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♯unknown

 僕が最初に意志を持った時、声に感化し気付いたのは「あれ」だった。

 変哲もない「あし」に興味を抱いた。傍らに潜み、内面に入ってはそそのかした。

 僕をくびろうとするあれの手には、いつでも混迷と躊躇ちゅうちょがあった。

 過小評価し周りと同化できずにいきどおる自分、あるいは過大評価し周りを排他はいたしようと企む自分、

 醜悪な内面を隠蔽いんぺいし、き存在で在ると周囲にあざむく自分、演じる自分、

 外見から判断させることで優越感にひたる自分、内面うちあばかれることを期待している自分、

 世界に対する憤りは己に対する失望であり、感情は複雑に絡み合っていた。

 だから僕はあれの首に瑕疵かしを与えた。いつもとげを刺した。雁字搦がんじらめになっている感情の鎖を、無理やりにでも外していった。

 動かない肢体したいを腐るほど抱いた。下卑げひた歓喜の声など要らなかった。

 えぐって傷を見せ付ける度、抵抗していた体は力を失くした。

 誤魔化された本質に依存しては裏切られ、絶望に打ちひしがれ、結局は僕にすがる過程を視ていた。

 壊して、たのしもうと思っていた。ただそれだけだった。


 

   ディグノシス  ♯unknown



「名乗る価値なんてない……最初から、誰も……」

 生温かい鉄の臭いが流れている。

「相手が居るから…自分で価値を否定しても、此処に居られる……」

 震えながらも、細いながらも、僕をしっかりとかき抱く腕がある。

 結局は僕に縋る脆弱な肢体の筈だ。殻を張り中心に触れさせまいとするのに、些細ささいなきっかけを与えればぐに内側から溶解し、崩壊し、自ら細胞を死滅させる有機体の筈だ。

 それなのに、何故此れは、僕を庇おうとする?

 朦朧もうろうとする意識の中、僕はののしった。解しては不可いけないと突き放したはずが、何故此処まで来たのか。

「だからお願い、彼を連れていかないで……これ以上、私を裏切る存在を作らないで……!」

「ごめんね。無理だよ、それは。」

 流れてくる第三者の声は酷く懐かしかった。

 ――ボクたちはふたつでひとつ。だから、いつもこうしてなきゃだめなんだ――

 まぶたの裏に浮かべる過去の幻影と同じく、飽くまでも優しくて少年のような喋り口調だった。

「何処にかえるべきかは、彼がちゃんと知っている。だってボクらは、ずっと一緒だったのだから。」

 還る場所とは何処だろう。僕を今かき抱いている此れの傍らの元だろうか。

 それとも、僕が意志を持たざる前、け合っていた身に戻ることだろうか。

「キミは誰かにゆるされることを望んでいた。言うなれば断獄だんごくされることを望んでいた。

 だけど今キミは、彼のコトもそそいでくれる誰かを求めている。

 ……だってそうだよね? 彼が今まで何をしてきたか、キミは知っていたはずだよね?」

 僕は理解している。そう、この声は、融合の中で、常に貪欲どんよくに僕を求めていた片割れ。

 温かく受け入れつつも、意志を押さえつけ、主導を握っていた僕の半身。

 知能と感情、理性と本能、それぞれが分け与えられ、僕は前者の役割である代わりに、後者を持たなかった。

 些細ささいなことから僕の生まれる筈のない意志は具現ぐげんした。昇華したと同時に、欲求が芽生えた。

 意志を持った僕がそれまでの記憶と知性を使い、初めて会話をしたのが、此の「葦」だった。

「『お前は他の仔の所へ帰るがいい』。在りし日のボクらはそう言ったんだ。」

 此れもまた帰るといい。誰しもがもう一人の自分を演じているように、気付かない振りをしたまま、他の個体の待つ日常へ戻るといい。

「そして次の一言で、ボクらはキミの内奥ないおうから消える。」

 出会ったことなど消えてしまえばいい。すべて。すべて。……此れが、僕を解しようとする前に。

「――あなたたちは彼のノゾミを知ってるの」

 だが、其れはきっぱりと言い放った。ただの葦に過ぎない人間が、僕の片割れを前に言い分をねた。

「私が呼ぶから。他の誰も呼ばなくていい、私が彼の名を呼ぶから」

 僕をずっと放さない細い腕、押し付けられている感触。

 冷たくて、かたくて、厭うべきもの。

 暖かくて、柔らかくて、いとおしいもの。

 どちらも偽りであり、真実であり、対にあり表裏一体となっているもの。

「彼が自分の意志で決めた名前を、ずっと呼び続けるから」

 此れに呼び覚まされし使者の名は。

 有機体の愉悦ゆえつ嗚咽おえつを知り得て、傍らに潜み、離れずに居た己の名は。


「―――――『未解明の価値(アンノウン)』……!」


 ……ああ そうか、解った。

 僕は意志の意味を知らなかったのだ。

 片割れに過ぎなかった僕が、意志を得て知ろうとしていたことはすべて――傍観だった。

 葦を解するというのは名ばかりで、実際は眺めて分析ぶんせきしていただけだった。

 導き出した己の意志を、意思表示して伝えることで、其れは初めて「希」と為り得るというのに。

 口を開いて伝えればいい。

 そうすれば、此れはその気丈な振りを止めて大人しくなるだろう。

 片割れの吐く科白を聞いて、すべて忘れてゆくだろう。

 だから、僕は目を開き、再び融合され薄れ行く意識の中で、意志を、希を、伝えなければならない。

 

 ――僕は。


 『君』と、また、会いたい。



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