ふたり
「起きたか、女」
ぞっとするほど冷たい声が逢架に被さる。開きかけていた目を開けるとそこは未だ屋外で、映ったのは月と満天の星空だった。上半身を起こして問う。
「あの、一体何が」
「それは私の質問だ。いきなり意識を失ったのは君だ、何があった」
「足に何か当たって、急に光が出てきたの。消えた後、苦しくなって。それで、心臓が痛くて、息が。目も、ほとんど見えなくて、あり得ないのに鷹だから、私。そんなの」
途切れ途切れの要領を得ない答えに苛立ったのか、彼は眉根を寄せ小さくため息を吐く。怯えたわけではないが妙に威圧感のあるその様子に気圧されて下唇を噛むと、彼は淡々と口を開いた。
「要するに、急に光が出てきた。詳しいことは分からないということでいいのだな。恐らく君の言う光はこれだろう。君が寝ている間に見つけた」
手のすぐ近くに放られた、中指ほどの長さの筒を摘まんでみてみる。
「これは、何なの?」
「詳しいことは分からないが恐らくは、人間が開発した武器か何かだろう。実害がないところを見ると用途は、目くらましか足止めかと言ったところか」
「人間?」
「ああ、恐らくは。血は鷹、と言ったな。お前は妖なのだろう。ならば分かるはずだ。妖は己の身やそれに類するものしか使わない」
つまり鉄砲や爆弾を使わない――火薬が爆ぜた匂いがすることから考えてこれを爆弾の類と考えると妖の仕業ではないということだ。
そう補足するように解説を加える。その中で逢架は、目の前の彼が自分を純粋な妖と勘違いしていることに気がつくが、捨て置いた。わざわざ訂正して面倒くさい事態を自分で招くことはない。何より幸いにも瞳は銀になったまま、爪も鋭い妖寄りの姿になっている。半妖が忌み嫌われるのは分かっているのだし、折角の機会だ、妖として妖と接するのもいい経験になる。もっと言えば、南都へのいい話の種になる。
「ええ、そうね。確かに人間だわ」
「ところで君は病持ちか」
「……何故」
「病持ちでないならば、この閃光弾に毒など入っていた可能性もなくはない。身体に異変をきたしたのだろう? それならば大概の毒には耐性がある私に異常がなかったのも納得はできる。私は清姫の血筋だ」
清姫、と聞いて何か頭の片隅に引っかかるものを感じたがそれが何なのかは思い出せない。とにかく視線の重圧から逃れるために質問に答えた。
「違うわ。持病は無い、と思う。母が私に隠していなければ」
「そうか」
「あなた、なんで私を助けてくれたの?」
今更ながら訊く。その問いに眉を吊り上げ彼は呟いた。
「助けてと言いながら目の前で気を失っておいてそれか」
「だって、今まで」誰もいなかったと言いかけて南都が頭に浮かぶ。「ほとんど、いなかったもの。私が助けて欲しい時に助けてくれた人なんか。普通は、放ってどこかへ行くわ」
「……薄情なものなのだな」
「仕方がないわ。そういうものなんだから」
「ご両親は」
「父は死んだわ。母は私を避けている」
「そうか」
頷いて、彼は言う。
「明日の晩――この時間は暇か」
「え? ええ、特に予定はないわ」
「じゃあここに来い。お前に用がある」
虚を突かれて黙り込んだ逢架を彼は睨むように見つめて「肯定か否定かの返事ぐらいしたらどうだ」と求める。選択肢を与えたはいるものの明らかに肯定の返事を求めているその視線に気圧され、逢架らしくもないが屈する形で、首を縦に振った。
それで満足したのかどうなのか、表情を変えぬまま彼は「また明日に」といい背を向け去ってゆく。妙に綺麗なその立ち姿に呆と見惚れて、その背中が見えなくなったときに、感じていた息苦しさが和らぐのが分かった。