♯01
「お前は其の事は知ってたのじゃないのか?
私はお前達の一部なんだよ。お前達のずっと奥に居るんだよ?
如何して何もかも駄目になったのか、其れは皆 私の所為なんだよ」
笑い声が、また、震える様に反響した。
「さあ」と、蠅の王は云った。
「お前は他の仔の所へ帰るがいい。そして、私等は何もかも忘れようじゃないか」
ウィリアム・ゴールディング 『蠅の王』
ディグノシス ♯01
彼は抉るのが好きだ。人の身体でも、精神でも傷跡でも。
執拗に突付いてくる。初めて会ったときからそうだった。お決まりの嘲った笑みで、此方を咎める。
それらを聞き終わるまで、彼は解放してくれない。
空が微かに明るくなるまで、此方は彼を見下ろすだけだ。
「爛れてるんだ、あんた。だからここまでひりついて離れない。」
……私は「彼」の首を縊りたくなる衝動に駆られる。
両手で首筋をたどり、序所に窪みに力を込め押していく。
彼は何も言わない。噎せる声ひとつ上げず、痛がる様子もない。
くたりと折れてしまうのではないか。そう不安に思って、私はいつも手を離す。
「壊したいんだろう。何もかも崩れてしまえばいいと思ってるんだろう。」
どうして其処で力を入れないのかと、彼は笑う。
代わりに私は爪を立てる。組み敷いた彼を見下ろし、うっすらと傷を付ける。
壊したい? 私は本当にそう思っている?
違う。私は、そんな暴力的な考えなど、持っていない。
「違わない。」
彼は鋭く言い放つ。睦言には程遠い、侮蔑を含んだ物言いで。
大人しく聞くだけしかない此方をいい事に、考え付くあらゆる非難の言葉を口にする。
「その膿は決してなくならない。あんたはずっと、孕ませて生きて行く。僕と一緒に。」
それは、聴く者の肌を泡立たせる、断頭台の宣告。
愉悦に塗れて刑を言い渡す、狂った判決者の言葉。
痛くて抜けない。体内にも融けずにずっと残った、刺さったままの細長い棘のよう。
朝が来る。
残骸に怯え、嘲り笑われるだけの夜が終わる。
――そして私はまた、「私」を演じる一日を始めるのだ。
◆市原一家シリーズについて◆
この作品は沙堂 瑠々亞が「シリアスとコメディは繋げられるか」をコンセプトにした四連作のひとつです。
それぞれで話は完結しますが、最終的な核の謎は四作を通して解るものにしようと思っています。
ちなみに各作品のカテゴリ、主人公は以下の通り。
・でびるにお願いっ!
主人公は市原家長男・重。
お気楽コメディーと見せかけて実は結構ごちゃ混ぜな作品。
・アンノウン・ミス・パーカー
主人公は市原家次男・澄。
シリアスダークな現代異能ファンタジー。
残酷描写と成人指定描写があるのでR18カテゴリで近日up予定。
・近距離恋愛。
主人公は市原家末っ子・志珠。
ほんわか時々シリアスラブストーリー。近日up予定。
・ディグノシス
登場人物曖昧、断片的に語られるナンセンス話。完結。