♯Numberless “汝、還らん滅する事無く”
今日の俺は本当にツイていた。
日付が変わる時間帯――仲間と別れて、喧騒から外れた小道に差し掛かった時だ。
制服姿のガキが目の前を歩いていた。
何度も見かけたことのある制服だった。お嬢校っぽい千鳥格子のプリーツスカートでさぁ、公立だから皆短くするだろ?なかなかオイしいと思うんだよね~、などと制服マニアの知人が評していた学校だ。一丁前に着こなしてはいたが、目の前のガキはどうみても中坊にしか見えないナリだった。
足取りは覚束なかった。ガキが酒でも呑んだか、疲れているのか。
……その弱そうな体つきに勝機を覚えた。俺は今丁度、仲間内で撮ったデジカメを持っている。
生徒手帳でも取り上げて脅せば、あんなガキ何も出来ないだろう。制服マニアはもとより、ロリ系マニアにも高く売れるかも知れない。いい金ヅルになること間違い無しだ。
――思案から俺の行動は早かった。
気配を殺して、後ろから羽交い絞めにした。サバイバルナイフを取り出して見せつけ、思い切り低い声で脅した。
適当な公園を見つけて、暗がりに投げ飛ばした。
手で口を押さえつけながら、制服のシャツをボタンごと引き裂いて 剥ぎ取った。発展途上の僅かな膨らみが露になる。ガキのナリでも、ツンと上を向いていた頂は女そのもので、官能的に映った。見た途端、ガキに興味なかったはずの俺にもムクムクと欲求が膨らんだ。真っ白い靴を見ると踏み躙りたくなるのと同じだ。髪を引っ掴んで固定し、顔を寄せた。強引に口を押し広げ、ありったけの唾を注ぎ込む。逃げ惑う舌を口内で追いかけ、ザラザラした部分を執拗に刺激し、息が出来なくなって苦しくなったところですべて飲み込ませた。
口を離すと、飲み込めない唾液が ガキの唇から一筋、糸のように細く垂れた。
「……ちがう」
虚ろな瞳で、ガキは呟いた。
生気のない声だったので 俺は一瞬まごついた。
「周ちゃんは、もっと酷かった」
荒々しく衣服を剥かれ、スカートを捲られて素肌を闇夜に晒しても、ガキは俺に焦点を合わせなかった。
「心の中で泣きながら、それでもかこの複製を貪ってた。
詰って、弄って、甚振って、躙りながら貪欲に喰らって……」
意味が解らないことを虚空に話しかける。……独白か。死ぬ間際の独り言か。
気力を失った兎に見えた。まな板の上の鯉ではなく鮪、もしくは関節がばらばらになった人形だ。
いつか見た映画の1シーンを唐突に思い出した。母親からの愛情に縋る機械の子供。倒れてもぶっ壊そうとしても、瞳孔の開いた目でママ、ママと口元を動かす刷り込みの人工知能。
……どうして、今そんなモノを連想してしまったのかは解らない。けれど、脳裏に移った途端、俺が次に感じたのは得体の知れない何かだった。
「だけどそのとき、かこは周ちゃんを陵辱してた。
弄られているのはかこの複製だったけど――心を侵しているのは かこの方だった」
淡々と喋るガキをどうにかして黙らせたかった。俺は膝をつき ベルトをガチャガチャ弄る。痛い目に遭わせてやれば大人しくなる筈だ。力任せに下着を擦り下ろした。
「周ちゃんを自由にしてあげたかっただけなの。
だって、かこは周ちゃんのいちばんの幼なじみで居たかったから。
……かこは周ちゃんの望む存在にはなれなかったから。
周ちゃんが かこなんかにとらわれてほしくなくて、だけど 何かお礼がしたくて、
だから 複製を周ちゃんにあげたの」
黙れ! 咄嗟に拳で頬を殴りつける。望む存在だの複製だの オカシなこと言ってんじゃねぇよ!
「でも 周ちゃんはどこにもいない。
『彼』がすべてを消したから。周ちゃんが自分で『彼』に頼んだから。
喚いて、自暴自棄になって、自分をまわりから断ったから」
――「彼」。
その単語を聞いた途端、強烈な印象が頭の中に迸った。俺の体内で、ザワザワ騒ぐ感覚があった。非現実の世界で、それだけが急速に色を持った現実のようだ。誰しもが畏怖する存在、欲望ともいえず人を変えさせる望みともいえず、奥底に潜んでもう一人格と成りえてしまう、飽くなき希求の塊。
自らの闇に潜み、いつでも自分を凌駕し覆い尽くしてしまう、その名は――誰もが知っていて誰もが解せないまま消えていく。
「周ちゃん……ごめんね。痛くさせて、ごめんね。 かこ、謝っても許してもらえないね」
ガキが目を閉じる。瞼から、するりと涙が零れ落ちた。
「こういう時、澄くんだったら何をするかしら」
背後から人の気配を感じて、俺は鶏のように振り返った。半月の月明かりの下で、女が俺らを見下ろしていた。長い巻き毛が初夏の夜の風に靡く。ブラックジーンズに細身のロングTシャツ。胸元に光っていたのは……男物のシルバーアクセサリー。猫の如き吊り目に見下ろされ、俺は暫し固まった。
「裁く? 放る? ……いいえ、滅するわね。こんな現場を見せ付けられたら」
女は抑揚の無い喋りでひとりごちる。
……滅する?
意味が解らない俺に、女は右手を宙に掲げる。
「『鍵』を掛けるわ。それが一番良いでしょう」
そうやって女がどこからか出した物は、鍵でもなんでもない、ただの――
細長く尖った剣、そのものだった。
ざ く り
目の前の光景を見てしまった後で、俺の頭に武器名が浮かぶ。
見た目よりも重いその串刺しの剣を、女は躊躇することなくガキに突き刺したのだ。目の前でガキが、びくんと跳ねて其の場に沈む。生気が消えた。なんだ? どうなってんだ、頭の回転が追いつかない俺は、瞳孔を目一杯開いて相手を見上げる。
――やられる。次は俺だ。俺だ。
耳が劈くような恐怖の絶叫は、誰から洩れたものなのか。
瞳孔には、何を捉えていたのか。
「その恐怖を頭に叩き込みなさい。トラウマになろうが知ったことじゃないわ。 ……消えて」