第1章 第4話:ギルドマスターの懐疑と知識の証明
ギルドマスターとの面会
カイト、アリア、ルークの三人は、数日かけて最も近い商業都市**「エルドニア」に到着し、都市の中心にある「エルドニア中央ギルド」**へ向かった。
ギルドマスターの執務室に通された三人を迎えたのは、壮年の男性、ロレンツォだった。彼は元Sランクの冒険者であり、その厳格な瞳は、カイトのレベル1の革鎧と、その横に立つルークの元NPCであることを一瞥しただけで、強い警戒心に満ちた。
「そちらの剣士、アリア。君の報告は受け取っている。だが、そちらの奇妙な若者――カイトが口にした**『世界のバグ』や『ゲームのデータ』**という話は、にわかに信じがたい」
ロレンツォは机に肘をつき、カイトを試すように見つめた。
「君は、自分がこの世界の法則の外にいるという。ならば、我々が長年解決できていない問題を、その**『知識』**で解決してみせてくれ。口先だけなら、誰でも世界を救う預言者を名乗れる」
アリアがカイトを擁護しようと口を開きかけたが、カイトはそれを手で制した。
「ギルドマスター、その通りです。俺には戦闘力はない。ですが、この世界の**『設計図』**を持つ者として、一つ提案があります」
カイトは、広げられた地図に載っている迷宮の名前を指差した。
「現在、冒険者たちが最も手を焼いている、『古竜バルギオンの迷宮』。この迷宮の最深部には、世界の崩壊を食い止めるための最初の鍵となる**『古代の封印』**があるはずです。この封印を起動させる必要があります」
ロレンツォは鼻で笑った。「それは我々も知っている。だが、あの封印は、迷宮の管理者であるバルギオン族の血筋を持つ者でなければ、絶対に触れることもできない。それが**『この世界の法則』**だ」
カイトは動じなかった。彼の頭の中では、ギルドマスターが語る「法則」が、**「プレイヤーに対するカモフラージュ」**というデータとして表示されていたからだ。
「その法則は、**『偽装プログラム』です。拡張パックで追加された『プレイヤー向けの裏道』を隠すための。ロレンツォ様。ルーク。君の解析力で、迷宮の北東に位置する『影の石塔』**に流れる魔力パターンを解析してください」
カイトは続けた。「その石塔は、本来、ただの風景、**『不要なデータ』として処理されています。しかし、実際は『迷宮の管理者以外進入禁止』という法則をバイパスするための、隠された『デバッグデバイス』**です」
ルークは、カイトの指示を頭の中で瞬時にシミュレーションした。彼の卓越した魔法技術と、**「この世界がデータである」**という新しい認識が、カイトの言葉を裏打ちする。
「……信じられません! カイトさんの指示通りに魔力の流れを解析すると、確かに、管理者権限を偽装するための、極めて複雑な**『暗号化された起動コード』**が石塔に埋め込まれています!」
ルークは興奮気味に、その解析結果をロレンツォに伝えた。「このコードを起動すれば、迷宮の特定の壁が消滅し、**最深部の封印へと直接繋がる『裏道』**が出現するはずです!これは、この世界の構造を知る者でなければ、絶対にあり得ない知識です!」
ロレンツォは、その証言に目を見開いた。長年の経験と直感で、この青年がただの狂人ではないことを理解した。世界の崩壊は、すでに現実のものとして目の前に迫っていたのだ。
「……わかった。君の知識を信じよう」ロレンツォは重々しく言った。「アリア、ルーク。君たちの力を、この青年の**『デバッグ作業』**に貸してやってくれ。私もギルドマスターとして、君たちの活動を最大限支援する」
カイトは小さく頷いた。これで、世界の崩壊を食い止めるための最初の**「作業部隊」が編成された。カイトの持つ「知識」は、ついにこの世界で「権威」**として認められたのだ。
影の蠢動:ドミニオンの察知
一方、エルドニア都市の地下深く。
ドミニオンのリーダー、ゼオンは、カイトたちの行動を遠隔魔術で監視していた。彼の隣には、元NPCの部下である剣士のカインが立っている。
「ちっ……『知識の継承者』が動き出したか。レベルは1だと? 笑わせる」
ゼオンはモニターに映るカイトの姿を見て、苛立ちを隠せない。カイトの持つ知識は、ゼオンの**「強制ログアウト」**計画にとって、最も危険な変数だった。
カインは、無表情にゼオンに問うた。
「ゼオン様。奴が『幻の拡張パック』のデータを利用し、世界の修復を始めれば、私たちの**『現実への帰還』**の妨げになります。どうしますか?」
カインの瞳には、かつてプレイヤーに利用されたことへの絶望と、その絶望から救い出してくれたゼオンへの絶対的な忠誠が宿っている。
ゼオンは冷笑を浮かべた。「慌てるな。あいつは所詮、開発者が設定した**『お利口な修正パッチ』だ。すべてをデータ通りに進めようとする。だが、この世界には、あいつの知識にもない、『真のバグ』**が存在する」
ゼオンは、自身の掌に、世界を不安定にさせる黒いノイズのような魔力を凝縮させた。
「カイン、『賢者の塔の残骸』に向かえ。あそこには、世界の法則に絶望し、私たちの『現実への帰還』に賛同する、新たな仲間が眠っている。そいつを連れてこい。そして、カイトの進路を**『データ通り』ではない**方法で、完全に破壊しろ」
カインは、ゼオンの命令に無言で深く頭を下げた。彼の目的は、ゼオンと共に「データではない現実」に帰ること。カイトの「世界の修復」は、彼らにとって世界の**「呪い」**の継続に他ならなかった。
こうして、カイトの**「知識による修復」の旅は、ゼオンの「破壊による帰還」**の目的を持つドミニオンによって、早くも試練に直面するのだった。




