第6話 竜王国の審判
海の上に漂う空気は重く、熱を帯びていた。
祖国の艦列と帝国の艦列が並び立つ光景は、七年前の私には想像すらできなかっただろう。
ただ処分されるだけの身代わり令嬢が、いまや竜の背に跨り、空から二つの国を見下ろしている――。
「……アメリア・リーヴス。いや、竜王国の女王殿」
祖国の旗艦の舳先から、甲冑に身を包んだ将校が声を張り上げた。
その声に呼応するように、甲板の兵士たちが一斉に槍を掲げる。だが震えが混じっている。炎を吐く竜の影を前に、勇敢でいられる者は少ない。
私はゆっくりと返す。
「ここは竜王国の領域。――改めて問うわ。来訪の目的は?」
沈黙の後、船尾楼に立つ影が進み出た。父だった。かつて“伯爵”の称号を誇りにしていた男。けれど今は、顔色を引きつらせ、声を震わせている。
「アメリア……いや、娘よ! わ、我々は、そなたを迎えに来たのだ!」
その瞬間、腹の底から笑いが込み上げた。七年間、心のどこかで夢見た言葉。けれど、それは決して愛情ではない。都合が悪くなったから取り戻しに来ただけだ。
「迎えに? ――処刑にしたはずの娘を?」
ざわり、と兵たちが揺れた。
帝国の艦からもどよめきが広がる。証人がいる前で、彼らの言葉は矛盾し、己の罪を晒したのだ。
「そ、それは誤解だ! 王家の命を受けて仕方なく……!」
「言い訳は聞き飽きたわ」
私の声と同時に、アシュタルが吠えた。
帆が裂け、兵士が尻餅をつき、甲板の上で悲鳴が飛ぶ。
◇ ◇ ◇
帝国の宰相シグルドが口を開いたのは、その時だった。
「なるほど。竜王国はすでに、独立した国家として機能しているようだな」
その冷静な一言が、歴史を決定づける。
証人の前で、祖国は“罪”を晒し、帝国は“国”としての存在を認めた。
レオンが私の隣で剣を掲げた。蒼い瞳がまっすぐに私を見る。
「ここに宣言する。竜王国は帝国と同盟を結び、人と竜の共存を目指す!」
空を覆う影竜たちが咆哮し、海を割る海竜たちが尾を叩く。大陸はその瞬間、新たな旗印を得たのだ。
◇ ◇ ◇
甲板で膝をついた母が、かすれ声で呟いた。
「……どうして……娘のくせに……」
私は冷たく告げた。
「私はもう“あなたたちの娘”ではない。――竜王国の女王よ」
その言葉に、リリアナの笑顔が完全に凍りついた。
私を嘲り、奪い、処刑に追いやった者たちは、もう私の世界にはいない。
代わりに、翼と咆哮が私の背を支えている。
七年の孤独は、ざまぁの瞬間へと結実した。
◇ ◇ ◇
やがて艦列は静かに退いた。祖国の旗は風に翻りながら、敗北の色を滲ませて。
帝国の艦はその場に残り、シグルドが一言だけ残した。
「近く帝都に招待したい。竜王国の正式な承認のために」
それは、大陸規模の舞台の幕開けを意味していた。
私はアシュタルの首筋に手を置いた。熱と鼓動が伝わってくる。
七年前、ただの身代わりとして捨てられた娘は、いまや世界を変える交渉の卓に立っている。
「行きましょう、レオン」
「……ああ。ここからが本番だ」
竜たちの咆哮が、海を越えて大陸へ響き渡った。
(つづく)