第13話 玉座を狙う影
南方平原での公開演習が終わってから三日。
帝都は熱狂に包まれていた。
「竜は人を守る」――その事実は市民の口から口へと伝わり、酒場の歌となり、市場の噂となり、貴族の会話すら変えた。
竜王国はただの幻想ではなく、誰もが認めざるを得ない「現実」へと変わったのだ。
けれど、その熱狂の陰で、確かに冷たい刃が研がれていた。
◇ ◇ ◇
「兄上が、また動いている」
レオンは険しい顔で言った。
窓の外では、帝都の市民が竜の木彫りを掲げて歌っている。だが、その明るさとは正反対に、彼の声は重かった。
「演習の結果、兄上の立場は弱まったはずよ」
「だからこそ焦っているんだ。兄上は次期皇帝の座を失えばすべてを失う。……追い詰められた獣は、牙をむく」
私は黙って頷いた。
七年前、私は追い詰められて“死”を与えられた。だからこそ知っている。人は追い詰められたとき、どんな醜い姿にもなる。
◇ ◇ ◇
その夜。
帝都の大聖堂で「竜王国承認」を正式に宣言する式典が開かれた。
聖堂の天井は高く、光の柱がステンドグラスを透かして降り注ぐ。
帝国の重臣たちが並び、宰相シグルドが壇上に立った。
「ここに宣言する。帝国は竜王国を独立国家として承認し、その盟約を記録に残す」
その言葉と同時に、市民の歓声が外から押し寄せた。
私は胸の奥に熱を感じながら、アシュタルの鼻先を撫でた。
――ようやく、竜と人が並ぶ一歩が踏み出せたのだ。
◇ ◇ ◇
だが。
その瞬間、聖堂の天井から轟音が響いた。
石片が砕け、悲鳴が上がる。
上空から降り立ったのは――黒鎧の騎士たち。その鎧には竜の鱗を模した不気味な装飾。
「……模倣竜兵団……!」
レオンが剣を抜いた。
彼らはカイゼルの密かに育てていた私兵。竜の力を人工的に再現した、禁忌の戦士たちだった。
鎧の隙間からは薬物に侵された瞳が覗き、正気を失った声で吠えている。
「ここで女王を討て! 竜王国など幻にすぎぬと証明せよ!」
カイゼルの叫びが響き、黒鎧の兵が一斉に突撃してきた。
◇ ◇ ◇
私は即座にアシュタルへ飛び乗った。
「みんな、退いて!」
影竜たちが頭上から舞い降り、聖堂の柱を守る。
海竜たちは水路から現れ、聖堂を囲む。
竜と竜の模造品――二つの影が、聖堂の光を切り裂いた。
「レオン!」
「任せろ!」
彼の剣が閃き、黒鎧の兵を弾く。
私は竜の背から叫んだ。
「これが違いよ! 本物の竜は人を守る! 模造の怪物は人を壊す!」
聖堂に轟く咆哮が、その言葉を裏付けるように響いた。
◇ ◇ ◇
やがて黒鎧の兵は次々と倒れ、観衆の前で動きを止めた。
血と埃の中、私は堂々と立ち上がった。
「竜王国は怪物ではない! 帝国と共に歩む新しい国よ!」
観衆が歓声を上げる。
だがその陰で、カイゼルの顔は憎悪に歪んでいた。
◇ ◇ ◇
夜。
邸宅の窓辺で、レオンが低く言った。
「兄上はもう後がない。次は玉座そのものを奪いに動くだろう。帝国の分裂は避けられない」
私は拳を握った。
七年前、私は捨てられた。
だが今は、捨てられる側じゃない。
――国と竜を守る側だ。
「レオン。もし帝国が二つに裂けたら……」
「そのときは、竜王国が調停する。お前が」
彼の言葉に、胸が熱くなる。
竜と人が共に立つ未来は、まだ遠い。
だが確かに、ここから始まっている。
窓の外、夜空を舞う影竜たちが星々を横切った。
――嵐の夜明けは、もうすぐだ。
(つづく)