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汚れた饅頭

 「逢架ちゃん、誕生日そろそろだっけ?」

 「誕生日? 誰の」

 「君のだよ。確か、そろそろだったと思うんだけど」

 そういえば、と思う。すっかり忘れていたが夏を少し過ぎ、秋に片足を突っ込んだ時期が逢架の生まれた日だ。

 「そういえばそうね。それがどうかしたの?」

 「いや、十八ともなればもう大人だなあと思ってね。最近はあまり遊びにも来てくれないし寂しいよ」

 「それは」

 妖に近づくなと言われた手前、草灯に会っていることを話してはいない。けれども後ろめたさからなかなか言い出せていないのも本当だ。

 「ごめん」

 「え? ああ、いいよいいよ。逢架ちゃんだっていろいろあるだろうし。別に干渉しようとか怒ってるとかじゃないからね。危険な事さえしていなければ、いいんだよ」

 「……ごめん」

 「謝らなくてもいいのに。ああ、それにしても久しぶりだね。ほんとうに。最近どう? なにか面白いこととかあった?」

 「面白いこと?」

 少し、本人のことを伏せておけば最近の話として草灯のことを話しても平気だろう。核心に触れないように考えながら口を開いた。

 「面白いかは、分からないけれど。……桃をもらったわ」

 「桃? 誰に?」

 「さあ、知らない男の人。親切な人も、いるのね」

 「そう……。妖か人間かは分かる?」

 「分からないわ。でも、悪い人じゃないと思う」

 「そう。それ以来会った?」

 「会ってない。会えたらまた会いたいとは思うけれど」

 そう言った逢架に、南都の目が細められる。

 「お願いだからさ、探したりしないでね」

 縋るように祈るように呟かれたその言葉に、彼女は驚く。そんなにも自分の身を案じて一体どういうことなのだろう。

 「大丈夫よ。会えたら嬉しいけど、わざわざ探したりしないわ」

 「……ありがとう」

 安堵の溜息をつきながらそう言う南都に、「明日の晩その彼と逢う約束をしているの」なんて言うことはできなくて、罪悪感で胸がつぶれそうになりながらもやはり、草灯との約束を反故にすることはしたくなかった。


 「こんばんは。一週間ぶりだな」

 「ええ、そうね。なんだかすごく久しぶりな気がするわ」

 くすりと微笑んで、逢架と草灯はいつもの岩に腰掛ける。そうだ、と呟いた草灯は小さな袋を懐から取り出した。

 「饅頭、好きか?」

 「まんじゅう? なに、それ」

 「饅頭といえば饅頭だろう? 知らないか?」

 「……妖の中で有名なお菓子かなにかなの? 聞いたことがないわ。美味しい?」

 え、と呟いたっきり黙ってしまった草灯を見上げると、虚を突かれた様子で呆けている。何か変な事でも言っただろうかと逢架が首をひねっていると、少しぎこちなくではあるがその長い指を動かして丸を作る。

 「大きさはこれくらいで白くて、餡を包んでいて」

 と、そこで気がついたのか手に持っていた袋から饅頭とやらを取り出してこちらに渡してくる。

 「まあ、食べてみるのが早いと思う」

 「そうね。じゃあ、頂きます」

 ぱくりと一口。柔らかい皮の中から茶色の餡が顔を出す。二口、三口食べてやっと、口の中に餡が広がった。

 「美味しい……、まんじゅう」

 「そうか。それは良かった」

 滅多に笑わない彼の、その少し唇の端を釣り上げるだけの笑みを見て、逢架はなんだか幸せねと内心呟いた。もう一口食べようと口を開くと、逢架のその手は突然背後から叩き落される。一瞬何が何だかわからなくて、砂で汚れてしまった真っ白い饅頭を見て「勿体ないわ」と言いそうになる。そんな逢架とは裏腹に、背後から忍び寄っていたらしい気配に気づけなかったのを恥じるように険しい表情を作った草灯は、睨む。そしてその睨みをものともせずに、その男は言った。

 「なに、してるの。逢架ちゃん」

 「な……っ、南都。なんで」

 「質問に質問で返さないでくれ。僕は君に何をしているのかと聞いているんだよ」

 南都。なつ。その呼び方に恐らく南都が逢架の言う〝先生〟であることを察したのだろうが、逢架の様子に怪訝さを感じる。

 「貴様が〝なつ〟か。逢架が嫌がっている。放せ」

 「妖は黙っていてくれ。君には関係がない話だ」

 そして南都は逢架に向き直る。「こっちに来なさい。妖から離れて」

 腕を掴んだまま、逢架を引く。成すがままにされる彼女は呆然と、唇を噛んで俯いていた。

 「逢架……?」

 細められた、逢架の好きなその目が今は堪えようもなく恐ろしい。ああ、どうしよう。ばれてしまう。終わってしまう、この関係は。そしてそんな身勝手な事を思った自分に吐き気がした。


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