第15話 ヴェルディア要塞の攻防
西方の地平線に、巨大な影がそびえていた。
ヴェルディア――帝国西端の要塞都市。厚い石壁と幾重もの堀で守られ、これまで幾度の戦火を退けてきた“帝国の盾”だ。
今、その盾を握っているのは第一皇子カイゼル。城壁には黒旗が翻り、兵の列は槍の森のように並び立っていた。
「……完全に籠もるつもりね」
私は遠望鏡を下ろし、唇を噛む。
「兄上は守りに徹し、こちらを消耗させる気だ」
レオンの声は冷静だったが、蒼の瞳の奥には怒りが燃えていた。
「竜を挑発するためでもある。……“怪物は要塞を焼き払うだろう”と世に触れ回っている」
なるほど――。
カイゼルの狙いは単純だ。竜王国が一度でも要塞ごと敵兵を焼けば、「竜は怪物だ」という主張に説得力が生まれる。
その瞬間、竜王国は正義を失う。
◇ ◇ ◇
陣地に戻ると、帝国兵たちの間にも不安が広がっていた。
「竜を信じていいのか」「火を吐けば、俺たちも巻き添えだ」――そんな囁きが夜営を漂っている。
竜王国の未来は、ここでの選択にかかっていた。
私はアシュタルの鱗に手を置き、心を落ち着ける。
「……どう戦えばいいの?」
竜は答えない。けれど温もりが伝わってくる。
竜の力は炎と牙だけじゃない。翼、爪、そして圧倒的な存在感。
“守るために使え”。そう告げられているように思えた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
開戦の合図と共に、カイゼル軍の投石器が火を吹いた。
巨大な岩がうなりを上げて飛来し、連合軍の陣地に落ちる。土煙と悲鳴が上がった。
「アシュタル!」
私の声に応じ、黒竜が咆哮を放つ。
翼が空気を裂き、風圧で岩を叩き落とす。
さらに影竜たちが雲のように舞い、矢の雨を防ぐ壁となった。
「守れ……守りきるのよ!」
竜たちは炎を吐かず、ただ兵を守るためだけに動いた。
その姿に、兵士たちの目が変わる。恐怖から、信頼へ。
◇ ◇ ◇
だが、カイゼルの次の一手は容赦なかった。
要塞の門が開き、黒鎧の騎士団――模倣竜兵団が雪崩れ出る。
鎧に刻まれた紋章は、竜の力を模した偽りの印。
彼らは薬物に狂い、血走った瞳で叫んだ。
「女王を討て! 竜を堕とせ!」
鋼鉄の軍勢が突撃してくる。地面が揺れ、兵たちの顔が蒼白になる。
「アメリア!」
レオンの叫び。彼は剣を抜き、先頭に立った。
「ここで止める!」
◇ ◇ ◇
私は決断した。
炎で焼き払えば“怪物”と呼ばれる。
だが炎を封じれば、兵は潰される。
その狭間で、心が叫んだ。
――私は、守るために立ったんだ。
「アシュタル! 足を狙って!」
竜が咆哮を上げ、灼熱の炎が走る。
だがそれは兵ではなく、黒鎧の足元だけを焼いた。鉄が溶け、彼らは動きを止めて次々と倒れていく。
焼けた地面から白煙が上がり、歓声が陣営を揺らした。
「竜は……狙っている……!」
「怪物じゃない、女王と共に戦っている!」
兵士たちが叫び、竜の背に希望を見た。
◇ ◇ ◇
戦況は拮抗したが、明らかに流れは変わっていた。
模倣竜兵団が次々と倒れ、連合軍は押し返し始める。
そのとき――要塞の楼閣に立つカイゼルの姿が見えた。
彼は剣を掲げ、憎悪に染まった声で叫ぶ。
「化け物に国を渡してなるものか! 竜王国も帝国も、我が手に堕ちろ!」
背後の影がうねった。
そこにいたのは――捕らえられた本物の竜。鎖に繋がれ、薬物で狂気に陥った哀れな姿。
「……カイゼル、そんな……!」
胸が凍る。
要塞の上から、暴走竜が咆哮を放ち、鎖を引き千切ろうとしていた。
もし解き放たれれば、兵も民も、すべてが炎に包まれる。
「アメリア!」
レオンの声が響く。
決断の時だった。
守るために竜を討つのか、それとも救い出すのか――。
(つづく)