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化け物

 「なんで妖と逢っていたんだ。僕は会うなと、近寄るなと言った。君もそれを了承したはずじゃなかったのか」

 「ごめ……なさい」

 「誰が謝れと言っているんだ。僕が聞きたいのは謝罪なんかじゃない、理由だよ」

 「ごめん、なさい。私が――会いたくて探したの」

 「逢架!」離れているとはいえ、その聴力。彼女の主張に異を唱えたのは草灯だ。「私が誘ったのだろう。嘘を吐かなくていい」

 すぅ、と目を細めた南都は嫌悪感を隠そうともせずに草灯を見遣る。

 「はは、やっぱり君のせいか。妖、君は逢架ちゃんを殺そうとでもおもっていたのか。それでこの子に桃やら饅頭やら与えていたという訳か」

 「南都、止めて! 草灯は違う、そんなんじゃない!」

 「……妖を庇うのかい? なあ、妖。とんでもないことをしてくれたな。僕は、もし逢架ちゃんが死んだらお前を殺すぞ」

 止めて、止めて。嘘を吐いた私が悪かったの。草灯は何も悪くない。優しかったし親切だったし見ず知らずの私の、身体の心配までしてくれて毒の検分なんてことまでしてくれているの。南都が怒っているのは、私が約束を破ったからなんでしょう、危険なこと、したからなんでしょう。だったらお願い、お願いだから草灯を責めないで。

泣きは、しなかった。でも、泣きそうな声で潰れそうな声で何度も何度もそう懇願し謝る。それを草灯は、感情の凪いだ目でじっと見つめ、言葉は発さない。それが余計、逢架を恐れさせる。南都は、逢架を握ったのとは反対の拳を、真白くなるほど握りしめていた。

 「お前は――」

 不意に、草灯が口を開く。南都に向けてだった。

 「人間、なのか」

 「人間だよ。君とは違ってね」

 「では人間、訊くが――」

 不意に、周りの音が消え失せた気がした。世界には三人だけ。草灯と、南都と、それを声を発せずに見つめることしか出来ない自分。怖かった。自分の小さな嘘が、どんな事態を引き起こすのか。もう草灯とは逢えないのか。草灯に、迷惑をかけることになるのだろうか。出会った瞬間から迷惑をかけ続けてはいるけれど、最後の一番超えてはいけない一線を越えて、しまうのだろうか。

 「何故私が、逢架を殺すと?」

 南都の、逢架を掴む腕が強張った。

 「……何故? 簡単な事だろう。君が妖だからさ」

 「私が妖だから? どういうことだ」

 「どういうこと? そんなのも分からないのか」

 嘲笑するように南都は吐き捨てる。まるでその声は、呪いを吐くかのように暗く濁って逢架の耳に響く。

 「妖のお前は、〝いる〟だけで逢架を殺す――」

 「待て、意味が」

 「五月蠅い、黙れ。これは事実だ。分かったら頼むからもう二度とこの子には近寄らないでくれ」

 呆然とする草灯に背を向けて、逢架の腕を引いた南都はその場を去る。

 去り際せめて伝えようと思った『ごめんなさい』。けれども目が合った瞬間にふい、と拒絶するように逸らされたそれに逢架の声は詰まって何も言えなくなる。沈黙が、逢架と南都との二人の間に横たわり、互いに何も言わずただ歩を進めた。

 「なんで……」

 ふと、逢架は言う。

 「あそこに、いたの」

 「桃を、もらったと言っていただろう」

 それがなんの関係があるのだと投げやりに思った逢架に、南都は一度だけ視線を寄越す。

 「このあたりで桃の樹が植わっているのは、あっちにある九尾の妖孤の屋敷だけなんだよ。このあたりは熟れた桃が採れるほど土壌が良くない。気になって調べてみようと思ってね。出歩いていたら、君を見つけたんだ」

 「……なんで、私が妖と逢ったらいけないの。私が草灯と逢っていたらなんで死ぬの」

それに対する南都の答えは無かった。

 「妖が危険だって、そう言うのは分かるわ。でも、草灯は違う。優しいし親切だし私を殺したりしない。そんなの、私が分かってる。なのに、なんであんなこと……。怒るなら、嫌うなら、私にして。草灯は」

 「二度と!」

 吐き出すように叫ばれた南都の声の鋭さに逢架は身を竦ませる。

 「その名前を呼ばないでくれ。妖には碌な奴がいないんだよ。特に人間との区別がほとんどつかないような奴は危険だ。文字通り人の姿を模した化け物なんだから」

 「なんで……」

 ぎり、と逢架は奥歯を噛みしめた。

確かに自分が悪い。南都の言いつけを破ったのだから怒られても当然だ。でも、怒るなら自分を怒ればいい。貶すなら自分を貶せばいい。なのに、なんで。どうして草灯が貶められて化け物などと呼ばれなくてはいけいない。

 「いいか、妖には近づくな。最後の忠告だよ。君のために言っているんだ」

 「化け物……? なんでそんなことが言えるの。ねえ、あなたが草灯の何を知っているって言うのよ、南都。なんで妖が化け物なの。妖は人間の肉を喰らうの? 血を飲むの? 骨を齧るの? 違うでしょう! 南都が言ってたじゃないの、妖は人を食べないって! じゃあなんで化け物なの、何が化け物よ、そんなの糞食らえ! 何も知らないくせに草灯のことを悪く言わないで!」

 「何も知らないのはお前の方だ!」

 叫ぶように怒鳴った南都の声。それに、逢架も怒りに任せて叫びを返す。

 「何も知らない? 何を知らないのよ! 何も教えてくれないんだから知らないに決まっているでしょう!」

 「……っ」

 「言いたくないのね。そうなんだ。へえ、まあそうよね。私の母親は化け物だものね。その化け物を愛した父も異常よね。その化け物と異常者の血を半分ずつ混ぜてできた私なんかに言いたくないってことくらい、分かってるわよ!」

 「違う!」

 「何が違うの! あなたが妖を化け物と言うなら! 私は半分化け物じゃないの! 私がどれだけ……あなたに会えてどれだけ嬉しかったか! 半妖の自分を認めてくれるって思ったのに。結局はあなたも同じだったんじゃない。皆と同じ。私を化け物って思ってたんじゃない!」

違う、違うんだ。呟きながら逢架に触れようと伸ばされる南都の指を目の端で捉えた瞬間に瞳は銀に変異した。

 「触るな――!」

 鋭く尖った爪が南都の指の皮を切り裂いて、紅の血が飛び散る。鮮血に染まった自分の指を、おぞましいものでも見るかのように一瞥した逢架は、吐き捨てる。

 「化け物の私にはお似合いね」

 「逢架ちゃん!」

 「そもそも可笑しかったのよ、半妖が人間みたいに生きようとするなんて。ああ、馬鹿みたい」

 「君は……っ」

 「産まれてこなきゃ良かったのかな」

 ぽつり、零れた心の底に抑え込めていた本音に南都は顔色を変える。勢いよく伸びた手が、彼女の頬を打った。

 「い――いい加減にしろ! もういい、命を粗末に考えるような奴は自殺でも何でもすればいい、勝手にしてくれ!」

 なんで、怒っているの。そんなこと訊きたくもなかった逢架は背を向けて去る南都をなんともなしに見送る。叩かれた頬が痛い。だから。

 「……ばっかみたい」

 この涙は、その傷のせいなんだ。



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