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7:ギルド前での金級お披露目

 翌朝、組合に向かう道を、少しだけ遠回りした。


 昨日の報告が気になっていた、というのもある。

 第二層西側のあの亀裂が、ギルドや上の耳にどれくらい届いているのか――そんなことを、ぼんやりと確かめてみたかった。


 冒険者ギルド前の広場は、朝からいつも以上に人で膨れていた。


 石畳の中央に空いた円形のスペースを取り囲むように、野次馬が輪を作っている。

 荷車を止めて肩を伸ばしている商人、暇を持て余した下級探索者、飯屋の客引き、子どもまで混じって、妙な熱気が渦巻いていた。


「ははあ、今日は見せ物付きか」


 人垣の少し後ろに立って様子をうかがうと、聞き慣れた単語が耳に入った。


「さすが金級だな」「本物だぞ、本物」「今回、中層の奥抜けて深層行くらしいぜ」

「マジかよ。あの階層の先って、まだ地図まともに出回ってねえだろ」

「だから金級なんだろ。俺らとは別の世界だ」


 ひそひそ声ではあるが、興奮を隠しきれていない囁きがあちこちから飛び交っている。


 輪の中心には、ひときわ派手な一団がいた。


 ギルドの石段を背にして立っている男が一人。

 肩まで伸びた金色の髪を、これ見よがしに後ろで結んでいる。

 胸元の鎧は飾り金具がやたら多く、左腕には金色の腕輪――金級証のバンドが光っていた。


「よし、依頼書はこれで確定だな」


 ギルド職員と話していたその男が、くい、と書状をひったくるように奪い、ぱらぱらと乱暴に目を通した。


「中層十六階層からの連絡路探索、および深層側の足掛かり確保。……ふん、ようやくやる気になったか、ギルドも」


 口調は笑っているのに、目つきは一ミリも笑っていない。

 その背後には、同じパーティの連中が数人控えていた。


 斧を担いだ大男、杖を持った魔術師風の男、双剣を腰に下げた女。

 皆、装備は一流。

 鎧の隙間から覗く顔は、一様に自信に満ちている。


「おーいお前ら、聞いたか? 今日の仕事だ」


 リーダー格の男が振り返り、仲間たちに書状をひらひらと見せる。


「中層の奥抜けて、そのまま深層の口まで一直線だとよ。途中でビビって戻るなよ?」

「言うじゃねえか、隊長。ビビるのはあんたのほうじゃないのか?」


 斧持ちがにやにやしながら返す。

 魔術師は鼻で笑い、双剣の女は肩をすくめて見せた。


 軽口の調子は悪くない。

 見た目だけなら、「さすが金級」な貫禄だ。


 ただ、俺には別のものも見えた。


「おい、荷物。ちゃんと持ってんだろうな」


 リーダーが顎をしゃくった先――その少し後ろ。


 彼らの背中から半歩、いや一歩ほど下がった場所に、小柄な影が立っていた。


 大きな背嚢。

 その上に、さらに括り付けられた荷物の束。

 肩から腰にかけて、鞄と包みが幾重にも巻き付いている。


 荷物の塊に、細い足が二本生えている……と言ったほうが早いかもしれない。


 かろうじて見える首元から上には、褪せて赤とも茶ともつかない髪。

 ざっくり切り揃えられたその髪の隙間から、じっとこちらの様子をうかがうような目の気配だけが伝わってきた。


 目そのものは、よく見えない。

 荷物の影に隠れて、顔の半分は暗がりに沈んでいた。


「返事は?」


 リーダーが短く言うと、その影がびくりと肩を震わせた。


「は、はいっ。指定されていたポーションと予備の魔石、それから――」

「説明はいい。落とすなよ。落としたら、その場で置いてくからな」

「……はい」


 小さく絞り出すような声。

 喉を締め上げられたみたいに、硬い響きだった。


 ポーターか、とすぐに分かった。


 ギルド所属の荷運び。

 冒険者の荷物と、命の軽い部分を一手に預かる仕事。


 その肩のラインを見ただけで、どれだけの重さを無理やり背負わされているか、大体察しがつく。


「しかし、やっぱ違うよなあ」


 俺の隣で、野次馬の一人が感心したように呟いた。

 どうやら浅層専門の探索者らしい。腰には、傷だらけの安物の剣がぶら下がっている。


「何がです?」

「いや、金級ってだけで、あんなに人が集まるんだなって。俺らが依頼受けるときなんか、誰も見ちゃいねえのによ」

「お前の受ける依頼は、せいぜい第一層のネズミ退治だからな」


 隣の仲間が茶化すと、周りから笑いが起きた。


「中層の奥抜けて、深層か……。本当にあの先、帰ってこれるのかね」

「金級だから帰ってくるんだよ。俺らとは違うんだって」


 羨望と嫉妬と、ほんのわずかな不安が入り混じった視線が、金級パーティの背中に突き刺さっている。


 当の本人たちは、それを浴びることに慣れきっているようだった。

 リーダーは顎を上げたまま、人垣を見回し、にやりと口角を上げる。


「お前ら、せいぜい入口でちまちま稼いでろよ。こっちは国のために、ちょっとばかし命張ってくるからさ」


 大げさな物言いに、野次馬の中から「おおーっ」と歓声が上がる。

 手を叩く者もいる。

 酒場の客引きが、その瞬間を逃さず「今日は金級出立記念サービスだよー!」と叫んだ。


 喧騒の輪の中で、ポーターの影だけが、少し違う温度を持って見えた。


 荷物の下で、あの細い肩は、嬉しそうでも誇らしげでもない。

 ただ、緊張でぎゅっと固まっている。


 それなのに、誰もそこには目を向けない。

 金色の腕輪と、飾り金具だらけの鎧ばかりが視線を集めている。


「……ふうん」


 鼻から静かに息を抜いて、俺は一歩、輪から退いた。


 金級がどこでどんな依頼を受けようが、俺の給金は変わらない。

 深層に行って英雄になろうが、どこかで大穴を開けようが、俺に振られるのはその後始末だ。


 ただ、ポーターの背中だけは、少しだけ気になった。


 あの細さで、深層までもつのか。

 途中で荷物ごと潰れるんじゃないか。


 そんな余計な心配を振り払うように、俺は肩の道具袋を持ち直した。


「さて。こっちはこっちの仕事だ」


 ギルド前の喧騒を背中に受けながら、組合へ向かう路地に足を向ける。


 金級が作る汚れは、たいてい派手だ。

 それが今日か、明日か、それとも数日先かは分からないが――


 誰が片づける羽目になるかだけは、もう決まっている気がした。

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