2:組合での点呼と仕事割り当て
ダンジョン入口の手前、ギルドの派手な看板から一本外れた路地に、俺たちの職場はある。
石造りの二階建て。飾り気ゼロ。
隣の冒険者ギルドが酒場とセットの遊技場みたいな賑やかさなのに対して、こっちは役所と兵舎を足して二で割ったような、地味で真面目な顔つきだ。
木の扉を押して中に入ると、湿った石の匂いと、古い紙とインクの匂いが鼻をついた。
「おはようございまーす!」
一番に声を張ったのは、カウンター手前でストレッチしていた新人掃除夫だ。まだ二十代前半、筋肉だけはやたら元気な奴で、俺を見るなり手を振ってきた。
「おはよう。腰はまだ壊れてないか」
「バルドさんこそ。昨日も第二層の遺体回収だったって聞きましたよ? よくそんなに動けますね」
「歳を取ると、止まると二度と動けなくなりそうでな。歩いてたほうが楽なんだ」
軽く肩をすくめて返しながら、壁際に立てかけてある掲示板を見る。
今日の当番表は、もう現場監督の字で埋まっていた。
「点呼始めるぞー、全員揃ってるかぁ!」
奥の事務机から、監督の野太い声が飛ぶ。
丸太をそのまま人型にしたような体格の男で、紙束を片手に、片方の眉だけ器用に上げてこちらを見る。
俺たち掃除夫は、癖のある面子が多いが、点呼のときだけは素直に一列に並ぶ。こういうところだけ妙に軍隊じみている。
「第一班、第一層東側通路。……第二班、第二層南側通路。……第三班――」
一人一人の名前と、担当フロアが読み上げられていく。呼ばれた者が「はい」と返事をし、手元の板切れに自分の持ち場を書き込む。
「バルド。第一層西側通路から、第二層中央広間まで。いつもの“盛り合わせ”な」
俺の番になると、監督は紙から顔を上げずにそう言った。
いつもの、か。
思わず口の端が引きつる。
第一層西側は、浅層初心者がよく死ぬ場所だ。
第二層中央広間は、調子に乗った中堅がよく死ぬ場所だ。
要するに、「汚れが多いコース」である。
「また浅層ですか〜? 深層行きたいなあ、俺」
すぐ隣で、新人が肩を落としてみせた。
さっきの筋肉坊主だ。板切れに「第二層南側」と書きながら、あからさまに不満そうな顔をしている。
「浅層も十分危ないぞ。人が多い分、死ぬ奴も多い」
「え、縁起でもないこと言わないでくださいよ。俺まだ死にたくないっす」
「だったら、余裕ぶって脚を出しすぎるな。血の跡の数だけ、俺の仕事が増える」
冗談めかして言うと、新人は「ひぃ」と肩をすくめた。
それを見て、監督が面倒くさそうに鼻を鳴らす。
「文句言う前に、仕事覚えろ。深層なんざ、金級の連中でも死ぬときは死ぬんだ。浅層舐めてる奴から、先にバラバラになって掃除夫のお世話になる」
「うわ、上司まで物騒なこと言い出した……」
新人が半泣きになっている横で、俺は自分の板切れに「一層西通路〜二層中央広間」と書き入れた。心の中では、小さくため息をつく。
――まあ、俺に回ってくる分にはいい。
血も、肉も、壊れた装備も、見慣れてしまえば全部同じ“汚れ”だ。
どうせ誰かが片づけなきゃならないなら、慣れているほうがやったほうが早い。
「……ふむ。バルドにそのコースなら安心だな」
奥の部屋の扉が、きい、と音を立てて開いた。
組合長が、書類を二、三枚小脇に抱えたまま顔を出す。
片腕は服の中で綺麗に袖ごと畳まれていて、残った片目がこちらを見渡した。
年を食ってなお、全身から現場上がりの匂いを放っている男だ。
「おはようございます、組合長」
「おう。お前ら、今日も死ぬなよ。死体が増えると、こっちの仕事が増える」
「それを言っちゃあ元も子もないですね」
俺が苦笑しながら返すと、組合長はわずかに唇の端を上げた。
その視線が、一瞬だけ俺の持ち場の板切れに落ちる。
「一層西と二層中央か……。まあ、バルドなら踏んで歩いても転ばんだろ」
何でもないような口調だったが、周りの同僚たちがちらっとこちらを見るのが分かった。
「やっぱバルドさん、扱い違うっすよね……」
「いいなあ、組合長のお墨付き」
小声の囁きが背中にまとわりつく。
別に羨ましがられるようなもんじゃない、と内心で肩をすくめる。
ただ単に、汚れ仕事を押し付けられているだけだ。
それを“安心”と呼ぶか“ハズレ枠”と呼ぶかは、見る側の気分次第である。
「じゃ、さっさと道具持って出るぞ。今日もダンジョンは休んじゃくれん」
監督の号令で、ざわざわしていた事務所が一気に動き出す。
モップや桶を担ぎ、麻袋を腰に巻きつける音が重なり合う。
俺も自分の道具袋の紐を締め直しながら、心の中で一つだけ、小さく区切りをつけた。
――第一層西側通路。
昨日も一人、そこから冷たくなって帰ってきたっけな。
今日もまた、誰かの“後始末”から一日が始まる。




