過去編 第1話:二つの絶望と裏切りのコード
時の呪縛(ゼオンの絶望)
ゼオンが**『クロノス・オンライン』に転移させられたのは、カイトよりも数年前、この世界のデータ崩壊がまだ初期段階だった頃だ。彼は現実世界で、病に倒れた最愛の娘を助けるために、夜を徹して働き詰めていた。彼にとって、このゲーム世界は、娘の治療費を稼ぐための「バイト」**でしかなかった。
転移後、ゼオンは自身の高いレベルと破壊の裏コードの力を使い、世界のバグを無視して最強の地位に登り詰めた。彼の目的は、ただ一つ。この世界の**『真の出口(強制ログアウト)』**を見つけ、一刻も早く現実へ戻ることだった。
しかし、ゼオンはすぐに世界の恐ろしいバグに気づく。
彼はある日、討伐したはずの強力なボスが、数週間後に何の記憶もなく全く同じ場所に出現するのを見た。最初はゲームの**「リポップシステム」だと思ったが、街のNPCや、討伐に協力した他のプレイヤーたちの記憶も、一定期間が経つと上書きされ、「過去の状態」**に戻っていたのだ。
「馬鹿な……世界が……巻き戻っている?」
ゼオンは自身の破壊の裏コードを使い、世界の法則を解析した。そして、クロノアが言及した**『時間巻き戻し』のバグが、世界に深く刻まれていることを知る。プレイヤーがログインしない間、世界は数カ月単位で時間を巻き戻し**、**「常にプレイヤーがいる状態」**を維持しようとしていたのだ。
ゼオンにとって、それは究極の絶望だった。
「俺がどれだけ世界を探索し、どれだけ出口を探しても、時間が巻き戻るなら、全てが無意味になる。このままでは、俺は永遠にこのゲーム世界に囚われ、現実の娘を救えなくなる……」
ゼオンの心に、「修復」ではなく「破壊」という名の強制ログアウトの決意が刻まれた。
知識の矛盾(シンの絶望)
シン(元プレイヤーネーム:クロノス)は、ゼオンと同時期に転移させられた天才的な時間術士だった。彼の現実の目的は、不治の病で苦しむ家族を、時間を操る力で救うことだった。
シンは、転移後すぐに時間軸の不安定さに気づき、独自の解析を進めた。彼は、ゼオンよりも早く**『時間巻き戻し』**の真のバグに到達していた。
彼は、その能力を駆使して、時間巻き戻しを防ごうと試みた。しかし、何度修復コードを試みても、世界の開発者が仕掛けた**『時間の一方向性』という偽りの法則が邪魔をし、真のバグを修正できない。それどころか、シンが修復を試みるたびに、世界はより短いスパン**で時間を巻き戻すようになった。
シンが最も恐れたのは、自分自身の記憶が巻き戻されることだった。
「このままでは、俺の家族を救うという決意すら、**『データの上書き』**によって消去される……。俺の意志が、虚偽のデータになってしまう」
修復に絶望したシンは、自らの時間術士としての知識を、「破壊」に転用することを決めた。彼は、この世界を永遠の時間の呪いから解放する唯一の方法は、**『時間軸そのものを完全に停止させること』**だと結論付けた。
ドミニオンの結成と誓い
ゼオンとシンが出会ったのは、時間巻き戻しが原因で、数カ月分の記憶を失った直後のことだった。お互いの能力と目的を知った二人は、すぐに協力関係を結んだ。
ゼオン:「俺たちは、この世界を**『ゲーム』としてではなく、『呪い』として見ている。俺たちの目的は、この呪いを断ち切り、現実へ帰ることだ。お前が持つ時間術の知識は、『強制ログアウト』に必要な時間軸の破壊コード**を組むのに必要だ」
シン:「わかった。俺の知識は、世界の修復ではなく、世界の破壊にこそ、真の**『論理的な救済』を見出した。カイトの『知識の継承者』の修復は、俺たちを永遠にこの世界に閉じ込める**。俺たちは、彼と世界の法則に逆らう」
二人は、『ドミニオン(支配)』という名を掲げ、「現実へ帰る」という共通の絶望的な意志を誓い合った。
彼らの周りには、時間巻き戻しや、プレイヤーによる理不尽な行為によって、『NPCの役割』に閉じ込められ、深い絶望を抱いていた元NPCたちが集まり始めた。彼らにとって、ゼオンとシンが目指す「強制ログアウト」は、『データからの解放』という唯一の希望だったのだ。
ゼオンとシンは、**「絶望」という名のコードで繋がり、カイトの「希望」**の旅路を阻む、最強の敵として立ち上がった。




