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♯10

「だからみんなで行ってみない、公演」

「やっぱ真喜志マキシ先輩拝まないと。左垣サガキセンセが顧問だし、いろんな意味でレベル高いって」

 たわいもない会話が続く。

 テストも終わってすっかり元の席順に戻ったクラス内は、一時間目が終わった休み時間もとろとろしていた。

 次の時間の教師が遅めに来ることを知っているので、大抵たいていが席を移動して仲間内で喋っている。

 話題に上ったのは、演劇部の定期公演に関することだった。回ってきた両面チラシを見ながら、皆は待ち合わせはどこでだとか、お金は掛かるのだとか、せせこましく話している。

 私はもう 怯えない。

 調和を瓦解がかいする答えも、探していない。

 どうでもいい話に一様にうなずき、一様に返して、次を促し意見を言う。

 同意しか望まれない意見を求められても、適当にあしらい冗長じょうちょうな話をふくらませる。

 穏やかで代わりえのしない世界をそのまま見続けているのだ。

「……ね、そういや演劇部といえば 九茂さん、入院だって?」

 座り主の居ない席を見やってから、次第にその話題に移り変わった。

「あのウワサ本当なのかなー。 通り魔にやられたとかって……」



 ディグノシス ♯10  名乗る価値が生まれるのは、己を否定しても居られるわけは 



 あの木々が騒ぐ夜のことを覚えている。

 無我夢中で「彼」の元へ駆け寄った あの時のことを覚えている。

 彼を連れ戻しに来た白衣の男。煙草たばこをふかす「月」。男のかたわらに浮く「彼女」――

 それらを前にして震えるだけの私を救ってくれたのは、名も知らぬ少年と少女だった。

 すべてが終わった後、詳しくは語れないけれど、と前置きした上で 少女は云った。

「あなたに会って欲しい人がいる。理由はどうあれ、わたしたちが間違って『って』しまった子よ。 

 口にしていたのは望みの対象――あなたのことなの」。

 りんと気高い少女だった。同じくらいに見えたけれど、もしかしたら私より年上だったのかもしれない。

 ――あなたたちは……『なに』。

 私の問いに、少年は困った顔をした。分別ある大人が諭す目をしていた。

 ゆったりと構えているが、飄々《ひょうひょう》としていてつかみ所がない――人は柳のようだと形容するのだろう。

「おれも知りたいよ。なんでこんなチカラがあるのか、自分が何なのか」

 瞳にかげりが映ったと思ったのは一瞬だった。

 此方がどきりとしてしまうような はじけた笑みをして、少年は腰をついている私に手を差し伸べた。

「でも、君のあの一言で目がめた。 ……ありがとう」

 何処かでこんなぱっと弾ける笑顔を見たことがあった。よく知った顔。周りとの調和を第一に考える者。

 相手に必ず逃げ道を作り、深追いもせず素通りする。

 私はこのひとに似た誰かを、知っているはずだった。



シュウちゃん、これこれ〜! お弁当忘れてったでしょー?」

 その時 特徴のある可愛らしい声が耳に入って、私は回想から戻るべく顔を上げた。

 開いたドアから弁当箱を振りかざし、クラスの注目もものともせず声を張り上げている女子生徒が目に映る。

 ギンガムチェックのクロスで包まれたお弁当は、さながらその子が作ったかに見えた。

 実際は 恐らく近所のよしみで、忘れてきた弁当を届けにきたというところだろう。

 受け取って戻ってきたセキ君を見て、周辺にたむろっていた数名のうち ある男子生徒が小突いていた。

「シュウタちゃ〜ん、愛妻弁当 奥さんに届けさせるんですか〜?」

「要らないって言ってんのに母親が作るんだよ。食費ぐらいオレでも出せるのに」

「………負けた……」

 自分から からかっておいて、自分でショックを受けて凹んでいた。

「おーおー、もうすっかり公認だなあ 関っちとその幼なじみちゃん」

 離れた場所で見ていた 此方の集まりの一人が感想を述べる。

市原イチハラも面白いよねー。あんたもテスト中飽きなかったでしょ、イジれて」

 話題を振られて、とりあえず笑っておいた。

 物言わぬ前列の机をちらりと見た。――演劇部公演が間近になった矢先、あの演劇部員は入院していた。

 一年前の春、その子と交わしたやりとりがある。

 部活の用具を取りに体育館に出向いた時、裏方の準備をしていた子と偶然会い、話をしたのだ。

 どんな話をしたか覚えていない。学校に入りたてで、よくも解らないで喋っていたのだから。

 ただ相手の頬が少し汚れていたのを見かねて、指でなぞったのは記憶にある。

 相手は戸惑っていた。けれど、その純朴な顔が、花咲いたように笑ってくれた。

 だから、「私の為」という名目で数々の行為に及んだとは……まだ理解しきれていないけれど。

「で、どうする嘉穂カホ? あんたも行く?」

 思いを巡らせていると、集まりの一人が 無邪気に定期公演の鑑賞参加の意志を聞いてきた。

 首を横に振りながら、私は用があるからとやんわり断る。

 放課後、練習を終えたら、私はあの先輩を探して話を持ちかけよう。

 嗣永シナガ先輩もお兄さんのお見舞いに行って欲しい。そうしたら、私も一人で行ける気がする。

 あの子の取った行動はどうあれ、私を思ってくれていた子の所に、見舞いに行ける。

 私は「彼」の残した軌跡きせきを、知らなければ不可いけなかった。


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