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異変

「そしてその清姫の血を継ぐ蛇の妖が私だ。人間から妖へと変貌を遂げた唯一の人間の子孫と言うことになるな」

 それを聞いてやっと逢架は得心がいった。唯一の存在ともなれば、知っていて当然と思うのも分かる。やはり彼の驕りなどではないのだ。

 「そう、なの。悲しい話ね……」

 「そう思うか?」

 「ええ、だって愛する人を殺さなくちゃいけなかったんでしょう? 悲しいじゃない」

 「そうか。皆がそう言うのならそうなのだろうな」

 どこか冷めた様子で彼は呟く。それに少し首を傾げた逢架は、息苦しさを感じて咳き込んだ。

 「体調でも悪いのか?」

 「別に、少し怠いだけよ」

 「昨日の閃光弾、毒が本当に入っていたのかもしれないな。調べてみるか?」

 「え? 別にいいわよ、そんなこと――っ」

 彼は逢架の首筋に舌を這わせ、耳元で囁く。

 「少し、痛むかもしれないが我慢してくれ」

 そして言うや否か、鋭く尖った牙をその白い首筋に刺した。そして痛みが逢架を貫く。脳髄にまで達するのではないかと思いたくなるほど、首の欠陥から頭へ、そして全身へと波紋を産む。自分を支えることが出来なくなった足が崩れ落ち、地面に膝をつく。驚いたように牙を抜いた彼を尻目に、逢架は口元を抑えて荒い息を吐いた。

 「そんなに辛かったか?」

 「……っ、気持ち悪い……」

 こみあげる嘔吐感に涙が出る。ぐるぐると眩暈で視界が回って、何が何だか分からない。泣きたくない、そう思っていてもぼろぼろ零れる涙はとまることを知らなかった。

 「……泣くな」

 頭上から降る声に、また涙が出る。昨日会った時からやたらと声が冷たいなとは思っていたが、こんなにもそれが非情に響くものだとは知らなかった。きっと、嗚咽が鬱陶しいのね。そう感じた逢架は声を殺そうと唇を噛む。僅かに鉄の味が口の中に広がって、余計不快感を増長させる。

 「……我慢、しろ」

 ふわりと不意に、暖かいものに体を包まれる。なんで――。そう思わず呟いた。なんであなたが、私を抱きしめるの。怒ってるんでしょう。

 「悪かった。辛い思いさせてすまない。だから泣くな」

 困惑して、彼女は彼を見上げる。

 「泣かれると、どうしていいのか分からない」

 「……ごめ、んなさい」

 「謝るな。君が謝る必要はない。悪いのは、私だ」

 途切れ途切れに苦しげな声が降り注ぐ。それから一度逢架が頷くとその声は消え、その後どれくらい経っただろうか。ほんの数分かも知れないし、数時間かもしれない。けれどもやっと落ち着いてきた身体を顧みて、逢架は自分を包む熱に小さく告げた。

 「もう、大丈夫。ありがとう」

 「そう、か……。済まなかった。少し血を舐めて調べるつもりだったのだが、そんなに痛むとは――いや、言い訳は止そう」

 「いえ、きっと私が痛みに」半分人間のせいで、とは言わなかったけれど。「他の妖よりは弱いんだと思うわ。強い血筋じゃない、ただの雑種だから」

 「……、毒だが」

 ぽつり、彼は言う。

 「混じっていないようだ。体調、本当に大丈夫なのか」

 「昨日は思い出さなかったのだけれど、私幼いころによく体調を崩して寝込んでいたの。だから多分それが久しぶりにってことじゃないかしら。大丈夫、大したことは無いわ」

 「ならいいが、辛くなったら言え。医者ではないが寝かせることくらいならできる」

 「ありがとう。でも大丈夫……あの」

 「なんだ」

 「名前……教えて」

 「名前? そう言えば君のも知らない。私は、草灯。草に灯りと書く・君は」

 「草灯……きれいな名前。私は逢架。逢い、架けるで逢架」

 分かりにくいかもと指で宙に文字を書く。はじめは怪訝な顔をしていたがすぐにああ、と頷いた草灯は逢架を見る。

 「逢架というのも素敵な名前だ。何と呼べば?」

 「私こそ、どうすれば。草灯さん? 様……、かしら」

 「私は草灯でいい。辛い思いをさせて置いて敬いの敬称など頂けない」

 「そんなこと……、私は逢架でいいわ。草灯、の方が年上でしょう? いくつなの?」

 「ざっと八十になる。君は」

 「私は――」

 言いかけて、言葉を濁した。二十歳かそこらに見える草灯が八十と言うことは恐らく、人間と妖の成長には大きく隔たりがあるのだろう。十七と正直に言うのは駄目、けれどもかといって自分の外見からしての適年齢が分からない。

 「私の歳は……」

 「いや、いい。済まない。女に歳など訊くものではないな。忘れてくれ」

 助かった、と胸をなでおろす。

 「……」「……」

少しの間沈黙が場を支配する。もともと黙っているのは嫌いでない逢架だが、隣にいるのが草灯だということが彼女を緊張させる。笑顔は無く、そして冷たい空気。名前を聞いて少し打ち解けたのではないかと思ってもそれは変わらない。

 「逢架」

 不意に声をかけられる。

 「明日の晩、またここに来られるか?」

 「ええ、大丈夫」

 「そうか。もう、日も変わる。ではまた明日に」

 昨日と同じように去ってゆく背中を見送って、ふと思った。

 結局、どうして今日自分を呼び出したのだろう。明確に何かの用事があった風ではないのだが。

 清姫の、草灯。血を引いている、ではなく継いでいるといったのには何か理由があるのだろうか。嘘をついている身ではあまり深入りしてはいけない。分かっているのに、もう少しだけ、彼を知りたいと思った。

 

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