。出会ってから」

 出会って、翌日も会って、苦しませて。それからまた翌日も会って。その日は侘びも兼ねて菓子折りを持参していった。知り合いで妖の菓子職人が作った砂糖細工の兎。逢架には言っていないが、「可愛いものを」と特注した。

 忘れられないのは意味ありげに片目を瞑ってきた職人の顔と、箱を開けた瞬間の逢架の顔。恐縮してなかなか受け取りたがらなかったが、兎を見た瞬間に「誰にも渡さない」とばかりに大事そうに胸に抱いてくれたのは、嬉しかった。

 翌日にまた逢いたいと言ったのは、今度は逢架だった。約束の時間にその場所へ行けば、渡されたのは小さな包み。中を開けてみると三つの綺麗な三角握り飯が姿を現す。

 「侘びの品に礼を返してどうするんだ」

 そう言った草灯に一瞬、失敗したという表情を作った逢架はしかし、すぐに違うわと言い募った。

 「お礼じゃなくて、差し入れ」

 「差し入れ?」

 「ええ、疲れてるみたいだから。隈、出来てるわ」

 隈、と復唱しながら目の下をなぞる。最近は確かにあまり寝ていなかったがそんなものができるほど根詰めていたのだろうか。

 「ありがとう」

 「え?」

 「有難く頂く」

 「あ、ううん。いいの。私に出来るのそれくらいだもの」

 でも、味には自信あるのよ。そう続けた逢架の言葉通り、握り飯は格別だった。翌日は、流石に毎晩毎晩年若い――と言っても妖から見ての若いだ――少女を家から抜け出させるのは罪悪感があるので、仕事が溜まっているから一週間後に会う約束を取り付けたため会わなかった。

 実際それは嘘でなく、いつの間にと思うほど溜まった恋文の返事書きに追われた。こんな無意義な事をするくらいならいっそ――と思いかけて頭を振る。仕事は真面目にしなくては。

 逢架と逢う約束の一日前、屋敷に植えられた桃の樹に成っていた実が食べごろだというので使用人たちが収穫しているのを見つけた。普段なら絶対にしないことだが、内密にと頼んで一つ譲ってもらう。

 「草灯さんが珍しいですね」なんて庭師は笑っていたけれど、なんだか照れくさくて自分が食べるわけではないとは言えなかった。そしてその桃を、逢架に渡せばそれを綺麗に半分に割った彼女は自分に「一人じゃ食べきれないもの」と差し出してきた。

 優しい子だと、思う。

 それからは、周に一度の頻度で会う約束を交わした。時間はいつもと同じ、場所は初めて出会った場所で。

 話す話はまちまちだ。草灯が、逢架の知らないらしい妖のことを教えることもあれば逢架が知り合いの〝なつ〟という者に聞いた話をすることもある。その〝なつ〟というのはなかなかの物知りらしく、特に彼女がする話は人間についてに偏っていた。

 そして今日が、その逢瀬の日。

 饅頭を持っていったら喜んでくれるだろうかと言う己の思考については言うまでもない。今までの自分からして明らかにおかしい。しかもなんだか、貢いでいるように思えなくもなくて釈然としない。その癖、でも食べて欲しいなと思ってしまうのは一体、何なのだろう。

 「ふうん、女の子なんだ。その友達」

 「ええ、女ですが」

 「可愛い?」

 「さあ。世間一般で言えば可愛いのではないかと思いますが。ちなみに血筋は鷹だそうです。本人は雑種だと言っていたからもしかしたら純系ではないのかもしれませんが」

 「鷹、ねえ。ま、そもそも俺らみたいに純系なのはあんましいねえだろ。血を残さなきゃいけないわけじゃねえから普通はいろいろ混じってる」

 ま――、と明るい声で大我は言う。

 「なんにせよ良かった。その友達が人間とか半妖とか言い出さなくて」

 「は?」

 「草灯のことだから、偶然知り合ったそういうのに肩入れしちゃうんじゃないかと思って心配してたんだ。人間ならまだましだけどな、半妖は……多分お前にとって最悪だ」

 「肩入れ、と言われると釈然としませんが。まあ、確かに人間と不用意に関わるのはあまり好ましくないのは確かですね。余計な争いを生みかねない。けれど、何故半妖は?」

 「え? 知らねえの草灯」

 大我は言いながら頓狂な声を上げた。

 「妖は半妖を殺すんだぜ?」

 そして聞いた話は残酷な話ではあったけれど、知り合いに半妖はいない。だからどうせ記憶の片隅で朽ちてゆくのだろうなと、思っていた。


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