第1章 第5話:最初の試練・裏道とドミニオンの妨害
古竜バルギオンの迷宮
ギルドマスター、ロレンツォの協力を取り付けたカイトたちは、さっそく古竜バルギオンの迷宮へと足を踏み入れた。カイト、アリア、ルークの3人に加え、ロレンツォが信頼するギルド所属のベテラン冒険者二人が護衛として同行する。
迷宮の入口は、分厚い岩盤に守られた重厚な扉だったが、カイトの知識の指示に従い、ルークが扉の魔力回路の**「不規則なノイズ」**を解析すると、扉は静かに開いた。
「ルークの解析力と、カイトの知識が組み合わされば、まるでこの迷宮の製作者になった気分だ」アリアは驚きを隠せない。
「感心している暇はない、アリア」カイトは冷静に指示を出す。「この迷宮の構造は、迷路のように複雑だが、俺の知る**『拡張パックの裏道』を使えば、最深部まで1時間で到達できる。通常のルートで進むと、『バルギオンの罠』**と呼ばれる、物理的・魔法的に回避不可能な高レベルの罠が大量に仕掛けられている」
カイトの知識は、迷宮内の全てのモンスターの配置、罠の作動タイミング、そして隠された宝箱の位置までを完璧に把握していた。彼はアリアたちを先導し、最短ルートを進む。
そして、迷宮に入ってわずか10分。カイトは指示を止めた。
「待て。ここで、**『影の石塔』**のデバッグコードを使う」
カイトが指差すのは、通路の壁に埋め込まれた、ただの風景に溶け込んだ**「影の石塔」だった。この石塔は、本来、誰も気づかない「ダミーデータ」**として設定されていたものだ。
ルークは、ギルドマスターの前で解析した通り、カイトが指示した**『管理者権限偽装コード』**を石塔に打ち込む。
ブォォン!
周囲の魔力が共鳴し、石塔が発光した次の瞬間、通路の壁の一つがまるで映像が途切れたかのように消滅し、新たな通路が現れた。その通路は、通常の岩肌とは異なり、滑らかで人工的な構造をしていた。
「これは……本当に**『裏道』**だ!」アリアは驚愕する。「今まで、誰もこんな通路があるなんて知らなかった!」
「この通路を進む。ただし、ここからは俺の知識にもない、**『イレギュラー』**が発生する可能性がある。警戒を怠るな」カイトは、心臓の鼓動を抑えながら、ルークの解析結果を待った。
ドミニオンの介入と元NPCカイン
カイトの警告は、すぐに現実となった。
裏道を進んでわずか数分後、目の前の空間が激しく歪み始めた。それは、世界のバグとは異なる、意図的なデータ干渉の兆候だった。
「これは……誰かが魔力の流れを強引に捻じ曲げている!まるで、迷宮の法則そのものを破壊しようとしているようです!」ルークが叫ぶ。
そして、歪んだ空間から、黒い革鎧を纏った一人の男が現れた。その男の瞳は、まるで感情を失った人形のように冷たかった。彼は、ドミニオンのメンバー、元ベテラン冒険者NPCのカインだ。
「貴様らか。ゼオン様の**『現実への帰還』**の邪魔をする、世界に固執する愚か者たちは」
カインの口調は、感情がなく、まるでプログラムされたセリフのように聞こえた。しかし、その瞳の奥には、プレイヤーに裏切られた過去を持つ、絶望したNPC特有の、深い虚無が宿っていた。
「ドミニオン……!」アリアは剣を構える。「あなたは誰? なぜ、この迷宮の法則を乱すの!?」
「私はカイン。かつて冒険者ギルドに仕えた者だ。そして今、私はゼオン様の意志を体現する。この世界はデータであり、プレイヤーによって利用される呪われた牢獄だ。それを修復しようとするお前たちの行動こそが、呪いを永続させる」
カイトは、カインの姿を見て、頭の中の**「NPCデータベース」**と照合した。
カイン(Lv. 40):元ベテラン冒険者。特定ルートを通行するプレイヤーを助ける役割を持つ。プレイヤーからの裏切りのイベントフラグが存在。物理攻撃力はLv. 70相当だ。
「カイン。お前はゼオンに騙されている。ゼオンは、この世界を修正するのではなく、破壊しようとしている」カイトはあえて、彼の元NPCとしての設定に触れる言葉を選んだ。
「黙れ。知識だけを持つ若造。お前の言う『修復』は、我々を永遠に**『データ』として固定化させる。ゼオン様の『現実への帰還』**だけが、我々に真の解放をもたらす」
カインは、カイトの言葉に微動だにせず、剣を構える。彼の周囲の空間が、黒いノイズを帯び始めた。
「私はゼオン様の命令に従い、この**『裏道』を完全に破壊する。そして、お前たちの『デバッグ作業』**を停止させる」
レベル1の機転と連携
カインは、迷宮の通路を塞ぐように立ちはだかった。そのレベル40、実質Lv. 70相当の物理攻撃力を前に、カイトのレベル1の肉体では、一瞬で消滅する。
「アリア、ルーク! 戦うな! 俺の知識を使え!」カイトは叫んだ。
カインは定型的な3連撃を繰り出すが、アリアはカイトの指示通り、**「未来を予測された動き」**でそれをすべて回避する。
「なぜだ!? 私の剣の動きが、すべて読まれている!?」カインは動揺した。
その隙に、ルークはカイトの指示通り、**「魔法の視点」ではなく「データの視点」**から、カインの足元の魔力回路の交差点に、初級の水を打ち込んだ。
ザシュッ!
物理的な床は濡れただけだったが、魔力的な足場が崩壊したことで、カインは一瞬、バランスを失い、ゼオンに支配された魔力回路が背中側に剥き出しになる。
「今だ、アリア!」
アリアは、その一瞬の隙を見逃さず、光のルーンを纏った剣を、カインの背中に突き立てた。
ギャアアア!
カインは、肉体的な痛みではなく、**「データが破壊される」**かのような悲鳴を上げた。彼は地面に倒れ伏したが、すぐに立ち上がると、カイトたちを一瞥し、憎悪の表情を浮かべた。
「お前たちの『修復』は、我々の絶望を深めるだけだ。必ず、ゼオン様が現実への帰還を成し遂げる……」
カインは、迷宮の壁に魔力を叩きつけ、空間を歪ませて撤退した。彼の撤退は、裏道を破壊するという目的を果たせずに終わった。
カイトは、激しい息を吐きながら、アリアとルークを見た。
「勝った。だが、ドミニオンはこれから、俺たちの『修復』**を妨害し続ける。急ぐぞ!」




