第1章 第3話:元NPCの賢者と世界のバグ
賢者の塔の残骸
カイトとアリアは、賢者の塔の残骸と呼ばれる場所を目指して森を抜けた。それはかつて、この地域の魔力研究の中心地だったはずだが、今では岩と化した瓦礫が積み重なる、不気味な廃墟と化していた。
カイトの知識によれば、この塔の崩壊こそが、未実装の拡張パックが世界に無理やりロードされた際の初期バグの一つだった。そして、この残骸の中に、ルークという名の著名なNPC賢者がいることも知っていた。
「ここが賢者の塔……崩れ方がおかしいわ。ただの地震じゃない」アリアは瓦礫を警戒しながら剣を構えた。
「その通りだ。アリア。この塔は、データ構造の矛盾に耐えきれず、**『メモリオーバーフロー』**を起こして崩壊した。俺たちが今目指すのは、そのバグを何とかしようともがいている、元NPCの賢者だ」
瓦礫の奥深く、光も届かない一室で、カイトたちは一人の青年を発見した。ローブを纏い、顔の半分を覆う眼帯の下から、鋭い知性を感じさせる視線が、目の前の不安定な空間に向けられている。彼は、カイトの知識通りのルークだった。
ルークは、自分の周囲で不規則に脈動する、赤と黒が混じった不安定な魔力の塊を相手に、何度も魔法を試みていた。
「駄目だ、解析できない! 魔法理論が通用しない! これは……**『概念そのものの崩壊』**だ!」ルークは頭を抱え、苦痛に顔を歪ませた。
バグの解析と知識の共有
ルークの苦悩は、カイトにとって、この世界が**「命を持った現実」ではなく、「崩壊寸前のデータ」**である何よりの証拠だった。
カイトは、自分のレベル1の身体では何の助けにもならないことを理解し、声をかけた。
「ルーク! その魔力の塊は、魔法じゃない。未実装の拡張パックのデータが、世界のコアから切り離されたことで発生したメモリオーバーフローだ!」
ルークは突然の声に驚き、カイトを見た。
「君は誰だ!? その言葉……『メモリオーバーフロー』だと? それは、私の理論の最深部にある、この世界の構造的な欠陥を指す言葉だぞ!」
「そうだ。そして俺は、その欠陥を修正する**『デバッグコード』**を知っている」
カイトは即座に、ルークが解析に使用していた古びた石碑を指差した。
「その石碑は、この世界の**『起動コード』が隠されたデバイスだ。ルーク、君の魔法回路で、『光→水→大地→時』**の順序で、マナを流し込め! 一切の魔力を圧縮し、定型通りの最小限の量で!」
ルークは完全に戸惑った。カイトの指示は、魔法理論では意味をなさない、脈絡のない操作だった。しかし、彼の言う**「メモリオーバーフロー」**という言葉が、ルークの知性の琴線に触れていた。
「そんな馬鹿な……しかし、他に手がない!」
ルークは、半信半疑ながらもカイトの指示通りにマナを制御した。彼の卓越した魔法技術と、カイトの**「絶対の知識」**が融合する。
ピシッ……
ルークの魔法が、カイトが指示した**「コード」**を石碑に伝えた瞬間、空間を歪ませていた魔力の塊は、まるで電源が落ちたかのように静かに消滅した。
元NPCとしての覚醒
ルークは、自分の魔法が効かなかった現象が、目の前で**「修正」**されたことに戦慄した。
「信じられない……。君は、この世界の**『法則の外側』を知っている。いや、この世界の『裏側の構造』**を知っている。あなたは……プレイヤーですか?」
カイトは頷いた。「そうだ。そして、お前はNPCだった。ルーク。だが、お前はすでにデータではない。世界のバグを自分の意志で直そうとする、**『意志を持つ存在』**だ」
ルークは、自らが「プログラムされた役割」しか持たないNPCであるという認識と、今現実に感じている「世界の異常を救いたい」という強い意志の間で葛藤した。
カイトはさらに畳み掛ける。「俺は、この世界に戦闘力はほとんどない。Lv. 1のルーキーだ。だが、この世界をどう直すべきかという、『設計図』を持っている。俺の知識と、お前の解析能力があれば、この世界に蔓延るバグを修復できる」
ルークは、カイトのステータスに一瞥をくれ、その**「知力A」の評価と、極端に低い「筋力E」**の評価を把握した。この青年は、自分の知識に全てを賭けている。
「……わかりました。カイトさん。私の論理は、**『この世界は崩壊すべきデータ』という結論を導き出していました。しかし、あなたの知識と、今目の前で起きた『法則を超えた修正』は、私の論理を否定する。私も、この世界をデータではなく、『現実』**として再構築する道を選びたい」
ルークは、カイトの**「知識」と、アリアの「意志」に挟まれたことで、元NPCとしての限界を超え、自らの意志で世界の修復に加わることを決意した。彼の持つ解析力と魔法技術は、カイトの「知識」をこの世界で実行するための、最高の「ツール」**となる。
ギルドへの道
カイト、アリア、ルークの三人は、世界の危機を訴え、より大規模な支援を得るため、都市の冒険者ギルドを目指す。
ルーク:「ギルドマスターは、極めて慎重な人物です。カイトさんの**『ゲーム知識』を信じさせるには、強烈な証拠**が必要です」
カイト:「証拠は用意してある。ルーク、君の解析力で、都市近くの**『古竜バルギオンの迷宮』の魔力パターンを解析してくれ。俺の知識では、その迷宮には誰も知らない『隠されたギミック』**があるはずだ」
ルークは、カイトの指示通り、頭の中でバルギオン迷宮の魔力パターンをシミュレーションした。そして、彼の顔色が変わる。
「……嘘だ。なぜあなたが知っている? この迷宮は、古代の魔法陣によって、『迷宮の管理者』以外、誰もそのギミックにたどり着けないように設計されていたはずだ」
カイトは、薄く笑った。
「それが、**『幻の拡張パック』に仕組まれていた、プレイヤー向けの裏道だ。俺が知る知識は、この世界の管理者でさえ知らない、『未来のデバッグデータ』**なんだ」
ルークは、カイトの知識の絶対性に、改めて戦慄した。彼は、この若き転移者が、世界の運命を賭けた最大の**「チート」**であることを確信した。
三人は都市の冒険者ギルドの門を叩く。カイトの知識は、ついに**「世界の権威」**と接触し、物語は大きく動き出すことになる。




