あーいう設定?こーいう現実!
練習作品です。短編ですが長いです。時間がある人だけお願いします。
出てくる単語や人名が、同作者が連載している「心と友に(仮)」と類似していますがまったく関係がありません。
ここはこの世界、メンティスティアの隅っこにある名前もない様な小さな村。
そんな村の中に唯一、多くの人が集まる飲食店がありました。
その飲食店の名前は『癒しの楽園』。
従業員はたった2人で、訪れたものが『魔族』だろうが『賞金首』だろうが料理を食べてくれて、お金を払うものなら誰でも受け入れる変わったお店。
そこでは誰でも、どんな時でも温かい食事と、絶対の安らぎが提供される。
『英雄』や『魔族』ですらその店の中では争うことは出来ないおかしなお店。
あなたも一度、ご来店してみませんか?
全身全霊をかけて『絶対』の安らぎを提供させていただきます。
1 あーいう『設定』と私の『現実』!
えーと、皆さんは『設定』と言われて、何を思い浮かべるだろうか。ゲーム? 小説? それともアニメ? またまたドラマとかかな? まぁ、そんなことはどうでも良いか。
なぜ、そんなことを言うのかって?
それは私がその『設定』というものが『視える』からかな。
え? どういう意味か分からない?私にだってよく分からないよ。だって『視える』んだもん。
ほら、あっちにいる人を見てみなよ。頭の上に『視える』でしょ? え? 『視え』ないって? おかしいなぁ。
「……アリシア? 何やっているの?」
ため息をついた私の後ろから、鈴を転がしたような澄んだ声が聞こえてきた。そんな声に振りかえらず私は言う。
「現実はままならないものだって実感してた」
「……アリシア、ほんとに大丈夫なの?」
振り向いた私に、呆れ顔でそんな失礼なことを言うのは、私の友人であるリアス・メリクシアスさん。平民でザ・平凡! の私と違って、貴族で美少女である、数少ない私の友人だ。
私みたいにどこにでもいるような黒髪と違って、満月を思わせるよう煌びやかな金髪。お人形みたいに整った顔つき。化粧をしているわけでもないのに血行良く、柔らかそうな赤い唇。そして、目を少し下に向ければ、胸のあたりにたわわな物体……べっ! 別に羨ましいわけじゃないもん! 確かに私は胸無いけど!
ま、まぁそれはさて置き、なんでこんな美少女が凡人である私なんかの友人になってくれたかというと、家が近かったことと、私が彼女の前でも態度を変えなかったからみたい。
貴族って大変なんだって思ったね。こんな小さな村の貴族にどんだけ気に入られたいのさ。
しつこすぎて引かれて終わりだと思わないのかな?
そう思って私ことアリシア・ルトライトは心配そうに私の顔を覗き込んでいるリアスさんの頭上へと目を向ける。
そんな彼女の頭上にはおそらく私にしか『視えて』いないであろう、吹き出しのようなものが浮かんでいる。
その吹き出しの中にはたった一言『メインヒロイン』と記されていた。
冒頭の例えからわかるように私は前世の記憶を持って生まれて来た者、さしずめ『転生者』というものだ。
この見た目中世の世界にドラマやアニメなんかあるわけないでしょ? 神様に会ったわけじゃないけどさ。
ちなみに私の『設定』は『メイド』らしいです。
『メイド』って……。友人は『メインヒロイン』なのに私は『メイド』みたいです。
……何か悲しくなりません? どうでも良いけどさ。
私が前世、過去に何をやっていたかって?
それがよく思い出せないんだよねー? 特に最後の瞬間が。アニメやゲームは思い出せるのにさ。なんかおかしくない?
…………死んだわけじゃないよね? そうじゃないと信じたい。まぁ、今回の両親は私が6歳くらいの時、死んじゃったけど。
…………前世のお父さんとお母さん元気かなぁ? まぁ、2人とも車に撥ねられてもぴんぴんしてて、轢いたはずの車の方が被害が大きかった気がしたけどさ。
――――――あれ? よくよく考えると私の前世の両親って超人?
まぁ、そんなわけで、私が『メインヒロイン』と言われて思い浮かぶのは物語の主人公、いわゆる勇者とかの恋人ってことかな? お似合いなカップルになりそうだ。
なんていったってこの世界には魔王がいるのだ! しかも魔族や魔物までいるらしい。
私は魔物は見たことあるというか、倒したことはあるけど。
魔物を初めて見た時に、魔物にも『設定』があったのにはびっくりしたなぁ。彼らの頭上に浮かんでいた吹き出しには『魔物 雑魚』って記されていた。
『雑魚』って適当すぎじゃない?
そんな普通とかけ離れた私も、魔族といったそういったものは見たことないんだけどね。
何でかって? それはリアスのお父さん、エイギス・メリクシアスさんが、魔族がこの村に入る前に全部倒してしまうのだ。ほんと、どんだけ強いのさ?
気になった私が興味本位で聞いたところ、エイギスさんは昔、帝国にこの人ありとまで言われた冒険者だったらしい。
私が遊びに行った時、本人が豪快に笑いながら「そのせいで貴族なんかになっちまったんだがな!」とか言ってたっけ。そんな様子を奥さんのミリアさんはずっと微笑みを浮かべて見ていたなぁ。
あんな人のどこに惚れたんだろ? 強さか?
でもさ、どんなことをしたら平民が貴族になれるのさ? 実際平民に生まれて分かったけど、貴族って結構平民を下に見ているよね?エイギスさんたちは違うけど。
エイギスさんに思わずそう聞いたら「だったら嬢ちゃんも貴族になってみるか?」って言いだして、彼の弟子にされそうになった。
逃げたけどすぐに捕まりましたよ……全力で逃げてましたが何か? しかも結局弟子にされちゃったし。
…………訓練? すごくキツイよ…。おかげで魔物を倒せるくらい無駄に強くなったよ! 別に嬉しくないからね!
「アリシア! ねぇってば!」
「ふぇっ!?」
考え込んでたからか、リアスさんが呼んでたことに気が付かなかったみたいだ。
「何? どうしたの?」
「もう! しっかりしてよ。次の授業始まるわよ!」
「え!? 嘘!? もっと早く言ってよ!」
リアスに言われて時計を見ると、始まるまであと数分だった。慌てて準備をしだす私にリアスが突然笑い出した。何がおかしいの!?
「そんなに慌てなくても大丈夫よ? 次の授業は自習だから」
「にゃあ!?」
あー確かに先週の授業の時、先生が今日は次週にするいってた記憶が……って、また騙された!
「騙したの!?」
「騙される方が悪いのよ。それにしてもさっきの声と慌てた様子は可愛かったわよ?」
「にゃ!?」
男を魅了するような笑顔でそう言われ、思わず顔が赤くなった。
その笑顔反則過ぎるよ!? どうやったらそんなに可愛く笑えるのさ!?
「う~~~~~~!」
「そんな涙目で上目遣いで見たって可愛いだけよ? 懐かない子猫みたいだしね。それに…………(ぼそっ)」
そんなはずはないと思うよ。それはあなただけだよ。私なんかの泣き顔なんて相手を怒らせるだけだと思うよ?
それはともかく、とりあえず、話題を変えよう! 恥ずかしすぎる!
「と、ところで最後に何て言ったの? よく聞こえなかったんだけど」
「ひ・み・つ・よ?(ハート)」
こんなこと現実でやっても惹かれるだけなのにほんとに似合っているよ!
何で!? ほら! 周りにいる人たちも見惚れてるよ! って、何故か男たちがこっち睨んでるんだけど!?
クラスの男子、せめて男に嫉妬しようよ!
「じゃあ、アリシアまた後でね」
「う、うん。わかったよリアスさ「リアスよ」…………リアス」
自分の席に戻ろうとしたリアスさんに手を振ろうとして、またリアスさんに「さん」を付けてしまい、リアスさんに怒られた。
え? なんで友人に「さん」を付けるかって? だってあんな人を呼び捨てにできると思う!? あんな綺麗なんですよ!?
むしろさん付けしないと無理! 普通に心の中ではリアスさんだけどね。
でも、呼ばないと『お仕置き』という名の魔術訓練と剣術訓練が……!
そうなんですよ! 魔法です! ファンタジーですよ!
これで身を守れる! ……と思っていた時期が私にもあったさ。でも、なんで……! よりにもよって『癒し』と『補助』しか出来ないのさ!? 私も小説やゲームの主人公みたいにドンパチしてみたかったのに!
確かにね、ゲームとかでは回復役って大事じゃん? 回復薬とかも安くは無かったし。でも、実際になってみると、教えてくれる人がいないのなんの。
どうやら『補助』はともかく、『癒し』っていうのは珍しく、使い手はほとんど居ないらしい。いたとしても帝都にある大きな教会に数人だけみたい。だから独学で修行をしてます。
「(ちょうど自習みたいだし、練習でもしようかな?)」
そう思い、太ももにあるベルトに差してあったナイフを取り出して利き手である右手に取ると、自分の左腕を――――――
「アリシア!? 何やってるの!?」
「わぁ!?」
――――――傷つけようとしたら、突然聞こえてきた声と私の腕をつかんだ手、そして背中にあたった柔らかい感触に驚いて、私はナイフを床に落としてしまった。
カランカランとナイフが床を滑る音が聞こえる。私の手をつかんでいる手のほうをみると、目に涙を浮かべたリアスさんが私を睨んでいた。
…………狭い教室に訪れる静寂。見つめあう私と、未だ私の手を握ったままのリアスさん。
そしてその様子を端から見ているクラスメイト、といっても小さなこの村メリクスの子供だけだから、私とリアスさんを合わせても10人しかいないし、しかも全員の『設定』が『農民』と『狩人』の二択だったけど。
まぁ、それはさて置き…………本当にこの人は睨んでいるはずなのに絵になるなぁ。女同士なのに、不覚にも可愛いと思ってしまう。でも、リアスさんはなんで怒っているんだろう? 私にはまるで見当がつかない。
私がそんなことを考えていると、リアスさんが絞り出すような声で言った。
「何……しようとしてるのよ……?」
「なに……って」
私が『癒し』の術の練習だよって言う前に、突然リアスさんは泣き出すと、私の肩をつかむ。なんで!?
「アリシア! 何があったのかわからないけど、死のうとしちゃ駄目だよ! 私がいるんだから!」
…………はい?
私は正直耳を疑った。
私が死のうとしているように見えた? そんな馬鹿な。
そう考えて、さっきまでの自分の行動をまとめてみる。
「(えっと、『癒し』の術の練習をするためには傷がないといけないから、師匠に言われていつも持ち歩いているナイフで自分の腕を……って)あ」
「?」
そうだよ! 突然ナイフを自分に腕に宛がうなんて端から見たら死のうとしているように見えるよ! いや、そうとしか見えないよ! 何やってるのさ私!?
「べ、別に死のうとしていたわけじゃないって! 『癒し』の魔法を使うために傷を」
「それでも駄目!」
弁解しようとしたところをまたリアスさんに遮られた。私には先ほどまで泣いていたはずの彼女の目が据わっているように見える。
…………嫌な予感しかしない。
「アリシア?」
「は、はい!?」
彼女の声が鈴を転がしたかのような澄んだ声なのに、地の底から響いてくるような声に聞こえる。
とりあえず怯えながらも返事をする。
だってほんとに怖いんだもん! しかも魔力が漏れてるし!
あれ? それにしては私しか感じていない……? もしかして私だけをターゲットにしてるの!? やっぱり桁が違うよ!
「そんな練習法を教えたのは誰?」
先ほどまでのかわいらしさが消え去ったリアスさんは無表情で私に問いかける。怖いよ!?
「リアス? とりあえず落ち着いてほしいなぁなんて? ……えーっと、それはその……」
「正直に言わないと『お仕置き』するわよ」
「エ、エイギス師匠です!」
すみません師匠。私には抗えなかったみたいです。私の代わりに犠牲になってください。
「そう。帰ったらお母様と話し合わなくては」
ふふふ、と笑みを漏らすリアスさんに苦笑いを浮かべながらこう思う。
「(助かったのかな?それと師匠、ご愁傷様です……)」
「ああ、そうだ。アリシアもいらっしゃい。あなたも『お仕置き』よ」
どうやら許してもらえなかったようだ。そんなとき学校が終わりを告げるチャイムが鳴った。それが私には死刑執行の合図に聞こえた。
「さぁ、行きましょうか、アリシア?」
「は、はい……リアス(師匠。私も逝きます)」
そういって、私は美少女に引きずられるというシュールな光景でその場を後にするのでした。
…………それを見た、私の事情を知る教師全員に「頑張って!」というエールが送られた。そんなことするんだったら助けてほしかったなぁ。
2 リアスさん家の『設定』と私の『現実』!
今、私ことアリシア・ルトライトはあのままリアスさんに引きずられ、彼女の家に来ています。来ているんですが――――――
「お父様! 私のアリシアになんてこと教えているんですか!」
「アリシア嬢ちゃんは俺の弟子だ! お前が関わる問題ではない!」
「私は彼女の親友よ!」
「俺は嬢ちゃんの師匠だぞ!」
――――――なんというか、カオスです。
最初はリアスのお父様、エイギスさんとリアスさんが口論していただけだったはずですが、いつの間にか大変なことになってます!
突然、リアスさんが手を掲げたかと思うと、魔法を使いだし、エイギスさん、いえ師匠が剣を使い始めてしまいました。それにしても、
「というかリアスさん、あなた確か、まだ私と同じ14歳ですよね!? 何で『無詠唱』? しかも複数の術のなんて出来るんですか!? 師匠! あなたは魔法剣なんか使わないでください! 屋敷が壊れます!」
「「アリシア(わが弟子)は黙ってなさい(黙ってろ)!!」」
「…………はい……」
私が2人が言い争っている原因のはずなのにひどい言われようです。あれ? わたしもう居る意味無くない? 私もう帰っていいかな?
「だめよ~」
後ろから聞こえてきた声に私が振り向くと、私の後ろでお茶を飲みながらこちらを見ている女性がいました。
彼女の名前はミリア・メリクシアスさん。リアスさんのお母様で、師匠の奥様。見た目は20代前半といったところで、どう見てもリアスさんの姉にしか見えない。
なのに実際の歳は「それ以上言ったら食べちゃうわよ?アリシアちゃん」ひぃ!? やっぱり読まれてます! 読まれてるよ! っていうか食べるって何!?
「可愛いわねぇ。ねぇアリシアちゃん。私の専属メイドにならない?」
「え?」
慌てる私にそんな声がかけられる。
メイド? あの世話とかするメイド?
…………面白いかもしれない。というより私の『設定』が『メイド』でしたね。
「でしょう?」
だから何でわかるの!? 悟り妖怪!?
「その悟り妖怪というのは知らないけど、アリシアちゃんが読みやすいだけよ?」
あ、やっぱりそうなんですか。そんなことより止めなくていいんですかね? 屋敷が壊れますよ?
「私が読めるからって話すのを放棄したわね。まぁ、大丈夫よ? 私が結界張ってあるし」
「結界!?」
結界と言えば、『補助』魔法のかなり上位の魔法だ。
それをお茶を飲みながら平然と張るってどういうことなの!? この家、やっぱり超人集団!?
ミリアさんは『設定』も『大魔導師』だし!師匠に至っては『Sランク冒険者』だし!
「なんでそれを知っているの? それに『設定』って?」
「ひぃ!」
やってしまいましたー! 心が読める人の前でやっちゃったよ!?
どうしよう!? こういう場合どうしたらいいのさ私!?
「えっと、このことは内密にお願いします!」
これと言って解決法の浮かばなかった私はミリアさんに全力で頭を下げる。これは知られたらまずい!
「じゃあ、向こうで『お話し』しようかしら?」
「ひゃ、ひゃい!」
にっこりと笑ってそんなことを言うミリアさん。
やっぱり、リアスさんのお母様だよ! 怖いよ! お願いだから誰か助けてー!
「そんなかわい……泣きそうな顔をしたって誰も助けないわよ? ねえ?」
そんな私の期待を砕くようにミリアさんが言う。私が顔を上げて喧嘩していた2人の方を見ると、暴れていたはず2人が怯えたような顔をして頻りに頷いていた。
…………2人の目がこう言っていた。「ごめん」と。
「に、逃げ……え!? こ、これって?」
「うふふ」
逃げ出そうとした私の耳に何かが嵌まる音が聞こえ、私の首に何かが巻き付く。触ってみると革のような感触があるものが巻き付いていました。
なに? これ…………?
光を受け、赤く光る革で作られた輪っか。私の口の真下の辺りには金属で出来た丈夫そうな金具。そんなものが私の首にはめられていました。
……はい、どう見ても首輪ですね。しかも無駄に高そう。しかも白金の鎖までついている。その白金に輝く鎖を辿ると、その鎖の先は微笑みを浮かべたミリアさんの手に収まっていた。
嬉しそうな表情というより、恍惚とした笑顔をしたミリアさんに思わず顔が青ざめる。
ミリアさん!? 怖い! 怖いよ!?
「嫌――――――――――!!!!」
「行きましょうか?うふふ」
逝きましょう!? 冗談じゃないです! お願い誰かっ!
――――――抵抗空しく、私はミリアさんに奥へと引きずられていくのでした。
喧嘩していた2人はどうなったかって?何か結界のようなものに閉じ込められていたよ?
――――そんなわけで家の奥へと引きずられていった私はミリアさんに自分の力? について話しました。結果は、まぁ納得されました。
ミリアさんが私に前世の記憶があるというのを信じたのは、私の両親が亡くなった時、私があまりにも淡泊だったかららしいです。
そうですよねー。当時6歳だったはずの私が、立ち直るのが早すぎだったからね。誰でもそれはおかしいと思いますよね。
『設定』については私もよく解らないので保留にさせていただきました。だって本当に解らないんですもん!
……それはさて置き、今の私の服装はメイド服に変わっています。何故かって? ええ、何ででしょうね?
「だって私の専属メイドになってくれるんじゃないの?」
「言ってません」
言ってませんよ!?
…………言ってませんよね?ちょっといいなぁとは思ったけど。それに私なんか雇ったら他の人が迷惑しませんか?
「大丈夫よ。この家メイドは1人もいないから」
「え?」
……嘘……ですよね?
「本当よ」
「心を普通に読まないでください。って違うよ! 本当なんですか?」
この屋敷結構広いよ!? 誰が掃除してるの!?
「私が魔法でささっとよ」
魔法って凄いですね。ってちょっと待って! 展開が早すぎるよ! 誰が説明を!
「じゃあ、私なんて要らないんじゃ?」
「言ったでしょ。『私専属』だって」
何かがおかしいと思う。どうなってるのかな?
「じゃあ、明日からお願いね?」
「あ、はい」
私はつい返事をしてしまいました。
ミリアさん、策士ですね?
前世のお母さん、お父さん。そして今、天国にいるはずの今の私のお母さん、お父さん。
私はこれからこの超人家族のメイドになるようです。
まぁ、遅かれ早かれ『メイド』になることが決まっていたみたいだから良いんですけどね!
…………別に強がってなんか……ないもん。
3 『メイド』な『設定』と私の『現実』!
そんなこんなで無情にも月日は流れて行きました。
「アリシアー! お茶頂戴! もちろんいつもの!」
「はい! ただいまお持ちします!」
「アリシアちゃん。それが終わったらこっちもお願いね?」
「はい!」
「弟子よ! 修行するぞ!」
「お仕事終わったらです!」
皆様お久しぶりでございます。前回ミリア様の提案やら、私の『設定』やらあって、そんなこんなでメイドにされてしまったアリシア・ルトライトと申します。今後ともお見知りおきを。
……やっぱり慣れませんね。これからは普通に話させてもらうね?
改めましてアリシア・ルトライトです。私に与えられていた『設定』が『メイド』だったことと、私が前世に記憶を持った『転生者』であること、人の『設定』が『視える』ことを隠してもらうためにミリアさん専属のメイドとなりました。
私のキャラが最初の頃と違うって?
まぁ、あの頃は慣れていなかったので怖かったですが、今では慣れてしまいました。
…………慣れって怖いですよね? あと、今の言葉遣いや作法はミリアさんに叩き込まれました。
…………あれ? おかしいなぁ。ミリアさんに慣れていたはずなのに、ものすごく怖かった。
そんなことがあって、私がメイドになったあの日から2年と3ヶ月程経ちました。私は16歳になり、季節はシルフの月からヴォルトの月になりました。
いきなり話が飛んだって?
――――まぁ、そのことは機会があったら話すよ。メイドである私にはあまりにも厳しい現実だったから。本当に現実はままならなかったなぁ。
それはともかく、今では元気に『メイド』をやっています。
ちなみにシルフの月は日本でいうところの3月に当たり、ヴォルトの月は6月に当たります。どうやらこの世界、メンティスティアは日本の気候に近いみたいで、日本と同じように四季があるみたいです。
確か日本でいう1月がマクスウェルの月で、2月がノームの月、3月がシルフの月で4月がオリジアの月、5月がウンディーネの月で6月がヴォルトの月。確かに雨や雷が多いですからね。
7月がイフリートの月で8月がアスカの月、9月がルナの月で10月がレムの月、11月がシャドウの月で12月がセルシウスの月と、それぞれ属性を表す精霊の名前が付いているみたいで結構解りやすいです。
まぁ、私にはどの精霊も関係ない気がしないでもありませんが。別に、悲しくなんてないよ? 本当なんだから!
この世界の常識はさておき、今の私は確か約束ではミリアさんの専属メイドだったはずなのに、何故か私の親友のはずのリアスさんや私の剣の師匠である、エイギスさんにも扱き使われています。
言ってしまえば、メリクシアス家全員のメイドみたいになっています。なんでなんだろうね?
リアスさん。あなた、確か私の親友だよね? なんで親友の私を扱き使うのさ?
まぁ、確かに私はメイドだし、お願いとかも大抵は何とかなることだから良いですけど。
それと最近、何か私に対しての態度が挙動不審になる時があるのも気になります。何かしたかなぁ私? 特に心当たりがないんだよねぇ?
どうかしたのかな? 今度相談に乗ってみよう。
それから師匠。魔物を私に嗾けたり、事あるごとに武器を持って奇襲を仕掛けるのはやめてください。最近、私は手加減が出来ませんから。いえ、もう間違って殺してしまいそうな勢いですから。
先日、師匠が私に奇襲を掛けてきたとき、私がつい、とっさに投げたナイフが師匠の頭に突き刺さっていたときは焦りましたよ!
この年で人殺しとか、ましてや雇い主の旦那を殺したとなっては首切りものですからね!
まぁ、あの後、ミリアさんが来て、怒る事無く「『癒し』の魔術の実験台にしたら?」と笑顔で言ったときは驚いたけどさ。
何で自分の夫が血を出して倒れているのに驚かないんだろうと思ったら、何でもミリアさん曰く、「この人はこの程度じゃ死なないから大丈夫よ。もっと殺って殺りなさい」とのこと。
お陰様で私の『癒し』の魔術の練習にもなったから良いですけどさ。
…………本当にメリクシアス家は複雑な家庭ですね。『設定』的にも強さ的にも超人ばかりだしね。
ちょっとリアスさん、ミリアさん何なのさ? そのあなたも人のこと言えないって顔は?
それからというものの、何故か師匠に襲われる(奇襲的な意味で)回数が増えました。そして、私が返り討ちにすると、何故か嬉しそうな顔をして散っていきます。弟子の成長がそんなに嬉しいんですかね? それと魔物を嗾けるのはやめてください。私よりもメリクスの村の人が本当に迷惑していますから。
それはそうと、師匠あなた、確か『Sランク冒険者』の『設定』でしたよね? この頃になって本当にSランクだったのかがすごく疑問に思います。
情けない姿しか見てないからかな?
ここまで言えばわかるように最近、私はなんと魔物の群れを1人で倒せるくらい、ものすごく強くなりました!
リアスさんが放つ上級魔法を、師匠から教わった魔法剣術や我流のナイフさばきで斬り裂いて無効化したり、ミリアさんの調きょ……すみません。間違えました。教鞭によって鍛えられた『補助』魔法で強化した数十本ものナイフを、さらに補助を加えて、音速くらいの速さで幾度となく打ち出したり、ミリアさんから教わった結界で相手を閉じ込めて、魔力を封じたり、滅することも出来るようになりました。
えっと、確実にメイドに要らない技能ばかりですね。最近の私の悩みはこういった確実にメイドに要らない技能ばかり増えていくのが悩みです。
あ! 誤解のないように言っておくとちゃんとメイドスキルである料理だとか洗濯だとか掃除とかのスキルを叩き込まれたよ?
お茶が渋いという理由で何杯もの紅茶を淹れさせられたし、埃が少し残っているという理由で館を最初から掃除させられたりしたけどね? 今となっては良い思い出かな?
自業自得だけど言わせてもらうね? どうしてこうなったのさ!?
私が師匠やミリアさんの誘いを一度も断らなかったのがいけなかったのかな? それとも、師匠とミリアさんに教わった私が悪いのかな?
「強くなることは良いことじゃない。最近は魔物も活性化してきているし」
「ミリアさん。モノローグに突っ込まないでください」
ミリアさんは相変わらず、私の考えが読めるんですよね。本当、どうやってるんだか。私にもできるかな?
「出来ると思うわよ。そういえばアリシアちゃん。あなた、時間を止めたりしてない?」
「はい?」
時間を止める? そんなことが出来るのかな? ミリアさんにも出来ないんですよね?
「ええ、少し時間を遅くすることはできるのだけど」
「それだけ出来れば十分だと思いますけど」
私? 私は『補助』魔法の昇華術で空間を歪めて、亜空間を生み出すことで、その中に料理だとか、ティーセットだとかを入れておくことが出来る程度ですけど? 結構便利なんですよね。
ミリアさんはそんな私に苦笑を浮かべる。何でさ!?
「あなたも大概ではないと思うけど?」
まったく何を言ってるのさ? この人は。私からすればあなたはばけ「『お仕置き』するわよ?」……相変わらず絶好調ですね!? 怖いよ!?
「だからアリシアちゃんが読みやすいんだって」
「出来ないので否定はしません」
私はそういって苦笑いを押し殺して、微笑みながら頷き返すと、ミリアさんも笑った。
今日も平和な一日が始まる。
――――そんな時でした。
「アリシア嬢ちゃん! 行くぞ! 魔物だ!」
私とミリアさんのいた部屋に、いきなり師匠が飛び込んできました。
整った顔が歪んで怖いですよ? それとようやく『わが弟子』から『アリシア』と名前で呼ばれるようになりましたね。
「む? 今さり気無く罵倒されたような?」
「「気のせいですね(よ?)」」
ミリアさんとかぶりました。最近、思考が似てきているんですかね?
「そうか、まぁいい」
良いんですか。師匠はこういうところが変わらないなぁ。
「だから良いんじゃない」
そうですか。
なるほど! ミリアさんはそこに惚れたのか。確かに良い意味でも悪い意味でも一途ですからね?
「??? 何を言っているか分からんが、アリシア、そんなことは良いから行くぞ! ミリアは結界を」
「はい!」
「ええ、あなた」
そういって私と師匠は屋敷を後にしました。
その結果ですか? 私たちの快勝でしたよ?
師匠が上級の魔物と戦っていた場所に至っては、辺り一面が血の海になっていましたし。
私ですか? 私はあまり大したことありませんでしたよ?
竜みたいな魔物の頭にナイフを投げつけて、動きが止まったら、長剣で首や喉元を叩き斬っただけですよ?
…………少し強くなりすぎたかな? まぁ、いいのかな。
館に帰ると、リアスさんが抱きついてきました。心配かけましたかね?
――――それよりも今の私とリアスさんの身長上、ちょうどリアスさんの胸が私の顔のあたりにあるわけで、大きすぎる胸の所為で息が出来ません。
別に悔しくなんて…………。
とりあえず、何とかその胸から逃れながら親友に向き直る。
「アリシア大丈夫? 怪我とかしてない?」
「ええ。リアス。あなたこそ大丈夫だった?」
そういえばようやく、リアスさんと話すときに、『さん』を付けなくなりました。
やっとかよと思います? でも本当に呼び捨てで呼ぶのは気が引けたんですよ? でも、やっぱり心の中では『さん』付けだけどね?
だって昔より大人の雰囲気が加わって綺麗になったのに加えて、2年前でさえ大きかった胸がさらに大きくなってるんだよ!? 私はまだ1年前のリアスさんよりも無いのに!
ま、まぁそれは置いておいて、リアスさんが怒るとミリアさん並みに怖いです。やっぱり親子ですからかねー?
…………あの時は軽く泣きそうになりました。
でも、なんか私が泣かなかったら、リアスさんがとても残念そうな顔をしていたのが気になるけどさ。
「アリシアどうしたの?突然黙って」
「いえ、ちょっと昔を思い出しまして」
私がその声につられて顔を上げると、首を傾げたリアスさんがこちらを心配そうに見ていました。
そうでした。あんな意思疎通が出来るのはミリアさんだけでしたね。うっかりしていました。と、いうより最近、口調が敬語交じりになってきていますね? 我ながら安定しないなぁ。
「そんなことより、魔物の被害が多くなってきたな」
さっきまで黙り込んでいた師匠がそう言いました。
ああ、そういえば一緒に行ったんでしたっけ。すっかり忘れてましたね。とりあえず、頷いておこうかな?
「わが弟子もそう思うか?」
「はい」
私が頷くと何故か満足そうな表情を浮かべました。
何でしょうか? そんなに弟子の共感が得られたことが嬉しかったのかな?
私が疑問に思っていると、師匠はこう言いました。
「『勇者』でも居ればな」
「そうね……お父様」
――――――『勇者』。
近い将来、リアスさんの結婚相手になるかもしれない、この世界の主人公。いずれ魔王を倒して、世界を救うとされる人物。
その人は今どこにいるんでしょう? というよりもその存在すら、物語の中でしか聞きません。早く現れてほしいものです。
リアスさんは確かに『メインヒロイン』の『設定』ですが、正直な話、『勇者』ぐらいしか吊り合わないと思いますよ?
私は彼女にあまり『設定』に縛られてほしくはありませんけど。
彼女は確かに私のように実践慣れはしてはいないですけど、純粋な技術と攻撃魔術の制御では私なんか比べ物にならないくらいなんだよ?
まぁ、私はリアスさんやミリアさんのように攻撃魔術なんて使えませんから、比較や参考になんてならないけどさ。
…………悔しくなんて……無いんだから。本当に現実はままならないものだよ。
魔法って言えば攻撃系を使いたいよね? いや、『癒し』や『補助』も大事だけどね? でもさ、魔法がない世界から来た私からすれば、少しは使ってみたかったなぁ。
「どうしたのアリシア? 私の顔をじっと見つめて」
どうやら無意識のうちにリアスさんを見つめていたらしい。私は意識を飛ばしていたことを少し反省して、頭を下げる。
「すみません。少し考え事を」
「そう? 無理しちゃだめよ? アリシアはいつも無理するから」
私はそこまで無茶なんてしたかな? よく分からない。
そんなリアスさんの言葉に苦笑を返すと、私は空を仰ぎ見た。先ほどまで、魔物が暴れていたとは思えないほど澄んだ、雲一つ無い青空が広がっていました。
私はそんな青空に思いを馳せる。いつの日か訪れるであろう、自分のもっとも慕う親友の幸せを祈りながら。
4 『勇者』な『設定』と私の『現実』!
私こと、アリシア・ルトライトが空に親友の幸せを祈ってから一か月後、イフリートの月もそろそろ終わる頃に、世界中が一つの話題で持ちきりになりました。
もちろん、私たちの住むメリクスもその噂が入るや否やその話題で持ちきりなるほどだったかな。
その話題とはようやく『勇者』が発見されたというものだった。
私としては今まで見つからなかったのがおかしいと思うけど。
――――そんな私の疑問は思ったよりも早く解消されました。
私が村に来ていた伝令隊に聞いたところによると、どうやら『勇者』の『設定』を持った少年はまだ、私とリアスさんと同じ16歳らしく、4年前にはすでに見つかってはいましたが、旅立たせるにはいささか若すぎるということで今になって発表となったみたいです。
まあ、12歳の子供を旅出させるなんて駄目ですよね。
…………それなら、その頃にはすでに、修行と称した幾戦もの戦いの中で、何十、何百もの魔物の群れと戦わせられていた私はなんだったんだろうと師匠に問い詰めてやりたいよ。
まぁ、考えたくもないですね。
目の前の魔物を倒し終わったと思ったら、すぐに別の魔物を嗾けてくるし。
何考えてるのさ!? おかしいよ!?
しかも最近の訓練では本気で潰しに来ますし。
あの人の剣はほんとに重いんだよね。何回も地獄を見ましたよ……。
今の私にはもう、何も怖くないと……思う。
――――それはともかく、ようやく世間に発表された『勇者』ですが、剣も魔法もまともに扱ったことも無かった彼は、この4年でこの国の騎士団長から聖剣の扱いを学び、魔導師から魔術を学ぶといったこと三昧だったらしい。
その甲斐あってか、もしくは才能かスポンジのように技術を吸収していったらしい。でも、彼は魔法はほとんど才能が無くて、使えても魔法剣だけのようだけど。まぁ、噂ですしね。
ほんと、才能ある人は羨ましいですね。
――――でも、それと同時に私はその少年が少し可哀想に思えました。
リアスさんもそうですが、『魔王』を倒すため『だけ』に選ばれた人物。それだけが使命で、そのためだけに命をかけるという『設定』。
現実はままならないから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
前世で日本という、ある程度の平穏が約束されている場所で生きてきたからですかね? 同情したとしても、特に何もならないのが少し世知辛いかな?
それはさて置き、どうやらその『勇者』は世界を回りながら、仲間探しと各地の魔物討伐の旅をするらしいよ?
まぁ、真っ直ぐ魔王のところ行くと、行くが逝くになってしまいそうですからね。正しい判断なのかもしれません。
『勇者、魔王に瞬殺される!もう世界に希望はないのか!?』なんてことになりかねませんからね。
…………ですが、本当に『魔王』は倒されるべき『悪』なんですかね?
私からすれば、『勇者』となった者の方が『悪』に見えてなりません。
魔物も意思のあるものはちゃんと話せるのに、問答無用で斬り捨てているみたいですし。おかしな現実ですね? 魔物=悪が定着しているのが悲しいです。
え? 今、私は何しているかって? ミリアさんに言われた通りに『時空』の魔術の練習です。『時』の魔術と『空間』の魔術単体では使えるようになったんだけどね…………。
どうやら2つ合わせて使うのが一般的なんだそうです。
本当に制御が難しいし、なにより魔力を物凄く使うんですよね。凄い勢いで私の魔力が削られていくのは、ちょっとした恐怖だよ?
少し考えても見てよ。
自分の体の中にある物体、――――まぁ、魔力は形はないけど。それがどんどん削り取られていくイメージ。
本当に怖いよ!?
それはそうと、ミリアさん。あなた、自分も使えない魔術をなんで私に試させているんですか!? 私はしがない『メイド』で、あなたは『大魔導師』でしょう!?
…………ごめん。取り乱しちゃったね。けれど、どうやら私の『大魔導師』という『設定』に対する知識が間違っていただけのようです。
私は『大魔導師』と聞くと、よく前世の世界のRPGとかに出てくる『賢者』をイメージしていたのだけど、ミリアさん曰く『大魔導師』というのは、前に話した12の月を現す12属性の精霊の属性全てを扱える『だけ』なんだそうです。
私からすれば『だけ』だは無い気がしますが、ミリアさんにとっては『だけ』みたい。
なんというか、贅沢な悩みですね?
…………別に悔しくなんて……無いよ?
ちなみにこの世界では、私の考えていた『賢者』というのは、この世の存在するすべての属性を扱うことが出来る人。――――ではなく、新しい魔術や魔法陣を創ることが出来るような人のことを言うんだそうです。
魔法を創るとか、本当に凄いよ! でも、どうやって創ってるのかな?
…………私にも出来るかなぁ? まぁ、無理だよねー。
あ! ちなみに全ての属性を使える人は『創生者』というらしいよ?
神様なのかな?
「ア……ア! …ぇ…て…………ば!」
それにしても……うーん……。
『時空』魔術はほんとに難しいなぁ。この術式が駄目なんですかね? なら、ここをこうして、こうしてやれば……!
「アリシア!」
「にゃあ!?」
突然の大声に情けない声を上げてしまいました。
誰ですか! いきなり大声を出すのは! 折角の私の魔法理論が!
……って、あ。リアスさんでしたか。とりあえず頭を下げておきましょう。
「どうかなされましたか?お嬢様」
「そのお嬢様は止めて。どうかなされましたかじゃないよ! さっきから呼んでたのに!」
どうやら先ほどから呼ばれていたようです。どうしましょう。まったく気付きませんでした。耳でも遠くなったのかな?
「それはすみませんでした。それでご用件は?」
「お父様が呼んでいたわよ。時間だって」
もうそんな時間ですか?
空を見上げてみると、私が始めた時には昇ったばかりだった太陽が、かなりの高さまで上がっていました。
――――確かにそろそろですね。
「ありがとうございますね? リアス?」
「え!? ええ! 親友として当然よ!」
私なんかを未だ親友と見てくれている彼女に感謝しつつ、私は師匠のところに向かうのでした。
…………私が去っていく後ろで、悲しげな顔をしているリアスさんに、私が気付くことはありませんでした。
――――それから数分後、今私は道場、というより訓練室ですかね?私が現在進行形で結界を張り続けている部屋にいます。
あれ? いつの間にか私の労力が増えてない?
まぁ、今はそんなことどうでも良いかな。そこで師匠と模擬戦をしているのですが、結構ピンチです。
「はぁ!」
「ぬん!」
私が叩きつけた長剣が師匠の右手に持つ剣にぶつかり、火花を散らす。
防がれたのを確認した私は、ぶつかった衝撃をばねにして後ろに跳ぶと、左手で空いている師匠の脇腹に向かって数本のナイフを投げつけます。ですが、左手に持っていた小刀のようなものに防がれてしまいました。
空中で一回転して着地した私に余裕そうに師匠が笑いかけてきます。
「もうその手は通用しないぞ?」
「わかってます!」
そう見栄を張ったものの、実際は厳しいです。
さすがSランクといったところですね。隙がまるで無いんですよね。
前に馬鹿にしてごめんなさい!あなたはまさしくSランクです。
「来ないならこちらから行くぞ!」
そんな言葉と共に私の耳に届いたのは轟音。
私はとっさに長剣と長剣を持った右手に補助をかけると、長剣を掲げて防御します。
私が掲げた長剣に師匠の剣がぶつかり、火花を散らす。
重い! ガードをした右手に激しい衝撃が走る。
たった一撃を防御しただけなのに! なんですかこの威力は! 思わず顔が強張ってしまいます!
「くぅ!」
「どうした!まだ始まったばかりだぞ?」
「(師匠の剣を受けるのは自殺行為です。なら!)」
剣を叩き込んでくる師匠に対し、私は長剣を日本刀の受け流しの構えのように構えます。すると、
「うおっ!?」
師匠の長剣が私の長剣の上を滑るように受け流され、師匠がバランスを崩しました。今です!
そこへすかさず、体を捻って長剣を服の表面だけを切るように振り切る。
言うならば『燕返し』です。
斬! と剣を振り切る音だけが木霊する。
私がみると、師匠の服が少し切れていて、私の首元に師匠の左手の小刀が突きつけられていました。
どうやら、また負けたみたいです。
「ありがとうございました!」
「うむ、さっきの動きは良かった。だが、服だけを切ろうとして若干隙が在った」
やっぱり見破られていましたか。
盗賊とかならばともかくとして、知っている顔を斬るのは気が引けてしまうんですよね。
え? 盗賊なら斬るのかって?
当然です。村人に迷惑をかける社会のゴミなんて滅べばいいんです!
…………さすがに全員は斬りませんよ? 斬るのは更生の余地無しと判断したものだけです。殺人狂だとか性犯罪者とか、もう引き返せないところまで来ている人だけね。
まだ更生できる人間や亜人は殺しません。私が更生させた後、この村の住人になってもらってます。
彼らのおかげで村というより町になりましたけど!
私は彼らを何故か酷い目にあわせたはずなのに慕われてます。なんでかな?
それに偶に熱っぽい視線を感じます。
「まぁ、合格だ。精進せよ!」
「はい!」
そう言われて、私はようやくこの部屋の結界を解きました。
この訓練法は剣術や身体を鍛えると共に、魔力制御や精神統一にもなるのでとても重宝しています。
何でも、この訓練法はなんと! 私の師匠のエイギスさんの師匠だったミリアさんの考案した訓練法だったらしいです。
というより、ミリアさん。あなた弟子と結婚したんですね?
それはともかく、そんなわけでやっと今日の修行は終わりましたし、そろそろ昼食の準備をしなければいけませんね。皆さん好き嫌いが多いんですよねー。
え? 疲れてないのかって?
これでもあの2人に鍛えられていますからね! 魔物なんて目じゃないよ!
…………メイドには絶対に必要とされることの無いものだけどね?
でも、メイドの仕事も結構体力と魔力を使うので感謝はしています。
ところで皆さんはメイド服で長剣を振り回す私をどう見ているのかな?
おかしい? ですよねー。私もそう思います。
さてさて今日は何を作りましょうかね? リアスさんにも野菜を食べてほしいですから昼食は軽めにして、今夜は野菜たっぷりのシチューでも作りますかね? 食べてくれるかな?
こんな声が聞こえてきたのは、私がそんな考え事をしていた時でした。
「『勇者』様が来てくれたぞー!!」
――――――すみません。メリクシアス家の皆さん。どうやら昼食はしばらくお預けのようです。
5 『従者』な設定と私の『現実』!
そんなわけで、私こと、アリシア・ルトライトが昼食を作ろうとしたら『勇者』御一行様が挨拶に来てしまったので、やむなく昼食作りは断念。
私が慌てて広間へ行くと、師匠と1人の青年が握手を交わしており、その後ろには1人の美少女とイケメンな男性が連れ添っていました。
――――――お客様は本来なら、私が出迎えなければいけないんですがね?
まぁ、この家の人は誰も気にしませんけれど。
「初めまして! 『勇者』のエンシス・フリエンスです!」
「ああ、よろしくな」
今、師匠と握手を交わしている赤髪の青年が『勇者』様のようです。
確かに彼の頭の上に浮かんでいる吹き出しには『勇者』と記されています。
身長は大体リアスさんと同じ170くらいでしょうか?
お世辞にも似合っているとは言えないごつ過ぎる甲冑に身を包み、腰には煌びやかな装飾が施された鞘に収まった長剣が差されています。
あれがうわさに聞く聖剣でしょうか?
…………なんというか、脆そうです。
そんな脆そうな聖剣を持つ彼の後ろに控えている2人に目を向けると、リアスさんと同じくらいの背で、鎧を纏い、腰に剣を、背中に盾を背負った黒髪の男性と、私よりも若干背の高い、大方160くらいで、おんぼろの木の杖を持ち、神官のようなローブを着た水色の髪の女の子が目立たないように2人で睨み合っていました。
――――――あの女の子はやっぱり『勇者』狙いなんでしょうか? どうやら真面目そうな黒髪の男性とは犬猿の仲みたいですけどね?
私がそんな2人の頭上を見ると、見慣れたものが。
それぞれ『騎士団長』と『神官』と記された吹き出しが浮かんでいました。
ああ、なるほど。そういった『設定』でしたか。
――――――『勇者』が魔法剣で敵に斬り込んで、『騎士団長』が後衛を守る盾役兼斬り込み役、そして『神官』が回復、補助魔法役ですか。
まだバランスが悪いですね。前衛2人ですし。打撃耐性のある魔物が出てきたら終わりですね。
え? お前もそうだったろうって?
確かに私には『攻撃魔術』は使えませんが、今の私には超広範囲殲滅結界や『時』と『空間』の魔術がありますから。
「君たちも挨拶を」
「「はい!」」
それはさて置き、勇者に言われてようやくお2人の睨み合いが終わったようです。
しかしこの2人、人の前、しかも今回の場合は自分たちが訪ねてきたのに、その客人ので睨み合いをするとはマナーがなっていませんね?
「オリジアナ王国直属騎士団長ディオス・メルトスだ」
「オリジアナ王国直属マクスウェル大教会神官のレイ・トリアです。よろしくお願いします。」
真面目そうに名乗る『騎士団長』様ことディオスさんと、物腰が柔らかそうに名乗る『神官』様ことレイさん。
――――――今更物腰を変えたり、体裁を整えても無駄だと思うよ?
まぁ、私の師匠はそんなこと気にしないだろうけどさ。
「ところで『勇者』様。こんな小さな町に何の用で?」
師匠が『勇者』にそう問いかけました。
私が思った通り、気に留めてすらいませんね。さすがと言いますか、何と言いますか。
『勇者』様こと、エンシスさんも何事も無かったかのように続けます。慣れているのかな?
「この町を魔物が攻めていませんか?」
――――――一瞬、何かの宗教の勧誘かと思いました。
『勇者』様、いえエンシスさん。いきなりこんなことを言われれば誰でも混乱すると思うよ? どこぞの悪い占い師みたいだもの。
私がそんな考えをしていると、師匠が気の抜けたようにこう言いました。
「なんだそんなことか。攻めてきてはいるが、俺たちが殲滅しているぞ?」
「「「は?」」」
師匠の言葉に3人は驚きで目を丸くしていました。
うん。その反応は御尤もだよね。普通の人は下級の魔物は倒せても、中級以上の魔物を倒せる人なんて殆ど居ないもの。
私も倒せるし、何故か、魔物の中にも私に懐いてくれている者もいましたし。
魔物だろうが魔族だろうが話せば解り合えるんですよ?
え? なんで過去形かって?
…………私が目を離した隙に師匠に殺されてしまいました。その時は部屋にこもって、声を殺して泣いてしまいましたね……。
――――――軽く私にとっての黒歴史です。
それはともかく、どうしてこうなったのかな?
私の『設定』は『メイド』で、決して『殺戮メイド』では無い筈なんですが? 今となってはどうでも良いですけど。
未だ驚いている3人。――――といってもまだ10秒ほどしか経っていないんですけど。
そんな中で『騎士団長』のディオスさんは何かが引っかかるみたいですね?
先ほどから思考の海に沈んでいます。と、思ったら急に頭を上げたかと思うと、いきなり大声を上げました。
そんな彼のその声には驚愕と尊敬が込められているかの様に思いました。
「ま、まさかあなたは! 『轟剣』のエイギス殿ですか!?」
「「なっ!?」」
ディオスさんの発言にエンシスさんとレイさんが驚いています。
というか師匠。あなた2つ名持ちだったんですね。
師匠の『設定』と実力を知る私からすれば驚くことではないけどさ。
「まぁ、そんなことは良いじゃねえか!」
良くありません! 真面目にやって下さいよ!
「アリシア! 飯だ! 飯の用意をしろ!」
「はい。畏まりました」
師匠に言われて思い出しましたが、そういえば昼食がまだでしたね。うっかりしていました。
さっさと作ってこなければ!
師匠のその言葉にそう返事をして私は『時』の魔術を使い、時を止めると、その場から一瞬で立ち去りました。
後ろから師匠の大きな笑い声が聞こえてきた時には、『勇者』御一行様につい、ご愁傷様ですと思ってしまったことは秘密です。
それから1時間後、といっても私からすればの話で、実際には十分ほどしか経っていませんが。私は大量の料理の乗っているカートを押して客間へと向かっています。
ええ、時間を止めて料理を作っていました。
――――――私だけ早く老けそうですが、その点は、先ほどコツをつかんだ『時空』の魔術で何とかなりそうです。
…………まだ試してはいませんが、年を取らないとか、私もどんどん人間離れしていく気がします。
それはともかく、私が料理の乗ったカートを押しながら客間の方へ行くと、何やら話し合っているようですから、とりあえず扉を叩く。
「ししょ……失礼しました。エイギス様。お食事をお持ちしました」
「相変わらず早いな。入れ!」
いつもの癖で師匠と呼びそうになったが何とか呼びなおし、返事を待つ。
するとすぐに師匠の返事が返ってきました。それを確認した私は扉を押し開け、カートを押して中に入ります。
「失礼します」
「おう」
中に入った私は一礼すると、カートを押してテーブルに近づくと、カートに乗っていた数々の料理を並べていきます。うん、我ながら良い出来ですね。
そんな料理を見て師匠が嘆息していました。何故でしょうか?
「アリシア。おまえまたこんなに作ったのか?」
「お客様がいらっしゃったので」
呆れながらそういう師匠に、私がそう答えるとため息を吐かれました。失礼な!
「まぁ、こいつがさっき話したメイドのアリシアだ」
師匠の言葉に嫌な予感がしました。
さっき話した? 何か変なこと言っていないでしょうね? とりあえず挨拶はしておきましょうか。
「ただいま紹介に与りました、メイドのアリシア・ルトライトと申します。以後、お見知りおきを」
慣れないながらもそう挨拶して頭を下げる。
――――頭を下げた瞬間、私の直感が何かを告げた。何ですかこの気配は?
反射的に亜空間からナイフ、というより小刀のような短剣(まぁ、ナイフなんですけど)を取り出すと、おかしな気配を感じた天井の四隅の一角に投げつける。
すると、透明な何かにナイフが突き刺さり、天井の色が透けていた身体が徐々に黒く染まり、生き物のような形状を取りました。
その生き物は「グギャア―!」と、生物にしては妙な断末魔を上げると、地面に落ちました。
落ちてきたそれをよく見てみると、見た目は1つ目のトカゲのような魔物? で、私の投げたナイフがその1つ目に突き刺さっており、緑色の体液を流してもがいていました。その魔物は未だにぴくぴくと動いており、気持ちが悪いので結界に閉じ込めて滅しました。
「(まさか気付かれるとはの)」
――――何か幻聴のようなものが聞こえた気がしましたが、気持ちの悪い物を倒して、気分が高揚していた私は気のせいだと思いました。
最近、こういった気配を街中や付近の森で良く感じます。
「こいつは魔王の使う使い魔だ!」
それはさて置き、ゲテモノを片づけて満足そうに微笑む私をしり目に、エンシスさんが緊迫した声で言いました。
魔王の使い魔? こんな雑魚魔物が?
そう思って、私がその生物のいた場所を見ると、まだ『使い魔』という『設定』吹き出しが残っていました。
…………本当に使い魔だったんですね。
「アリシア。お前良く気付いたな?」
「最初から気付いていたくせによく言いますね?」
私は思わず、今朝、私の仕留めた翼竜のステーキに齧り付きながら呆気からんとそんなことを言う師匠にかみつきました。
そうです! 絶対にこの人は最初からこの魔物の存在に気付いていました!
なのに何で倒さなかったんでしょうか!?
ですがそんな私の発言に師匠は肩を竦めると、怒っている私を見ながら笑い出しました。
何なんですか一体!?
「いやいや気付かなかったっての」
「本当ですか?」
怒りが呆れに変わった私がジト目で見つめてやると、師匠はなぜか嬉しそうに笑います。
ほんとに何なんですかね? いい加減にしてほしいものです。
私の目に、私と師匠のそんなやり取りを呆然と見ている3人が映りました。まぁ、気持ちは分からないでもありませんね。
突然、自分たちが気が付かなかった『魔王』の使い魔を一介のメイドが倒し、さらに、そのメイドが最初からこの部屋にいた館主に、「気付いていたんでしょう?」と迫る光景を初めて見ればそういう気持ちになりますよ。
安心してください『勇者』御一行様。あなたたちは何も間違ってはいません。間違っているのはこちらです。
「まぁ、気づいていたのは認めるが」
認めるんですね? やっぱり気付いていたんじゃないですか! でもちゃんとした理由が――――――
「めんどいから放置してた」
「もう駄目ですこの人!?」
――――――度肝を抜かれました。
めんどくさいからって放置しないでくださいよ! 大変なことになったらどうするつもりだったんですか!?
「まぁ、落ち着け。アリシア。ちゃんとした理由がある」
「理由ですか?」
めんどいとか言った後じゃ説得力皆無だと思うよ?
「俺の魔法剣技じゃあ威力が高すぎる。というかあいつに怒られたくない」
「あ!」
この人元『Sランク冒険者』でした! すっかり忘れていましたよ!
確かにもしも、この人にやらせてたら、今頃大変なことになっていましたね。
――――――『お仕置き』的な意味で。
それはさて置き、勇者御一行の3人はすっかり食欲を無くしています。
特にレイさんに至っては、吐き気を抑えるかのように両手で口元を覆っています。
…………やり過ぎましたか?
ですが、私ナイフ1本しか投げてませんよ? これが私の最弱の攻撃なんですけどね?
私の最も得意な得物は長剣ですし。
とりあえず、料理が冷めるとまずいので、亜空間にしまっておきましょうか。
そう思い、料理をしまい始めた私に声がかけられました。
「アリシア。それが終わってからでいい。ミリアとリアスを呼んできてくれないか?」
「あ! はい。分かりました」
師匠にそう答えた私は、もう1度時を止めると、料理をすべて亜空間に押し込みました。
…………もちろん師匠の齧り付いていたステーキはそのままですよ? すでに人が食べているものを、まだ食べていないものと一緒にしたくありませんから。
そして時を止めたまま客間を出ます。そして真っ直ぐ、2人がいるであろう部屋へたどり着くと、術を解き、扉を叩いて、中に呼びかけます。
「ミリアさん。リアスさん。師匠が呼んでます」
私がそういうとすぐに扉が開き、2人が出てきました。
「待ってたわよ~」
ミリアさん。何というかお気楽ですね?
「そう?」
私が考えていることに未だに返事をするミリアさん。相変わらずです。
「だからアリシアちゃんが読みやすいだけよ?」
否定はしませんよ。
「どこに『勇者』様はいるの?」
リアスさん。とりあえず落ち着いてください。好奇心が湧くのは分かりましたから!
とりあえず、そんな2人に微笑み返すと、「こちらです」とだけ答えて歩き出します。
お客様をお待たせさせるわけにはいきませんからね?
そんなわけでお2人を連れて再び客間の前へ。
私は2回、客間の扉を叩くと、中へ呼びかけます。
「エイギス様。ミリア様とリアス様を連れて参りました」
「おう! 入れ!」
「失礼します」
そういって扉を押し開けると、私を見て、何故か勇者たちはすごく驚いていました。
どうなさったのでしょう?
「とりあえず、ミリアとリアスは座れ。アリシアは仕舞った料理を出せ」
「分かったわ~」
「はい。お父様」
「はい」
はい! エンシスさんの微笑みを受けて、リアスさんの顔が真っ赤になっています。
一目惚れですか? それとも『設定』に操られているんですか?
…………私としては前者であってほしいものです。
それは置いといて、私はリアスさんとミリアさんの2人がエイギスさんの隣に座ったのを確認すると、私はまた時を止め、再びテーブルに所狭しと料理を並べ、また術を解く。
うん。少し冷めてるけど、大体作った時と同じですね。
「ア、アリシアさん! そ、それって『時』と『空間』の魔術ですか!?」
そんな私にレイさんが興奮したように話しかけてきました。
えっと、特に隠すことでも無いですし、言って良いかな?
私が目でミリアさんに聞くと、ミリアさんが頷いたので正直に言うことにします。
「はい。そうですよ」
「わぁー。初めて見ましたー」
レイさんはすごく目をキラキラさせてこちらを見ています。なんというか妹みたいですね。
…………背は私よりも高いですけど。
「なんだアリシア。使えるようになってたのか? だったら模擬戦の時も使えばよかったじゃないか! もしかしたら勝てたかもしれんぞ?」
笑いながらそんなことを言ってくる師匠。
と言いますかね?
「結界を張り続けながら時を止めるのは無理です!」
そんな私の抗議に「それもそうか!」といって、先ほどよりも大声で笑いだす師匠。
そんなことよりも早く本題に入って下さいよ。
「ごほん! あー、それで本題なんだが」
そんな私の願いが届いたのか、師匠は咳払いをすると、真剣な顔つきになりました。
ようやくですか?
「エンシスといったか?うちの娘のリアスを連れて行ってやってくれないか?」
「「「「え?」」」」
師匠の口から出た言葉にリアスさん、エンシスさん、ディオスさん、レイさんが異口同音の声を出しました。ちなみにミリアさんは微笑んでいましたよ。
それにしてもようやくですね。
『メインヒロイン』のリアスさんと『勇者』のエンシスさん。
この2人がやっとスタート地点に付きました。あとは見守るだけですね。
これが『設定』の力ではなく、『運命』であったらとは思いますが。
「娘はミリアの血を継いで、攻撃魔法に長けている。足手まといにはならないと思うが?」
「お父様良いんですか?」
「ああ、頑張っていって来い!」
「はい!」
強い決意を胸に返事をするリアスさんに頷き返す師匠。
…………お2人とも、結構良い場面だと思いますが、まだエンシスさん許可していませんよ? まだ断られる可能せ「それ以上言っちゃ駄目よ?」ミリアさんに微笑みかけられました。ひぃ! すみません!
私がミリアさんに内心ビクビクしていると、顔を下にしていたエンシスさんが顔を上げました。その眼には強い決意がありました。
「分かりました。共に行きましょう!」
「はい!」
私はそういって手を取り合う2人を微笑ましく見つめるのでした。
手を取り合っている二人の顔がほんのり赤くなっているのには驚きましたが。
まさか、エンシスさんも一目惚れですか?
――――そうであって下さい!
『(面白そうなやつだな)』
「――――???」
そんな軽いピンク色の空気の中、私は奇妙な無機質な声を聴いた気がしました。
あれは気のせいだったのかな?
6 『魔王』な『設定』と私の『現実』!
リアスさんが『勇者』であるエンシスさんたちと旅立ってから、さらに1ヶ月が経ちました。
すでに暑かったアスカの月は終わり、ルナの月となりました。時の経つのは早いものですね。
リアスさんを加えた『勇者』御一行はその後、いろんな村や町を訪れながら仲間を探すついでに各地の魔物の討伐を行っているみたいです。
先日この町にも届けられた新聞のようなものによると、彼らはリアスさんの活躍で巨大な蛇龍を倒したそうです。
どうやら蛇龍の硬い皮膚には魔術しか効かず、攻め倦んでいたらしいですが、リアスさんの攻撃魔術によって討伐することに成功し、彼女は一躍有名になっていました。
さすが『メインヒロイン』といったところでしょうか?
さらに、その新聞を見る限り、仲間が2人増えていました。
たしか竜人で『槍使い』のソイル・ラピスさん。そして、エルフで『賢者』のメルティ・キルシュさん。
――――驚いたことに新聞のような写真でも『設定』を見ることが出来ました! 驚きますよね?
まぁ、私は驚くのには慣れてしまいましたけど。
今、最も新しい新聞によれば、彼らは今はすでに魔大陸へと向かっているそうです。
ところで6人で魔王を倒せるんですかね? まぁ、ゲームとかでは4人で魔王を倒すゲームもあったから大丈夫かな?
某竜の物語なんて魔王と一騎打ちですし。
それに何か勇者の持っている剣が、私が実際に見た時には無かった輝きを放ってるんですが!? 覚醒ですか!? 覚醒イベントをこなしたんですか!?
写真に写る彼の表情にも自信に満ち溢れているように見えます。
他の人たちが持つ武器も見違えるような煌びやかなものに変わっていました。
リアスさんやレイさんに至っては、おんぼろの木の杖から王族の持っていそうな装飾の付いた杖に変わっていました。
何というか、親友がとても遠い存在に見えます。
まぁ、『メインヒロイン』と『メイド』の差かな?
え? 私は今、何をしているのかって?
私こと、アリシア・ルトライトは今、仕事と訓練が終わったので夜の散歩をしています。
日差しがきついアスカの月と違って、夜風が心地よく、ふと空を見上げれば、雲1つ無い空に浮かぶ月がとても綺麗です。
こんな夜には何か良いことが起こりそうです。最近は不幸と言ったら不幸の連続ですから。
どんなことがあったか、ですか?
例えばリアスさんが旅に出た後、私が『時空』の魔術の術式を弄っていたら誤作動を起こして不老に近い状態になってしまいましたし。
それを良いことに師匠もミリアさんも訓練に手加減が無くなりました。
本当に怖いよ!? 確かに不老だけど不死じゃないんだよ!?
でも、そのおかげで精神的に余裕が出来たのか、ついに私は師匠とミリアさんの2人を同時に地に伏せることが出来るようになりました!
ようやく免許皆伝だそうです。
…………以外に呆気無かったように思えましたけどね。
あの化け物2人を同時に相手取って、なおかつ倒すなんて私も存外化け物ですね? ――――認めたくはないですけど。
ちなみにそれ以降の『時空』の魔術は普通に使えるようになりましたよ?
その代償はかなり大きかったように思えてなりませんが。
あと、他には町の人からは目が合った瞬間、敬礼されるようになってたりね。
絶対あの時更生させたあの猫耳盗賊の仕業です。
まぁ、後悔させてあげましたけど。
でも、私にお仕置きされた彼女は何故か嬉しそうでした。それを見て何故か悪寒を感じましたがね。
…………本当にいろいろあったんですよ。はぁー。
「何か良いこと無いかなぁ」
思わずそう呟いた時でした。
突然、私から少し離れた場所に巨大な魔法陣が展開されました。
あの魔方陣は『転移』魔術!? それにしても大きい。しかもあんな巨大な転移魔方陣はミリアさんでも難しい。それに見た感じ、今の魔方陣というより古代の…………?
私がそんな思考の海に沈んでいると展開されていた魔方陣が輝きだし、発動しました。
放たれた光の閃光と風圧により、私はその場で風圧に耐えながら目を閉じました。
眩しいです! そして、風圧で飛んでくる小石が地味に痛い!
数秒経つと風圧が収まると同時に光も収まったので、目を開けると徐々に消えていく魔法陣の中央に10歳くらいかな? 私と同じ黒髪で長髪の小さな女の子が倒れていました。
――――女の子!?
慌てて近づくと、その女の子は傷だらけでした。
――――! 酷い傷……。そして呼吸も弱々しい。
急いで『癒し』の魔法をかけていると、思いのほか深い傷ではなかったのか、体中の傷は殆ど消え、弱弱しかった呼吸も安らかな寝息に変わりました。
とりあえず一安心ですね?
あ! 私が彼女を抱え込んでいたため、今まで気付きませんでしたが、彼女の頭上にはもう見慣れた吹き出しが浮かんでいました。
「(そこに記されていることによっては私がこの子を守らないと!)」
そう決意した私がその吹き出しを覗き込むと――――――、
「え!?」
――――――思わず息を呑みました。
なぜならそこに記されていた『設定』は…………『魔王』だったからです。
…………どうしましょうこの子。
魔王といっても見た目10歳くらいの女の子です。
しかも、傷だらけということは…………倒された?
――――え? 彼ら、もしかしてもう魔王を倒しちゃったの? だからこの子はここに逃げてきた?
確かにこの町、メリクスは魔大陸から一番遠い街ですけど。
いくら魔王といってもこんな女の子が倒されるのは、私としては本当に目覚めが悪いです。
もしこれが本当の姿じゃないとしてもね。
「う……うーん」
気持ち良さそうに眠っていた『魔王』の女の子が声を上げました。
どうやら起こしてしまったようですね?
その子はゆっくりと目を開けると辺りを見渡してから私の顔を見ました。
「こ……ここは…………?」
「ここはメリクスですよ」
「そうじゃ……確か私は」
できるだけ怖がらせないようにそう答えます。
『魔王』の少女は何かを思い出しているみたいです。そして思い出したのか、悲しげな顔をすると涙を浮かべてこう漏らしました。
「私は…………負けたのじゃな」
――――魔王というのはどういった気持ちなんでしょう? それよりもこんな小さな少女が本当に世界を征服する目的なんてあったのかな?
「おぬしは……人間か。私を殺すのかの……?」
「いいえ」
「何じゃと……?」
私はついとっさにそう答えてました。でもこれは紛れもない私の本当の気持ちです。
「あなたからはそれほどまでに悪意を感じません。それにあなたは幼子です。守られる義務があります」
「私はすでに400年は生きておるのだが…?」
「それでも、です」
少女のそんな声にも、私は嘘偽りのない感情で答えます。
というか400年も生きていたんですね?見た目は10歳そこそこなのに。
まぁ、それは置いておいて、
「これからどうするのですか?」
「私にはどうすることも出来はしないのじゃ。仲間ももういないからのぅ。ただ、このまま殺されるだけじゃ」
私の問いにそんな答えが返ってきました。
そんなのって!? 悲しすぎます!
「勇者の所為で魔族ももう居らん。魔物も意思疎通のできる者は全て殺された。…………もう私に味方などいないのじゃよ」
「なら、私があなたの味方になります!」
「は?」
私のそんな切り返しが意外だったのか口を開けて唖然とする少女。
まぁ、当然ですよね。
『勇者』の『設定』を持ったエンシスさんの話を聞いた時もそうですが、私は日本というある程度の平和と幸せが約束されている国から転生したせいでしょうか?
どうやら私もまだまだ甘いようです。
そんな私の故郷と違って、この世界は女だろうが、幼子だろうが決して甘くはない世界というのに。
『魔王』や『勇者』といった『設定』の所為で小さな子たちの運命が定められている。
こんなのは絶対におかしいです。
それに魔=悪といった考えにも反対です。
彼らにも心や感情が確かにありました。
なのにその存在そのものが『悪』であると決めつけて、それを滅ぼそうとするのは気分が悪いです。
だから、これは単にこんな結末が気に入らないからと言う私の我儘。だからこそ、もう1度言いましょう。
私が私であるために。私の『メイド』としての言葉を。
「私で良ければあなたの味方になります。何でもしましょう。…………どうか私を雇ってくれませんか? お嬢様」
私はそう言って彼女に対して膝をつき、頭を下げる。私は違ったけど、普通はこうやって主人に敬意を払い、忠誠を誓うことでメイド或いは執事として雇われるらしいよ?
私はそう言って少女の反応を待つ。そんな私の耳に聞こえてきたのは、嗚咽と笑い声でした。
「ははは! ……う……ぐすっ……おぬしは……ぐすっ……ほんとに……おかしなやつじゃのう……うっ……あ……頭を上げるが良い!」
そういわれて私が頭を上げると、少女は未だ涙を浮かべてはいるが、嬉しそうに微笑んでいました。
女同士であるにもかかわらず、少女の笑顔に見惚れてしまい、思わず笑みがこぼれます。
「今の私には従属契約などは出来ないが、名乗らせてもらおう。私の名はメリアス。これからお前の主となるものだ」
「仰せのままに。メリアスお嬢様。私のことはアリシアとお呼びください」
そんな私に少女が言います。
メリアスお嬢様ですね?
それにならって私が名乗ると、顔をほころばせると嬉しそうに「アリシア……か」と呟きました。
メリアスお嬢様はそこまで言うと、傷や元々の疲労があったのでしょう。それに加えて、先ほどの泣いたことによる疲労かどうかは分かりませんが、眠ってしまいました。
その寝顔は安心しきっており、とても幸せそうでした。
「よし!」
私はハンカチで涙を吹いてあげると、気持ちよさそうで幸せそうに眠っている少女、いえ、メリアスお嬢様を見て私は決心しました。
お嬢様を絶対に守ろうと!
…………たとえ敵が親友や世界であろうともね?
メリアスお嬢様を殺させないためには、メリアス様が魔王だと悟られなければいい。人波から、いえ、魔王を知る者から離れて暮らせば悟られることは無い筈です。
それならまず、私がやることは……!
メリアスお嬢様を師匠とミリアさんにばれないように亜空間内に創った私のもう一つの私室のベットに眠らせると、私は亜空間から出て、屋敷の方の私室に駆け込み、あるものを書きました。
自分で書いたものですが、それにはこう書かれていました。
『辞任届』と。
私の生活は人並みの生活ではありませんでしたが、ある程度は平和で幸せでした。
ですが、それも今日で終わり。
私は人を縛りつける『設定』というものが嫌いですが、私の一番の親友であり、『メインヒロイン』の『設定』であるリアスさんはおそらく、今回の旅で幸福を得られるはずです。
確かに悪の根源を倒しただけでは平和になることはないかもしれませんが、彼らなら大丈夫でしょう。彼女には『勇者』である彼が付いていますから。
だから、今度は私も自分の幸せを探そうと思います。
そう。『メイド』としての幸せを。新しい主人のもとでね。
その後、私はそのまま師匠(いえ、これからはエイギスさんですね)とミリアさんのところへ行き、辞任届を手渡しました。私のいきなりの行動に2人とも驚いてはいましたが、そんな私に2人は特に詮索もせず、何も言わずに送り出してくれました。
そんな2人に感謝しつつ、私は下げていた頭を上げ、私にできる一番の笑みを浮かべました。
私の親友であるリアスさんがいないのは残念ですが、私は3年間、いや両親が亡くなってからお世話になった2人に最後にしっかりと挨拶をしていきたいと思います。
それがこの屋敷のメイドとして、今の私にできる最後のお仕事です。
「師匠! いえ、エイギスさん! ミリアさん! 私を今まで雇っていただき、本当にありがとうございました! どうかお元気で!」
そんな私が手を振ると、微笑みながら手を振り返してくれる2人に若干の罪悪感を感じながらも、私は歩き出します。
まったく。本当に現実はままならないものですね。
それでも私は歩き続けます。これからの生活と私の選択、これからの人生について考えながら。
7 新生活な『設定』と私の『現実』!
メリクスから少し離れた森の中。魔物が群れていることで誰も近づかず、闇だけが覆う森。
…………もうその魔物たちも居ませんが。
そこに私こと、アリシア・ルトライトはいます。
とりあえずこれからのことを考えるために、亜空間の私室にいるはずのメリアスお嬢様と話し合いでもしようかなと考えています。
ここでならお嬢様の姿を見られることも亜空間の中を見られることもあまり無い筈ですからね。
私は亜空間の入り口を開くと中に入ります。
すると、目を覚ましていたメリアスお嬢様が辺りを困惑したように見渡していました。
そうですよね。いきなり知らない場所で寝かせられていたら誰でも驚きますよね。
私の配慮が至りませんでしたね。猛省しなくては。
「アリシア! ここは何処かの?」
そんな葛藤をしている私に気付いたのか、メリアスお嬢様が嬉しそうに、そして同時に困ったように話しかけてきました。
とりあえず、しばらくは亜空間が拠点となるはずです。それならばお嬢様にも説明しとくべきですよね?
「ここは私の創り出した亜空間の中です」
「亜空間じゃと!?」
メリアスお嬢様が目を丸くして驚いています。どうしたんですかね?
「亜空間を作り出すなぞ人間のなせる業でないぞ!? アリシア、お前はあの時もそうじゃが、本当にただのメイドなのかの!?」
お嬢様の叫び声に私は首を傾げます。
――――確かに私は人間ですが、人間では無いと言いますか。
それと、あの時? 何時のことですかね?
「…………覚えてないのかの?」
「はい」
嘘をついても仕方がないので正直に答えます。というよりお嬢様と私は昨晩が初対面ですよね?
「あれじゃ。私が『勇者』を見張らせていた使い魔を倒したときじゃ」
「ああ! 確かにそんなこともありましたね」
お嬢様の言葉にその時のことを思い出しました。
――――ああ、あの時の一つ目トカゲを倒したときですね? 自分でも少しグロテスクに殺り過ぎたと感じた時の。
「その使い魔が倒されたときにおぬしに興味が湧いての。もしも私が負けた時、あの町に最も近いあの場所に転移できるように強制転移魔方陣を仕掛けたのじゃ」
「そうなんですか?」
「そうじゃ! それに…………ちょこちょこ様子を……(ぼそぼそ)」
思わず聞き返すと、笑顔でそう返されました。その後顔を赤くしてにぼそぼそ何か言っていましたが、よく聞こえませんでした。
「それに……何ですか?」
「そ、それはっ! その……あれじゃ! おぬしは他の人間や亜人と違って迷惑をかけたものしか殺さなかったであろう?」
慌てて取り繕おうとするお嬢様に思わず笑みがこぼれます。
確かにそうですね。迷惑をかけていないものを殺すのは気が引けますから。
かけていたらどうするのかって? もちろんかけていたら普通に殺しますけどね?
「だからおぬしのことは信頼しておる。だから……」
お嬢様はそこで言葉を区切ると、満面の笑みを浮かべました。
「これからお願いするのじゃ。アリシア」
「もちろんです」
そんなお嬢様に、私はそういって頭を下げると、聞いておかなければならなかったことを聞きます。
「メリアスお嬢様。これからどうなされますか?」
「そうじゃのう」
そう言って人差し指を顎に当て、考えるお嬢様。本当にこうして見ると、ただの年相応の女の子ですね。
「とりあえず城に戻るのはどうかの?」
「もう『勇者』に壊されてるんじゃないですか?」
あの『勇者』、というかエンシスさんは無駄に正義感が強そうでしたからね。誰かに、特にリアスさんに言われたりすればやりかねません。逆も然りです。
確か前に読んだ新聞で、エンシスさんの持つ聖剣にリアスさんの魔術を乗せて、魔族の貴族の屋敷をその敷地ごと吹き飛ばしたそうです。しかも愛の力だと叫んでいたそうです。
あれ? あなたたち本当に『勇者』と『メインヒロイン』なんですか?
確かに言っていることは正義の味方みたいだけどさ?
なんかもう悪役にしか見えないよ? さらに自覚が無いみたいなので、そんじょそこいらの魔物より性質が悪くないのかな? とは思いますけど。
あと、まったく関係のない話ですが、同じくそれに掲載されていた写真を見たら、私が見た時は仲の悪そうだった『騎士団長』のディオスさんと『神官』のレイさんがキスしている写真だとか、後々仲間に加わったと書かれていた竜人で『槍使い』のソイル・ラピスさんとエルフで『賢者』のメルティ・キルシュさんが仲睦ましそうに手を組ませている写真が載っていました。
とりあえず言わせてもらいますね?
何やってるんですかあの色ボケ集団は!?
そしてこの写真をこの記事に載せたのは誰ですか!? こんな情報、誰も要らないでしょう!?
「じゃあどうするのじゃ?」
おっと、私としたことが意識が飛んでいました。心の中だけでも謝っておきましょう。すみませんでしたお嬢様。
「とりあえず、亜空間を拠点にして、お金を稼ぎましょう。私たちにはお金が無いので」
「…………マジかの?」
「どこでそんな言葉を覚えたのか分かりませんが、マジです。」
お嬢様のその可憐な姿からは似ても似つかない言葉が出てきたので、私は思わず顔を歪めてしまいました。
そんな言葉、ほんとにどこで覚えたんでしょう。
あれ? そういえば旅立つ前のリアスさんが言っていたような気が…?
「『勇者』とラブラブだった女が言っておったのじゃ」
やっぱりですか! リアスさん今度会ったら覚悟してくださいね!
今の私の立場上、会う予定は無いですけど!
それよりも魔王の前でいちゃいちゃしていたんですか? あのバカップルは?
世界の命運を懸けた戦いのときに何してるの!?
どうやら他の人たちも色ボケ集団みたいですしね。そして、そんな色ボケした人たちに負けたお嬢様には本当に同情します。
まぁ、それは今は置いといて、そうです。今の私たちにはお金が無いんです。
確かにメリクシアス家で『メイド』をしていた時に給料は貰っていました。ですが遠慮してしまっていたので子供のお小遣い並みしかもらっていませんでした。
だって『設定』が『メイド』しか書かれていないのにこんなことになるなんて予想できるはずがないじゃないですか!
「もちろん私も働きますが、お嬢様にも『勇者』に見つからないようにアルバイトをしてもらいます。さすがに『魔王』は名乗れませんからね。お嬢様はどういったようなところで働きたいですか?」
「さすがに『魔王』は名乗らぬが。ところでアリシア。確かおぬしはあの『勇者』の女と親友なのじゃろう?アリシアからあいつに頼んで襲わないようにしてもらえば……」
「それは無理ですね」
「即答かの!?」
驚愕といった表情を浮かべるお嬢様に私は即答します。当たり前じゃないですか。
「無理に決まってるじゃないですか。私は小さいころからずっと彼女を見てきましたが、私のような凡人に手を差し伸べるような無駄に強い正義感を持つ人が『魔王』であるお嬢様を黙って放置するわけありませんから」
「そこまで言うかの!?」
ええ、言いますよ。さらに、正義感の強いエンシスさんと出会ったことでさらに無駄な正義感が増しているはずです。あの人は良くも悪くも染まりやすいですから。
「そういうお嬢様こそ魔物を頼れないんですか?まだこの世界にはかなりの量の魔物がいますけど」
私がそう聞くと、お嬢様は空を見上げ(とはいっても亜空間の中、しかも室内ですから、空は見えませんが)、ポツリポツリと語りだしました。
「あいつらはただ、恐怖といったものを除いた本能だけで生きていての? 私の言うことを聞いてはくれんのじゃ。しかも、最初は父様、初代魔王様が魔大陸の『警護』のためだけに創ったのじゃが、勝手に魔大陸周辺の国を攻めだしての? それを見ていた魔族たちが、私達が侵略作戦を開始したと勘違いをして、こんなことに。――――しかもすぐに父様は病死してしまったし」
哀愁たっぷりにそう語るお嬢様。
――――――何と言いますか、知ってはいけないことを知ってしまいました。
というか原因はあなたのお父様だったんですか!? そして初代魔王様の死因は病死だったんですか!? そして、魔物はお嬢様の言うことを聞いてくれないんですか!?
あれ? じゃああの時、私に懐いていた魔物は一体……?
まぁ、親友と魔物に対するそんな考察はともかく――――――
「お嬢様。失礼ですが、何か得意なことはございませんか? そう言ったものは今のこの世の中で働くうえで、最も重要なことですから」
――――――今はお嬢様のことです。何かできてくれると嬉しんですがね? 私が教える手間も時間も省けますし。
「私か? 魔法は得意だぞ!」
お嬢様。その屈託のない笑顔が眩しいです。
「えっとそう言ったものではなくてですね? 料理だとか裁縫だとか……その、生活に関わることです」
「そうなのかの…………?」
お嬢様の落ち込む姿も可憐ですが、とても痛々しいです。私が悪いわけではないというのに凄い罪悪感を感じます。
「そうじゃ! 料理! 料理なら出来るのじゃ!」
「え? 本当ですか!?」
私はお嬢様の発言に驚きました。
魔王が料理とは。
確かにそのような技術は求めてはいましたが、あまり想像が出来ません。
そう言ったものは普通は部下が作るのでは?
「城にいた私の部下は、戦うことと戦略を立てることしか出来ないのじゃ。だから料理は私と、意思疎通ができる魔物の仕事だったのじゃ」
ということは、お嬢様が魔王城の生命線を担っていたんですか!? それもなにかおかしいでしょう!
…………ゴホン! それは置いておいて、となるとやはり飲食店ですかね? 私もメイドですから、そう言ったことは得意ですし。
「では、働く場所は飲食店でかまいませんか?」
「うむ! しかし、どうせならいつか店を作るのじゃ!」
「お店ですか?」
「うむ! 私が料理を作り、アリシアが運ぶ。どうじゃ?」
「分かりました。ではそれを最終目的にしましょう」
「うむ! では頑張るのじゃ!」
私はそう返事をしたお嬢様に笑いかけると、決心しました。
「お嬢様」
「ど、どうしたのじゃ? アリシア。急に畏まって」
私が急に纏う空気を換えたのに驚いたお嬢様は慌てていました。私はそんなお嬢様に再び微笑むと、膝をつきました。
「私は年を取れないので寿命では死ぬことはできません。ですから、」
私はいったん言葉を区切ると、こう続けました。
「一生お供しますよ。何があろうとも、私はあなたの味方です」
そう。何があろうとも。
「う、うむ! 約束じゃ! それと、実は店の名前はもう決めてあるのじゃ!」
そう返事を返してくれたお嬢様が言いました。まだ、探すアルバイトの種類が決まっただけなのに。そんなに嬉しかったんですかね?
「失礼ですがお嬢様。まだ、アルバイトさえ見つかってませんよ? 少し気が早いのでは?」
「じゃがそう言ったものがあれば意欲が湧くじゃろう?」
――――私はお嬢様の言葉に感銘を受けました。
それもそうですね。目的意欲もないのに働ける人なんていませんからね?
「では、その名は?」
「フフフ……! その名も!」
謎の笑い声をあげながらかぶりを振るお嬢様。何と言いますか、ノリノリですね?
「『癒しの楽園』じゃ!」
こうして『メイド』の『設定』を持つ私と、『魔王』の『設定』を持つお嬢様との『現実』が始まるのでした。
それにしても、本当に現実はままならないものですね?
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
感想などがあればよろしくお願いします。その結果によっては連載も考えていますので、辛口な感想などをお願いします。
あと、できれば同作者の「心と友に(仮)」も呼んでいただけると、まことに恐縮です。