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再会と

 「草灯さん、お久しぶりです」

 鈴が鳴るような声で名前を呼ばれ振り返ると、玻璃がいた。

 「玻璃様……、いついらしたんですか?」

 「先ほど着きました。大我がご迷惑かけていませんか? いろいろ面倒でしょう? ごめんなさいね」

 「いえ、構いませんよ。それが仕事でもありますし。ところで玻璃様は最近はいかがお過ごしでしたか?」

 「最近ですか? そうですね……お料理を乳母に習っていますの。大我と結婚したら、使用人に任せてばかりじゃなくて、毎日一品でもいいから自分で作ってあげたくて。大我、私の料理が食べたいって言うんだけれど、不味いもの食べさせたくないから練習しなきゃ」

 「それは」

 表情を和らげて草灯は言う。

 「素敵ですね。大我様も玻璃様のような婚約者を持って幸せです」

 「そんな……。あ、そうだわ。草灯さんは一番家庭的な料理って何だと思います? やっぱりおにぎりかしら」

 おにぎりと聞いて、いつかの記憶が蘇った。差し入れと言う形に名目は変わったが砂糖の兎のお礼にと、逢架がわざわざ作ってきてくれたあの握り飯。米を塩と混ぜて三角形に握り海苔を巻いただけの簡単なものなのに、どうしてこんなにおいしくなるのだろうかと驚いた。また食べたい、そうふと思った。

 「草灯さん、やっぱりおにぎりは手抜きすぎかもしれませんね……」

 「いえ、そんなことありませんよ。握り飯でも、それが特別な人からのだったら何倍も美味しく感じると思います。保証しますが、大我様はあなたを全力で愛していますよ」

 頬を紅く染めた玻璃を、可愛いのだろうなと横目でちらと覗き見て草灯は手元の書類に視線を戻した。可愛いと言っても世間一般の話であって、草灯から見た恋愛対象にはなりえないのだが。どうせなら、逢架の方が――。

 「え?」

 「草灯さん、どうかしました?」

 「いえ、なんでも。旦那様にはお会いになりました? きっと会いたがっていらっしゃいます」

 言葉で玻璃の背中を押し、さりげなく部屋から出るように促すと一礼して彼女はその通りに草灯の旦那――つまり九尾の妖孤を探しに行く。残った草灯は、口元を抑えて呆然とする。

 「いま、何を……」

 逢架の方が――、何なのだ。自分は今、何を考えた?

 空回りする思考が、何をどうしていいのやら分からなくさせる。おかしい。逢架と逢ってから八十年以上付き合ってきた『自分』の価値観やら性格やら何やらが、徐々に壊され再構築されているような気がする。たった一か月と少しで? それが八十年を上回るとでも言うのか。下らない考えだと一蹴したかった。だが、そんなことを考える時点でもう、何かが変わってしまっているのは明白だ。

そしてそれをした原因がその少女だというのなら。

 「このまま終わりなんて、許さない」


 その日の、夜更けのことだった。金色の髪を寝癖でぼさぼさに立たせた大我が、そろそろ寝ようかと簡素な着物に着替えている途中であった草灯の部屋に入ってくる。

 「おい、草灯。客」

 「着替え中です。後にしてもらえませんか」

 「いや、いいけどよ。多分あれ、お前の逢架ちゃんじゃねえかな?」

 「はい?」

 「いや、だから逢架ちゃんっぽい子が来てんだってば。お前、確か髪長い女の子で俺と同じかちょっと年上位って言ってたよな」

 ええ、と肯定の意を表すと大我の眠そうな顔は花が咲いた様に明るくなる。

 「じゃあ、あれが逢架ちゃんだろ。ま、とりあえず早く着替えて。客間に通して茶でも出しとくから」

 「え、ええ。ではお願いします」

 どういうことだ、逢架が何故ここに。そもそもなぜ自分がここに居ることを知っているのだ。この屋敷のことは話していなかったはずなのに。それに――、彼女を殺してしまうかもしれない自分に会いに来るだなんて。聞きたいことが多すぎて、逆に頭の中が真っ白に染まる。辛うじて外しかけていた髪紐を結び直しはだけていた着物の前をちゃんとして、半ば走るように客間へ向かった。

 「草灯」

 襖を開けて入ろうとすると、ちょうど出てきた大我に止められる。

 「何です!」

 「ああー、もう。お前焦り過ぎ。そんだけ逢架ちゃんのこと大事なのは良く分かるけどな。そんな焦んなよ。大丈夫だから」

 「だから、何の話を」

 しゅるりと音を立てて、帯を解かれる。びくりと震えた草灯に大我は切なげに笑った。

 「また着物の合わせ、反対」

 え、と呟いている間に昔草灯が大我にしたように、丁寧に大我は合わせを直していく。

 「敵わねえなあ、やっぱさ」

 「なにが、です」

 「ずっと俺は生まれてから草灯といてさ、んでずっと世話ぁ焼いてもらってて。玻璃のこともお前、気にかけてくれててあいつと結婚できるのもお前のおかげだと思ってる。んでさ、お前のこと結構何でも分かってるつもりだったんだよな。もっと表面だけで上手くやるんじゃなくて友達作れよとか恋しろよとか余計なお世話だろうけど思っててな。でもさ、お前が俺の知らない人のことで必死になって、焦ってんの」

帯を巻きながら、大我は草灯の耳に囁く。

 「すげえ、寂しい」

 「大我……様」

 「寂しい、けど。でも、すげえ嬉しい。だから――頑張れな。今まで、ありがと。これからも、一番大切な人の次に、俺に世話焼いたりしてくれる兄貴でいて欲しい」

呟く大我の顔は見えなかった。いきなり、何をと思いはしたが不快感は無い。ああ、と頷くと背中を押された。

 「じゃ、な」

 「ええ、ありがとうございます」

 襖をあけ、中に入ると逢架が俯いていた顔を跳ね上げた。「久しぶりだな」草灯が座りながらぽつりと言うと、彼女は唇を噛んで畳に手をついた。

 「草灯、ごめん。南都が失礼なこと言ってごめんなさい」

 「別に、それは君が悪い訳ではないだろう。何故逢架が謝まる」

 「私が、悪いの。余計な心配かけなきゃ、南都もあんなこと言わなかったわ」

 なんだか、逢架があの人間を庇うのを聞くとおもしろくない。ずい、と自分の中の決してきれいとは言い難い感情が顔を覗かせそうな感覚。

 「気になっていたのだが、何故君は人間の彼と友好関係に? 君は妖なのだろう。基本的な生活をしていれば彼らと関わることはないだろう」

 「南都は、昔人間の子供に石を投げられていた時に助けてくれたの。以来、人間のこととかを教えてもらっているわ。南都は妖だと、思っていたでしょう? 騙すようになってしまってごめんなさい」

 「別に構わないが……。ところでどうしてここに」

 「南都が」

 また南都か。そう言いそうになって、ぐいと堪える。

 「桃が採れるのはこっちにある妖孤の屋敷だけだって言っていたから、草灯はここに居るんじゃないかと思って」

 そう思って、あの日草灯と別れた後に南都が「あっちにある妖孤の屋敷」といいながら指していた方向へひたすら歩いてきたらしい。とはいっても二時間程度で着いてよかったと笑っている。流石にかなり驚いた。

 「……それで、私に用があったのだろう?」

 「うん。……うん。草灯、ごめんね」

 何に対して謝っている、と首を傾げると、逢架は言う。

 「――――私はあなたが好き」

 そして、ごめんねと、もう一度彼女は言った。



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