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5:昼休憩と生活感

 昼の鐘が、街のどこかでくぐもって鳴った。


 それを合図にするみたいに、ダンジョン入口から引き返してくる掃除夫や職員の流れが増える。俺も道具袋を事務所の隅に置いて、二階の食堂へ向かった。


 階段を上がると、油の匂いと薄いスープの香りが混ざった空気が鼻を打つ。

 広くはないが、長机がいくつか並び、壁際に鍋とパン籠が置かれている。窓から差し込む光は、石壁に反射してやっぱりどこか冷たい。


「今日の日替わりは、豆と……豆だ」


 配膳係の事務員が、木の柄杓を鍋に突っ込みながら言った。

 鍋の中は、限界まで薄められたスープに、沈んでいるのか溶けているのか分からない豆がいくつか漂っている。


「夢のない説明ですね」

「夢見るような給金もらってないんでね」


 そんなやり取りを挟みつつ、木の皿に黒パン一切れと、深さの足りない椀にスープをよそってもらう。


「銅貨二枚だ」

「なんで組合の食堂でもお金取るんですかねぇ。タダにしてくれていいのに」


 冗談混じりに言いながら、腰袋から銅貨を二枚出す。

 チャリンと乾いた音を立てて、汚れた木箱の中に落ちていった。


 長机の手前に座ると、向かいの席から声が飛んできた。


「おー、バルド。戻ってたか」


 喋ったのは、同僚の掃除夫ゴランだ。

 肩幅の広い元戦士で、片足を引きずって歩く男だが、飯の時間だけは妙に元気だ。


「ゴランさんも浅層でした?」

「おうよ。第一層東と、階段周り。初心者が多い日は、あそこが一番儲からねえ」

「儲からないほうが、いいんですけどね」

「そうなんだがな。仕事が減ると、給金も減る気がして、複雑だ」


 ゴランは、パンをちぎりながら苦笑した。

 彼の椀にも、同じような薄い豆スープが入っている。


「……はぁ。あと銀貨一枚あれば、今月は楽になるんだが」


 パンにスープを浸して口に運ぶ前に、ぽつりと本音を零す。


「またですか。毎月言ってません?」

「毎月そうなんだから、仕方ねえだろ」


 俺も似たようなものだ。


 月に銀貨五から七枚。

 長屋の家賃で銀貨一枚ちょっとが消える。

 飯代で、月に銀貨二〜三枚。

 残りは、洗濯に出す金や、たまに買う服の補修、道具の修繕、近所の子どもにやる飴玉代。


 手元に金貨がたまるような未来は、想像しづらい。


「楽になるって、何に使うんです? 新しい鎧でも?」

「バカ言え。こんな体で鎧着込んだら、階段で転げ落ちるわ。そもそも俺らの給金で鎧なんか買えるかよ」


 ゴランは自分の片足を軽く叩いてから、肩をすくめた。


「酒だよ、酒。もうちょっとマシなやつを、月に二回くらい飲みてえ」

「やっぱり飲み代に消えるんじゃないですか」


 隣の席で聞いていた若い掃除夫が、すかさず突っ込んだ。

 さっき朝、浅層に行きたいと騒いでいた新人だ。

 彼はスープの豆を箸でつつきながら、眉をひそめている。


「そんな薄いスープばっか飲んでるから、夢が酒になるんですよ」

「お前もそのうち分かる。膝が笑うようになる歳になったらな」

「うわ、なりたくない未来ランキング一位だ」


 新人があからさまに顔をしかめる。

 それを見て、ゴランが「失礼な奴だ」と笑い、俺もつられて小さく笑った。


「バルドはどうなんだよ。あと銀貨一枚あったら、何に使う?」


 パンをかじりながら、ゴランが逆に振ってくる。


「そうですね……」


 スープを一口すすり、舌の上で味を確かめる。

 塩気は薄いが、腹に入れば温かい。それだけで十分といえば十分だ。


「俺なら、布団を新しくしますかね。今のは、ちょっと綿が偏ってきてて」

「ああ、それはいいな。腰が楽になる」

「腰だけじゃなくて、明日の仕事の能率も上がると思いますよ」

「なんか、妙に健康的な使い道ですね」


 新人が呆れたように言う。

 彼の皿のパンは、すでに半分以上消えていた。若い胃袋は、薄いスープでも容赦なく受け入れるらしい。


「銀貨一枚あれば、娼館だってそこそこのところに行けますよ? 先輩たち、そういう話しないんです?」

「お前、もう少し声を落とせ。ここ、組合の食堂だぞ」


 ゴランが慌てて周りを見回すが、他の連中も似たようなことを話しているので、特に誰も気にしていない。


「バルドはそういうの、行かねえのか?」

「若い頃は、誘われれば付いて行ったこともありますけどね。今は、布団とスープのほうが魅力的ですよ。朝起きて膝が動くほうが、大事ですから」

「うわあ……現実的だ……」


 新人が頭を抱える仕草をする。

 その反応がやけに可笑しくて、皿の上の黒パンが少し軽く感じた。


 給金が増えることに、もう大きな期待はしていない。

 この仕事を選んだ時点で、金貨の山の前で笑う未来とは、どこかで折り合いをつけている。


 それでも、あと銀貨一枚あれば、もう少し楽に息ができるかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は皿のパンを最後の一口まで噛みしめた。


 窓の外では、ダンジョン入口に向かう人の流れがまた増え始めている。

 午後の探索が始まる時間だ。


「さて。腹も七分目くらいは満たされたし、もうひと稼ぎしますか」

「おう、俺は九分目だ。午後に走ったら吐きそうだ」

「走らないように仕事してください」


 そんな調子のいい会話を交わしながら、俺たちは椀と皿を片づけて立ち上がる。


 月銀五から七枚。

 そのうちの、ほんの数グロムを腹に入れて、また血と石の匂いのする場所に戻る。


 それが、ダンジョン掃除夫の昼休みだ。

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