第17話 玉座を狙う最終の影
暴走竜を救った翌日、帝都は祝祭に包まれていた。
市場では即席の竜の歌が歌われ、子どもたちは木の翼を背負って走り回り、広場では「女王万歳」の声が絶えなかった。
七年前、処刑されたはずの娘はもういない。竜王国の女王がここにいる――誰もがそう信じ始めていた。
だが、その夜。帝城の奥で、別の影が静かに動いていた。
◇ ◇ ◇
「……兄上が、帝城に潜入した」
レオンが蒼白な顔で告げた。
「昨夜の混乱に紛れて、忠実な近衛の一部を連れ、皇帝の寝所を襲撃したらしい」
胸が凍りつく。
帝都を祝祭で酔わせながら、彼は玉座を狙ったのだ。
「父上は……」
「無事だ。ただし、すでに帝城の一角は兄上に掌握されている。……このままでは“正統な皇帝はカイゼル”と民衆に触れ回られる」
それはつまり――帝国そのものが真っ二つに裂けるということだった。
◇ ◇ ◇
宰相シグルドの執務室で、彼は冷静に言い放った。
「もはや選択肢は二つ。帝城を放棄し、帝都を守るか――あるいは帝城を奪還し、玉座の正統性を守るか」
「……玉座を捨てれば、帝国はただの群雄割拠になる」
私は呟く。
「けれど、竜王国が玉座奪還に力を貸せば、“竜が帝国を支配した”と叫ばれるでしょう」
「それを承知で立つのです。歴史は、竜王国が帝国と共に玉座を守ったと記録するでしょう」
シグルドの声は氷のように冷たい。だが、その奥に微かな期待があった。
◇ ◇ ◇
夜。
私は竜舎でアシュタルに身を寄せた。
「……また血を流すのね。竜は守るためにいるのに」
竜は喉を鳴らし、私の掌を受け止めた。
レオンが隣に現れ、低い声で告げる。
「アメリア。これは最後の戦いになる。兄上が玉座を奪えば、帝国は内乱に沈む。竜王国も巻き込まれ、すべてを失う」
「わかってる。でも、私一人じゃ……」
「一人じゃない」
彼の瞳がまっすぐに私を射抜く。
「俺が隣にいる。竜たちもいる。お前は、もう捨てられた令嬢じゃない」
胸の奥で何かが弾けた。
七年前、孤独だったあの夜。
いまは、共に戦う仲間がいる。
「……ええ。なら、共に玉座を守りましょう」
◇ ◇ ◇
数日後。
帝城を取り囲むのは、竜王国と帝国の連合軍。
城壁には黒旗が翻り、カイゼルの兵が構えていた。
そして楼閣に立つ彼は、狂気を帯びた声で叫んだ。
「俺こそが正統皇帝だ! 竜王国の女王など、怪物に過ぎん!」
その叫びをかき消すように、アシュタルが咆哮する。
空を覆う影竜たちが翼を広げ、帝城に影を落とした。
――玉座を巡る最終決戦が、幕を開けようとしていた。
(つづく)