↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/1

数字に取り憑かれた男(1)

僕には子供のころからの友人がいる。名前はMとしておく。小学校の頃は一緒に虫を捕まえ、女の子をからかっては怒られ、夏休みは毎日顔を合わせていた。Mは大雑把でサッパリした性格で、話していても疲れない。考えすぎる僕と、適当で豪快なM。妙に相性が良かった。


やがて二人とも社会人になった。

僕は真面目な性格だから手堅い事務職に就いた。自由業なんて考えもしなかった。


一方のMは相変わらず奔放だった。ある時は「テレビ局の裏方やってるんだけど、芸能人にめっちゃ会えるぞ!」と目を輝かせ、ある時は「YouTuberになろうと思って機材揃えたんだけど、何のチャンネルが儲かると思う?」と相談してきた。僕にはその生き方が眩しくもあり、羨ましくもあった。


飲みの席でMの近況を聞くのが、最近の楽しみになっていた。


しかし何時の頃からか、MはYouTubeに異常なまでに執着し始めた。


最初は軽い気持ちで動画を作っていたと思う。

「俺、アイディア出しがすげぇ好きでさ、動画業向いてると思うんだよな!」電話で話した時の楽しそうな声、自信家のMらしい言葉だった。


しかし、Mの動画の再生数は伸びなかったらしく、様子は変わっていった。「俺のやり方は絶対正しいのに、数字が全然伸びねえんだよ!」とぼやき、苛立っていた。無理をして明け方までパソコンに向かっているとも聞いた。


「あまり、無理はするなよ」僕は電話でMにそう伝えておいた。

Mは気まぐれに職を変えるような奴だし、またどうせ、飽きて別のことを始めるに決まっている。


しかし、おかしいと気が付いたのは一緒に飲んでいた時だ。Mはいつものように無神経なジョークを飛ばしたりゲラゲラ笑ったりしなかった。憂鬱そうな表情でずっと俯いているので、僕は「体調でも悪いのか?元気がないじゃないか?」と彼に尋ねた。


Mがハッとして僕の顔を見た。その目。不安げに揺らいだように見えた。すぐに彼は目をそらし、「最近、体が重い感じがする、夜も眠れないんだよ…」と小さな声でつぶやいた。

僕は「まだYouTubeやってるのか?無理しすぎなんじゃないか?」と苦笑しつつ尋ねた。「再生数が稼げないんだよな。毎日、部屋にこもって作業作業で疲れてるのかもしれん。」とMは顔をしかめながら言った。

居酒屋のメニューを眺めていたが、急にそれを伏せた。まるで見たくないかのように。


Mは急に立ち上がると、引き攣った笑顔で言った。 「すまん、今日はもう帰るわ」 テーブルに適当な金額を置いて、逃げるように店を出て行った。 僕は一人、取り残された。


Mの状態はこの日を境に徐々に悪化していった。


LINEを送ってもなかなか既読がつかず、返信が来ないようになった。理由を聞いたのだが「スマホの画面を見ることが憂鬱なんだ」とだけ返事が来た。


外出好きだったMが「外に出たくない」と言うようになった。理由と聞くと「外には見たくないものがある」と怯えたように繰り返した。


次に会ったのは夜になっても30度を超える猛暑の日だった。

彼と直に会いたかった僕は無理やりに約束を取り付けたのだ。


すると、彼が時間になってもあらわれない。Mは30分程度の遅刻はよくある奴だった。来るまで待つつもりだったが一時間を越えても彼は待ち合わせに現れない。連絡にも返事がない。


半分諦めかけた頃、ようやくMが待ち合わせ場所にやってきた。


真っ黒な長袖パーカーに、深く被ったフード。


うだるような熱気が残る夜に、その格好は明らかに異常だった。


「なんだよM、その恰好……暑くないのか?」僕は笑った。この暑いのに変な奴だなと思った。


Mはその言葉を聞いて僕をにらみつけた。「この格好のどこがおかしいんだ?」彼がムッとしているのが伝わってきた。

真夏の夜に長袖のパーカーなんて着て来たら誰だっておかしいと思うだろう。


もしかしたら、最近のMの様子と関係あるのかもしれない。「体調はどうなんだ?疲れてるのか?」と僕は聞いた。


彼は何も答えなかった。フードの陰に隠れて彼の表情はよく見えなかった。黒いパーカーのせいで暗闇に溶け込んでしまったように見えた。


その時、道路を車が通りすぎた。Mが車に反応してハッとし…後ずさりしたのが見えた。


「まただ……」


彼は呟いた。何もおかしなことはなかった。ただ車が通っただけだ。


Mはうめき声をあげた。そして、急に両目を手で覆ってしゃがみこんでしまった。僕は驚いて彼に駆け寄った。

Mの肩に手をかけるとパーカーがジットリと汗で湿っているのがわかった。


「数字が……」


Mは確かにそう言った。僕は聞き返した。

「数字?」


「やっぱり…俺は数字に呪われてる……」


Mが何を言っているのか僕にはわからなかった。


「お前は見なかったか?」

「何を?」

「さっきの車の……ナンバーだよ……」Mは絞り出すような声で僕に聞いた。

車のナンバー?またしても彼の言葉は意味不明だった。

「あまり車のナンバーを気にしたことはないから……ナンバーがどうかしたのか?」


次の瞬間、彼は勢い良く立ち上がった。僕は彼に跳ね飛ばされてしりもちをついた。

「どうしたんだよ!M!」

しりもちをついた痛みとMの言動で僕は混乱して、彼に対して叫んだ。


その時、下から彼を見上げる体勢になった。車のヘッドライトの灯りが彼の顔を一瞬照らし出した。


彼の表情がハッキリ見て取れた。彼は驚くほどやつれていた。見開かれた目だけがギラギラと光っているように見えた。


僕は茫然とその姿を見つめた。あれがMだって?


彼はそのまま闇の中へ走って消えてしまった。


僕は慌てて彼を追いかけたが、どこにもいない。連絡を取るために電話を掛けた。動悸が止まらなかった。体中が汗で濡れていて、頭からも汗が流れ落ちた。動揺で暑いのかどうかもわからない。焦る感情と汗でスマホが滑る。それでも僕は何度も電話をかけ続けた。


その日以降、彼とは連絡がとれなくなった。


彼の家に押しかけることも考えた。だが、あの夜の彼の異常な姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。Mともう一度会うことが僕は怖かった。


いつの間にか彼と最後に会った日からひと月経っていた。僕はダメもとで彼に連絡を入れた。


『どうしてる?この間、変だったから心配してる』


朝、送ったLINEを昼に確認すると驚いたことに既読がついていた。返信が来たのは夜遅い時間だった。


『とにかく寝れない。食べ物がないので何にも食べてない』


『体調悪くて買いに行けないのか?何か持っていこうか?』


『頼む、俺の家まで持ってきて欲しい』


そんなことを言うのは本当に珍しい。Mは人に頼るということをしない奴だ。親友がそんなに困っているなら助けてやりたい。

Mともう一度会うことに怯えていたのに、その時の僕はそう思ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。