第11話 揺らぐ帝国の玉座
暗殺未遂から一夜明け、帝都はざわめきで満ちていた。
竜が女王を護った――その事実は、宮廷の廊下から市場の屋台にまで広がり、人々の口を止めなかった。
帝都の新聞売りは声を張り上げる。
「号外! 竜王国の女王、帝都で暗殺を阻止!」
「竜は人を守る! 怪物説崩壊!」
紙面に踊る大文字を、私は宿舎の窓辺から見下ろしていた。
七年前、ただ罪人として海に沈むはずだった私が、いまや大陸の見出しを飾っている――。
胸の奥に熱と冷たさが同時に広がる。勝利の実感と、これから訪れる反撃への予感。
◇ ◇ ◇
「……兄上が動いた」
昼下がり、レオンが険しい顔で部屋に入ってきた。
「どういうこと?」
「第一皇子カイゼルは“竜王国との同盟は帝国を危うくする”と吹聴している。すでに三割の議員を取り込んだ。彼は竜を怪物と呼ぶのを諦めたわけじゃない。“怪物を従える女王は、帝国を裏切る”と、今度はそう言い始めた」
私は唇を噛んだ。
昨夜の暗殺劇で彼は完全に追い詰められたと思っていた。だが敵は政治の修羅場で生き残ってきた皇子だ。むしろ、この状況を逆手に取ろうとしている。
「……放ってはおけないわね」
「そうだ。帝国の玉座を巡る争いに、竜王国は巻き込まれる」
◇ ◇ ◇
宰相シグルドの執務室。
石壁に囲まれた空間で、彼は冷たい瞳を向けてきた。
「――竜王国の女王。あなたが帝国を救うつもりなら、ひとつ証明が必要です」
「証明?」
「竜がただ“従う”のではなく、“並び立つ”存在であることを。次期皇帝の選定に関わる公開演習で、竜を示してください」
「演習……?」
「帝都南方の平原にて、皇子たちが軍を率いて実戦さながらの演習を行います。そこにあなたと竜が参加するのです。――もし竜が帝国兵を守り抜けば、反対派は口を閉ざさざるを得ない」
私は深く息をついた。
軍の前に竜を立たせる――それは危険だ。恐怖で暴発する兵もいるだろう。
けれど、これを避ければ竜王国はただの幻影に終わる。
「……わかったわ。竜王国の名にかけて、竜は人を守ると証明する」
◇ ◇ ◇
夜。
私は竜舎に身を置き、アシュタルの黒い鱗に手を当てた。
「ねえ、私、間違ってないかしら」
竜はただ喉を鳴らし、私の掌を押した。
その温かさに、涙が滲む。
――七年前、誰も私を信じてくれなかった。
けれどいま、竜は迷わずに頷いてくれる。
「アメリア」
背後からレオンの声がした。
彼はゆっくりと近づき、私の肩に手を置いた。
「お前は間違ってない。……だから俺も戦う」
彼の声は低く、けれど確かだった。
私たちは互いの視線を交わし、同じ炎を瞳に映した。
「竜王国と帝国は、ここから始まる」
外では夜風に煽られた旗が鳴っていた。
それは帝国の旗であり、同時に、これから立ち上がる竜王国の新しい紋章の前触れのように見えた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
帝都全体がざわめく中、告示が貼り出された。
――数日後、南方平原にて公開演習を行う。
――帝国第一皇子カイゼル・アルテミアと第二皇子レオンハルト・アルテミアが、それぞれの陣を率いる。
――そして竜王国の女王アメリア・リーヴスが、竜を率いて参戦する。
紙面を見上げながら、私は拳を握った。
七年前、身代わりにされた娘が処刑されるはずだった日。
その娘はいま、竜と共に大陸を揺るがす演習に立とうとしている。
「……見てなさい、リリアナ。父さん、母さん。――もう、私は誰の代わりでもない」
空を駆ける竜の影が、帝都の塔を覆った。
嵐の幕開けは、すぐそこまで迫っている。
(つづく)