赤いレインコートの女の子
こんにちは、中川クルスです。
異聞怪談シリーズ第1期「学校の怪談異聞」
第1話/舞台:【裏門】
毎週金曜21:00更新で、第1期30話の完走を目指しています。
よろしくお願いします。
雨が降っている。
何日も降り続いている。
これほどの長雨はいつぶりだろうか。
しとしと降っていた雨が、夕方からやや雨脚を強めている。
屋根を叩く雨音が、だんだんと大きくなる。
暗い空は、まるで墨を流したみたいに黒い。もう秋だ。
僕は夕食を軽く済ませ、二階にある自分の部屋で横になっていた。
来年は中学受験だから勉強をしないといけないのに、今日はずっと、学校から帰る時のことばかり思い出してしまう。
僕の学校の裏門のあたりに、使われなくなった焼却炉がある。
その横を通って裏門から下校すると、家への近道になる。
本当は正門から出なければいけないのだが、いつも帰りは裏門を通るのだ。
今日も、赤いレインコートの女の子がいた。
ここ何日か、ずっと焼却炉の横で見かけている。
最初に見かけたのは月曜日の夕方。その日も朝からぽつぽつと雨が降っていた。
傘をさしていつものように裏門へ向かうと、焼却炉の横にうなだれている人影があった。
それが、その子だった。
赤いレインコートは目立つから、遠くからでもすぐに分かる。
こんな雨の日に、使われていない焼却炉の前で何をしているんだろう。
不思議に思ったが、帰って観たい番組があったので、その時はあまり気にしなかった。
次の日も、やはり帰り際に、その子を見かけた。小学校二年生くらいだろうか。
やはり焼却炉の前でうなだれている。
雨は降っているし、少し寒い。レインコートを着ているあたり、誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。
三日目。
その日も赤いレインコートの女の子は焼却炉の前にいた。やはり、うなだれていた。
近づくにつれて、生気のない雰囲気が強くなっていく。
これまで感じたことのない、異質な空気だ。
――これ以上近づいたら、悪いことが起きる。
そう確信できるほどの直感が走る。
なのに、なぜだか「そこに行くべきだ」と思ってしまう自分がいる。
絶対に良くないことが起きる。でも、絶対に行かなければならない。
思い返すと、最初にその子を見かけた時から、この二つの感覚はもう芽生えていた気がする。
そして今日。
四日連続で赤いレインコートの女の子を見かけた。
僕はついに、踵を返して正門から帰ることにした。
そのせいだろうか。
さっきから、何か大切なことを見落としている気がしてならない。こんな感覚は初めてだ。
部屋の窓から外を見る。パトカーが走っている。雨の日だからパトロールを強化しているのか。
最近よく警官を見かける。学校の先生から「不審者がいるから寄り道をするな」と言われていたっけ。
元より、こんな雨の日に寄り道をする気などない。
ピンポーン。
その時、家のチャイムが鳴った。
玄関で母が対応している。町内会だろうか。今期はうちが町内会の集金担当をしている。
雨の日の活動は本当に大変だろうな、と子どもながらに思った。
「そうですか……まだ見つからないんですか」
「はい。もう五日目になります。どうか、見かけたらどんな情報でも構いません。ご協力お願いします」
「分かりました。私たちもこの後、捜索に加わります。絶対、見つけましょう」
「ありがとうございます……ありがとうございます」
――不審な会話だ。誰かを探している。
詳しい内容を知りたくなって、こっそり階段を降りた。
母に「上に行ってなさい!」と叱られたが、どうしても確認したいことがあった。
玄関に、うちの両親と同じくらいの年齢の男と女が立っている。やつれた顔で、僕を見上げた。
心臓がドクン、と鳴る。
この二人は――自分の子どもを探している。
そして、その子は行方不明だ。
だって手に持っているチラシに、子どもの写真が載っているから。
身長、年齢、体重……。やっぱり、そうだ。
「その子……赤いレインコート、着てませんでしたか?」
おそるおそる聞いた僕に、女性がハッと目を見開いた。
「着ていました!お気に入りの赤いレインコートで、いなくなった日も着ていました!何か知ってるの?!知ってるなら教えて!!」
ドクン、ドクン。
あの赤いレインコートの女の子は、いま行方不明で――この人たちが親で――僕は、その子の居場所を、たぶん知っている。
ドクン、ドクン。
学校の焼却炉の中にいるのではないか?
――言っちゃダメだ。悪いことが起きる。
でも、言わなきゃ女の子は死んでしまう気がする。ここで伝えれば、まだ間に合うかもしれない。
バクン、バクン。
心臓が潰れそうだ。
教えたら次はきっと僕の番になる。理由は分からない。でも、そう確信できる。
そうしたら、誰か見つけてくれるだろうか。誰か、僕を助けてくれるのだろうか。
両親が僕にすがる目を向けている。母が心配そうに僕を見ている。
僕は、精一杯の力を出して声を上げた。
「僕、その子、知ってます!学校の焼却炉の前で……み、見かけました!」
僕は急いで、その子の両親を学校の焼却炉へ連れていった。辺りは真っ暗だったが、雨は止んでいた。
近くにいた警察も同行し、焼却炉の前に到着する。
警察官が古い鍵を壊し、蓋を開けると――ぐったりした赤いレインコートの女の子がいた。
「さきちゃああああん!!!!」
母親が女の子を抱き上げて泣き叫ぶ。
「息があるぞ!救急車を呼んでくれ!!」
父親が叫ぶ。別の警察官が無線で応援と救急車を呼ぶ。
その後は救急隊とマスコミと野次馬で学校はごった返し、黄色い規制テープが張られた。
幸い、女の子は一命を取り留めた。
僕は警察署で「四日前から焼却炉の前で見かけていた」ことを必死に説明した。
だが、信じてもらえなかった。
鍵のかかった焼却炉は中から開けられない。だから「焼却炉の前に立っていた」という僕の話は不自然だと言われた。
……でも、僕は確かに見た。
だから、焼却炉にいるって分かった。
女の子が見つけてほしくて、僕に何かを見せていたのかもしれない。
そう思うことにした。
後日、女の子とその両親が菓子折りを持ってお礼に来た。三人は泣きながら、何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございました。あなたのおかげで、娘が助かりました」
――ドクン。
母親がお礼を言った瞬間、リビングの空間が歪んだ気がした。
――ドクン、ドクン。
「これは、助けて頂いタ、オレイデス」
差し出されて受け取った菓子折りが、ぐにゃりと回って、形が分からなくなる。
壁も、両親も、女の子の家族も、全部歪んでいく。
意識が遠のいていく。
ついに僕の番が来たのか――。
誰か。
どうか僕を見つけてくれますように。
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