第7話 帝都への招待状
艦列が去った後、海は奇妙なほど静かだった。
砕け散った帆布の切れ端が波間を漂い、竜たちは再び空に戻り、海竜たちは深みに沈んでいく。嵐の後のような静けさ――けれど、胸の内では逆に熱が収まらなかった。
祖国を黙らせ、帝国に“竜王国”を認めさせた。
それは確かに勝利だった。だが同時に、次の舞台が待っている。
「……帝都か」
私は呟き、アシュタルの背を撫でた。竜は鼻を鳴らし、まるで「行け」とでも言うように翼を広げる。
◇ ◇ ◇
帝国宰相シグルドは約束どおり数日後、正式な使者を送り込んできた。
蒼い外套を羽織った使者は、丁重に頭を下げて巻物を差し出す。
「第二皇子殿下よりのご招待状にございます。竜王国の女王殿を、帝都の大議会にお迎えしたく」
封蝋に刻まれた紋章は確かに帝国皇家のもの。
私は巻物を広げ、息を飲んだ。そこには「帝国が竜王国を公式に承認する会議」と明記されていた。
「……ついに、大陸全土に“国”と名乗る瞬間が来るのね」
声は震えた。七年前、ただの身代わりとして崖に突き落とされた自分が、今や帝都の大議会に迎えられるのだ。
◇ ◇ ◇
「気をつけろ、アメリア」
夜の焚き火の前で、レオンが言った。炎に照らされた彼の瞳は真剣そのものだった。
「帝都は戦場だ。剣や槍ではなく、言葉と策略が飛び交う。竜を恐れる者、利用しようとする者、討とうとする者――必ず現れる」
「わかってるわ。それでも行く」
「なぜだ?」
「竜と人が並ぶ世界を作るためよ。半島で隠れているだけじゃ、竜は永遠に“怪物”と呼ばれる。けれど、会議の場に竜がいるだけで、彼らは“証拠”になる。心を持つ生き物だと」
私は拳を握った。アシュタルが喉を鳴らし、背に寄り添ってくる。
レオンは少し驚いたように笑い、やがて頷いた。
「……なら、俺も隣に立つ。帝国第二皇子として、そして竜の友として」
胸の奥が温かくなる。
孤独だった七年を埋めるように、その言葉は深く沁みた。
◇ ◇ ◇
出発の朝。
竜たちが岬に集まり、翼の音で空を揺らした。
アシュタルを先頭に、空を覆うような大群。海には海竜の背が波を割り、影竜は黒い雲のように空を舞う。
私はその中央に立ち、深呼吸をした。
――これはもう“追放された娘”の旅ではない。
“竜王国の女王”としての、大陸への初めての航海だ。
「行くわよ、レオン」
「もちろんだ」
帆を張った船団の先頭で、彼が手を掲げる。
その横で私はアシュタルの背に跨がり、翼を広げた。
竜と船と、人と帝国。
そのすべてを背負いながら、私は帝都へ向かう。
――竜と人の未来を懸けて。
(つづく)