第12話 血塗られた公開演習
南方平原――。
見渡すかぎりの大地に、帝都から集められた兵士たちが整列していた。
旗は風を裂き、軍鼓が鳴り響く。貴族や市民も観覧席に押し寄せ、ただの軍事演習ではなく、政治的見世物であることを誰もが理解していた。
「竜王国の女王が本当に兵を守れるのか」
「竜は怪物ではないと証明できるのか」
その答えを、この場で突きつけなければならない。
◇ ◇ ◇
平原の中央に設けられた観閲台には、宰相シグルドが座し、皇帝の代行として全てを見届けていた。
左右には二つの陣営――
一方は第一皇子カイゼルの軍。整然とした列、豪奢な鎧、だが兵たちの顔には恐怖と緊張が浮かんでいる。
もう一方は第二皇子レオンの軍。規模は小さいが、視線は真っ直ぐで、胸の奥に炎を宿した者のように落ち着いていた。
そして私は、竜たちを従えてその中央に立った。
アシュタルを先頭に、影竜と海竜が控え、観衆は一斉に息を呑む。
「……アメリア」
レオンが近づき、低く囁く。
「気をつけろ。兄上は演習を“戦”に変える気だ」
「わかってる。でも、竜王国を証明するためには逃げられない」
◇ ◇ ◇
軍鼓が三度鳴り響く。
シグルドの冷ややかな声が大地に響き渡った。
「これより、帝国公開演習を始める。――竜王国の女王、アメリア・リーヴス。あなたの竜が兵を守れるか、見せてもらおう」
その瞬間、カイゼルの軍が一斉に前進を始めた。
槍の列、矢を番えた弓兵、そして鉄車を引く戦馬。
――異様だ。これは“演習”の規模ではない。
「止める気はないのね……!」
矢が放たれた。無数の矢が空を覆い、観衆が悲鳴を上げる。
だが次の瞬間、影竜たちが一斉に翼を広げ、黒い壁となって矢を受け止めた。
矢は弾かれ、地面に落ちる。
「すごい……!」
観衆のどよめき。だがまだ終わらない。
戦車が突撃してくる。戦馬の蹄が地を震わせ、鉄の音が轟く。
私は叫んだ。
「アシュタル!」
黒竜が咆哮を放ち、口から迸った炎が地面を舐めた。
だが馬ではなく、戦車の前方だけを焼き、車輪を止める。
馬たちは無傷で、その場に座り込む。
観衆が驚きに声を上げる。――竜はただ焼き尽くすだけの怪物ではない。狙いを定め、守ることができる。
◇ ◇ ◇
「甘い!」
カイゼルが剣を振り上げ、自軍に命じた。
「総攻撃だ! “竜王国”をここで潰せ!」
兵たちが叫びを上げ、乱戦が始まる。
だが竜たちは冷静だった。
影竜は翼で兵を吹き飛ばし、海竜は尾で戦馬を横に押し退ける。
炎も牙も使わず、ただ“無力化”する。
その光景に、観衆の視線が変わっていく。
恐怖ではなく、驚きと敬意。
「竜は……人を殺していない……!」
「守っている……!」
その声が広がる。
◇ ◇ ◇
しかし、罠はまだ終わっていなかった。
陣の奥から黒い影が飛び出す。
――見知らぬ竜。いや、竜ではない。鱗の模造鎧をまとった巨大な獣。
人工的に作られた“竜の模倣兵器”だった。
「見ろ! 本物の竜は制御できぬ。怪物は怪物を呼ぶのだ!」
カイゼルの叫びが響き渡る。
兵器は咆哮を上げ、観客席に突進していく。
悲鳴。混乱。
――狙いはこれだ。竜が人を守れなければ“怪物”の烙印を押される。
「アシュタル!」
私は竜に駆け寄り、背に飛び乗った。
黒竜が翼を広げ、空からその偽竜を追う。
「守るのよ……! 竜は人を守れるって、証明して!」
アシュタルが炎を吐く。
だが偽竜を焼き尽くすことなく、その足元の地面を砕いた。
崩れた地面に脚を取られ、偽竜は倒れる。
次の瞬間、アシュタルが巨体で押さえ込み、動きを封じた。
観衆は息を呑み――やがて割れるような歓声が響いた。
◇ ◇ ◇
私は叫んだ。
「見たでしょう! 竜は人を守る! 怪物ではなく、共に生きる存在よ!」
議場にいたシグルドが立ち上がり、冷静に宣言する。
「記録せよ。竜王国の女王は、帝国の民を守ると証明した」
その瞬間、勝敗は決した。
カイゼルの顔が憎悪に歪む。
だが民衆の歓声は彼をかき消し、帝都全土を揺るがした。
◇ ◇ ◇
演習が終わった後、レオンが私の肩に手を置いた。
「やったな、アメリア」
私は息を切らしながら微笑んだ。
「ええ。……でも、これで終わりじゃない。カイゼルは必ず次を仕掛けてくる」
「なら、そのときはまた共に戦おう」
彼の蒼い瞳が真っ直ぐに私を射抜いた。
その視線に、胸が熱くなる。
竜の背で、私は小さく呟いた。
「――竜王国は、人を守る国になる」
夜空に竜たちの咆哮が響き、帝都の灯火が震える。
嵐の時代は、まだ始まったばかりだった。
(つづく)