第8話 戴冠/境界王としての第一歩(完結)
王の戴冠を控え、岩の国は祝祭の空気に包まれていた。
だが──北部の霧が異様な速さで広がり始め、王城にも不穏な気配が忍び寄る。
大輔とアニーは、王を守るため“影”の正体へ迫るが、
そこでアニーの身体に異変が……。
王都の中央広場には、朝の薄光が静かに差しこんでいた。
特別な装飾はない。
白い布で覆われた壇と、細い白金の輪――それが、大輔の戴冠式のすべてだった。
集まった民は誇張のない表情で、ただ真っすぐに彼を見つめていた。
黄金国の危機を共に乗りこえた仲間たち――アニー、オリバー、長老たちも見守っている。
「境界に生きるすべての人々に、道をひらきます」
王冠が大輔の額にそっと置かれた瞬間、風がひとすじ、広場を流れた。
拍手は短い。しかし、その奥には深い信頼の熱があった。
こうして大輔は「境界王」としての第一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
最初に掲げられた課題は、北部国境の不穏な動きだった。
報告によれば、寒冷の国が生活難から侵略を計画しているという。
寒村の凍りついた家々、凍死寸前の家畜、ひび割れた炉――
寒冷の国は限界に追いこまれていた。
「戦わずに済む道を探さなければ」
大輔はためらいなく言った。
そして、最適な人物を選んだ。
「オリバー、北の国へ大使として向かってほしい。
君なら、話し合いの糸口をつかめるはずだ」
オリバーは静かにうなずいた。
「任せてください。今度は私が、国を救う番です」
大輔が最新型の空中浮遊車を差し出すと、オリバーは笑みをこぼした。
◆ ◆ ◆
北へ向かう途中、オリバーは思わぬ噂を耳にした。
かつて黄金国を追われた女性――アイビーが、寒冷の国で暮らしているという。
実際に会った彼女は、かつての華やかな姿ではなく、
民に混じって薬草や食糧を配るひとりの女性だった。
「……あの時の私は愚かでした。
でも、ここでなら、誰かの役に立てると信じています」
アイビーの瞳には迷いがなかった。
彼女は寒冷の国の文化にも事情にも通じ、現状を深く理解していた。
「大輔さまにも、アニーにも……いつかお会いして謝りたいのです」
オリバーは微笑み返した。
「その日を、必ず作りましょう」
二人は協力しあい、寒冷の国の指導者へ和平の道を示すため、
本格的な交渉を開始した。
◆ ◆ ◆
一方そのころ、王都では大輔が国づくりの基盤を整えていた。
若者の登用を増やし、新しい部署をいくつも立ち上げる。
同時に、長年境界に寄り添ってきた長老から一名を重役に任じ、
若さと経験の均衡を取った。
「時代を変えるには、若さだけでも、経験だけでも足りません」
アニーはその言葉にうなずきながら、別の仕事に取りかかっていた。
女性たちが自立して働ける仕組みを作ること――それが彼女の使命だった。
「小さな工房を作りたい。
手仕事なら、場所がなくても始められるでしょう」
アニーは各地を歩き、女性たちの声に耳を傾けた。
一方でアイビーは、寒冷の国で低所得の人々の生活状況をまとめ、
大輔に改革案として送ってくるようになった。
異国の彼女とアニーが、遠い場所から同じ未来を見ている――
その事実は、大輔を勇気づけた。
◆ ◆ ◆
やがて共同調査により、寒冷の国の地下に貴重な資源が眠っていることが判明した。
交易と復興の見通しが立つと、侵略の動きは自然と消えていった。
「これで、争う理由はなくなりますね」
オリバーの言葉に、指導者は静かにうなずいた。
境界王国と寒冷の国の関係は、緊張から協力へと転じていった。
◆ ◆ ◆
、アニーは各地から届いた“女性の声”に耳を傾けていた。
「働く場所が欲しい」
「家族に反対されてしまう」
「子どもを預けられる所がない」
アニーは王城の一室で女性たちと向き合い、じっと話を聞いていた。
「あなたたちの声は、きっと国を強くするわ。
女性が働き、学び、生きられる場を作りましょう。必ず」
彼女の声は強く、優しかった。
王の血を継いでいないとしても――アニーには誰も持ち得ない光があった。
* * *
昼過ぎ、北方から急使が走り込んだ。
「王よ! オリバー様、ご帰還です!」
大輔とアニーはすぐに執務室へと向かった。
扉が開き、姿を見せたオリバーは、以前よりも逞しい表情をしていた。
寒冷の国との長い交渉を終えた男の顔だった。
「大輔殿、アニー殿……。交渉は、成功しました」
その一言に、アニーが小さく息を吸う。
「本当に……? あの寒冷の国が?」
「ええ。地下資源の共同管理と、資材の提供を約束しました」
オリバーは懐から封書を取り出し、丁寧に大輔へ差し出した。
「それと……アイビー殿からの手紙です」
アニーが驚いたように目を見開いた。
「アイビーが……?」
「はい。彼女は寒冷の国で、人々の救済に尽力しています。
そして……あなたと大輔殿に謝罪と、再会の希望を述べていました」
大輔は手紙を胸に当てた。
「彼女も……変わろうとしているんだな」
「大輔殿。私は北へ戻り、正式に大使として働きたい。
まだ交渉すべきことは多い。寒冷の国は、不安定です」
オリバーの瞳は決して揺らいでいなかった。
「任せたい。北方特命大使として――頼む」
「はっ!」
オリバーは深く頭を下げ、人々の歓声に送られ再び北へと向かっていった。
* * *
夕刻、大輔は王城の執務室に戻り、机に積まれた書類を前に腕を組んだ。
(技術格差の問題、治安、密輸の疑い……
世界を開いたことで生まれる影は、必ず広がる)
それでも、後悔はなかった。
この道は未来を切り開くための道なのだから。
そこへアニーが静かに入ってきた。
「大輔……今日は本当に色々あったわね」
「うん。でも、アニーのおかげで女性ギルドの準備も進んでる。
オリバーも頼もしい。……アイビーも、前に進んでる」
アニーはそっと微笑み、大輔の横に腰を下ろした。
「ねえ、大輔。あなたは一人じゃないわ。
私も、みんなも、隣にいる。
境界王国を……本当に“生まれ変わらせる”ために」
その声は、夜風よりも静かで、どんな炎よりも温かかった。
大輔はその手を取り、言った。
「一緒に行こう。
この世界の未来を、俺たちの手で作るんだ」
二人の間に、言葉以上のものが静かに流れた。
戴冠式は静寂の中で行われましたが、それは来るべき嵐の序章にすぎません。
アニーの異変、北部の霧、そして“影”の本当の目的。
物語はここから一気に加速します。
最終章まで読んでいただき有難うございました。
3部では、大輔の覚悟が試される大きな局面に入ります。
完結




