第3話 竜と皇子、初めての共闘
夜は深く、潮の匂いに混じって血の匂いが漂った。
私は焚き火の前で目を閉じていたが、外のざわめきに気づいて身を起こす。
「……誰かいる」
竜たちが先に反応していた。小屋の外で〈アシュタル〉が低く唸り、空に散った影竜たちが旋回する。
火の粉がはらりと舞い、レオンハルトも剣に手をかけた。
「まさか、追っ手……?」
彼の声には鋭い緊張が滲んでいる。
私の心臓も早鐘を打った。
ここに来るのは罪人か流浪の者か、それとも――祖国の密偵。
◇ ◇ ◇
足音は三つ。
森を抜け、火の光に照らされたのは、黒装束に身を包んだ男たちだった。
「やはり生きていたか、アメリア・リーヴス」
冷たい声に、背筋が凍りついた。
――伯爵家の紋章。彼らは祖国から放たれた刺客だ。
「お前は“処刑済み”であるべきだった。王女殿下の名誉を守るためにな」
毒を含んだ笑み。私は拳を握りしめる。
この七年、忘れたつもりでも消えなかった痛み。
彼らは、私を二度殺そうとしている。
「……まだ足りないの? あんなに私を捨てておいて」
声が震える。だが恐怖ではない。怒りだ。
◇ ◇ ◇
男たちが短剣を抜いた瞬間、アシュタルが咆哮した。
炎が森を揺らし、影竜たちが空を覆う。
「ひ、ひいいっ!」
黒装束の一人が腰を抜かした。
レオンハルトはすぐに私の前に立ち、剣を抜いた。蒼い瞳がぎらりと光る。
「下がっていろ、アメリア!」
彼の剣捌きは見事だった。帝国の皇子に相応しい、鋭く洗練された動き。
だが――竜を知らぬ者の戦い方だ。
「レオン、危ない!」
私は叫ぶと同時に、アシュタルに合図を送った。
竜は大きく翼をはためかせ、敵の一人を吹き飛ばす。砂浜に叩きつけられた男は二度と立ち上がらなかった。
もう一人が背後からレオンに襲いかかる。
私は咄嗟に飛び出し、持っていた杖で相手の腕を打ち払った。
「ぐっ……!」
「レオン、今よ!」
彼は迷わず剣を振るい、男の刃を弾き返す。鋼の音が夜に響き、返す刃で喉を裂いた。
最後の一人は怯え、森へ逃げ込もうとする。
だが、影竜たちが一斉に舞い降り、闇の中へその姿を飲み込んだ。
◇ ◇ ◇
静寂が戻る。
焚き火が再び小さく爆ぜ、潮騒が遠くで鳴った。
私は荒い息をつきながらレオンを見た。
彼の頬には血が飛び、剣は赤く染まっている。
それでも――彼の瞳は揺れていなかった。
「……お前、竜を……自在に……」
息を整えた彼が、呆然と呟く。
私は微笑んだ。
「私は、竜と生きてきたの。七年も」
その答えに、彼は長く息を吐き、やがて剣を下ろした。
「なるほど……あの呼び名は間違ってなかったな。お前は確かに、竜の女王だ」
胸が熱くなる。
先日もらった呼び名が、今度は確信に変わって響く。
◇ ◇ ◇
敵を倒したあと、レオンは火の前で剣を磨いていた。
私はアシュタルの頭を撫でながら、その背を見つめる。
「あなた、怖くなかったの?」
「怖かったさ。竜も、敵も、すべて」
彼は笑った。苦笑ではなく、戦いを生き延びた者の誇りを帯びた笑み。
「だが……お前と一緒なら、恐怖も力に変わる。そんな気がした」
その言葉に、心が震えた。
私を捨てた祖国と違い、この人は――私を認めてくれる。
「ありがとう、レオン」
彼は驚いたように顔を上げ、そして小さく頷いた。
「礼を言うのは俺のほうだ。……これからも共に戦わせてくれ」
焚き火の炎が、二人の影を重ねた。
竜たちの咆哮が夜空を震わせ、私の胸には確かな確信が芽生える。
――ここから始まるのだ。
竜と皇子と、そして私。
共に築く未来が、やがて大陸を揺るがす物語となる。