♯03
「こないだ日傘買おうとしたんだけどさー、変なデザインのしか売ってなくてー」
意味のない会話が長く続けられるのは、頷きと微笑みがあるからだ。
「この間のアレはキモかった。一生来んなって」
どうでもいい話が打ち切られないのは、その頷きと微笑みに話し手が安心するからだ。
「全然テスト勉してないー。もー超ヤバいかも」
一様に頷いて、一様に返して、一様に次を促す。適当に意見を言う。
結局は同意しか望まない意見を求められて、冗長な話を膨らませる。
「なんかさ、こういう時 もうひとりの自分が居たらいいなとか思うんだよねー」
「出たー乙女チック発言。そんなコト言ってっとオトコにヒかれるよ?」
「違うって! ほら都市伝説でもよくあるじゃん」
この頃の私は、本当にどうかしている。
怯えているのだ。漠然としか浮かばなかった考えが、判然とし始めたから。
恐れていたはずが、今はあるひとつの答えを求めている。
――もし、ここであれを口にしてしまえば、どうなるのか。
既に知っている。きっと周りの調和は瓦解するだろう。空気が白々しいものに変わってしまうだろう。
無意味で、無味乾燥で、無駄な時間だと知らしめてしまうのだ。
「なんていうんだっけあれ、『ドッペル……、」
それなのに私は、いつまで自分を抑えていることが出来るのか、不安になって仕方ない。
唆されたあの日、「彼」は、興味深いものを捕らえるのは理に適うと囁いた。
私たちが言うところの此れが『意志』だと。あるいは深淵へ回帰させようとする『意思』なのだと。
ふと考えてしまう。
彼の意志は、私を破滅へ導く為だけに生まれたものだろうか。
あるいは、私がそう望んだから出てきた意思なのだろうか。
――結局、これは誰の身体で誰の思考なのだろうか。
「そういえばさ、最近ここら辺で行方不明者が多くなってるのって知ってる?」
せいぜい足掻いて見せろ、理性が何処まで保つのか、と嗤い声は谺する。
そうして彼は私を抉り、どこまでも貫き、非情な言葉を浴びせ続ける。
「行方不明になった日と、見つかった死体との時間がかみ合わない事件が多いんだって」
「それ聞いた! その日は一緒に仕事してました、とかコワい証言あるやつでしょ」
「え、じゃあ 死んでるのに自分がもう一人居たってこと?」
「そうそう、かわりにテスト受けてくれてたりしてね」
「あはは それいい!」
笑うたび、しずかに、神経が削られていく。
しずかに。
しずかに。
「だからさぁ、ひょっとしたらもう まわりの誰かもドッペルゲンガーってヤツに、……」
どこかで、線が切れていく。
ぷつりと。
途切れて。
笑えなくなる、気がしていく。
「――ねぇ、そういえばその首筋の傷はどうしたの?」
世界よ、これ以上私を失望させないで。