第10話 陰謀の影と竜の誓い
大議会の後、帝都は竜の話題で持ちきりだった。
市場では子どもたちが竜の真似をし、路地裏では怪しい商人が「竜の鱗」を売りつけ、広場では吟遊詩人が竜王国の歌を奏でていた。
七年前、ただの罪人だった私の名が、いまや街の片隅まで轟いている。
けれど――その喧騒の裏で、確かに冷たい影も伸びていた。
◇ ◇ ◇
「……暗殺の企て?」
私が眉をひそめると、レオンは頷いた。
「兄上――カイゼルが動いている。竜を怪物と断じたい彼にとって、お前は邪魔だ。議場で証明したからこそ、次はお前を排除するだろう」
その言葉に、アシュタルが唸った。
竜の低い声は、壁の向こうに潜む敵意すら嗅ぎ分けるようだった。
「……どうすればいいのかしら」
七年前は、ただ追放に身を委ねるしかなかった。
けれど今は違う。竜たちがいる。レオンがいる。
私は孤独ではない。
「奴らが仕掛けてくるなら、逆に利用する」
レオンが静かに剣を撫でた。
「暗殺を未然に防ぎ、その瞬間を公に晒すんだ。竜王国の女王が帝都で命を狙われた――それ自体が最大の“証拠”になる」
「……策を逆手に取る、ってことね」
「そうだ。兄上は政治には長けているが、竜を知らない。お前が竜と築いた信頼は、奴には絶対に真似できない」
彼の言葉は確信に満ちていた。胸が熱くなる。
この人は、ただ守ろうとするだけじゃない。私を“共に戦う者”として見ている。
◇ ◇ ◇
数日後。
帝都の夜会――帝国の貴族と大商人たちが集う華やかな場に、私は招かれた。
煌びやかなシャンデリアの下、金糸のドレスに身を包んだ女たち、香水の匂いを振りまく男たち。
その視線の全てが、私と竜王国に注がれていた。
「ほら、あれが竜王国の女王よ」
「怪物を従えてるって話だが……」
「だがあの瞳を見ろ、人の女王だ」
囁きと視線が交錯する。
だが背後にはアシュタルの影があり、私は一歩も退かない。
――そのとき。
突然、空気が揺れた。
使用人に紛れていた男がナイフを抜き、一直線にこちらへ駆けてきたのだ。
「アメリア!」
レオンの叫びが響く。
だが――私の前に立ったのは竜だった。
アシュタルの尾が閃き、男の腕を弾き飛ばす。ナイフは宙を舞い、床に突き刺さった。
男は悲鳴を上げて倒れ、兵士たちに取り押さえられる。
◇ ◇ ◇
会場は混乱し、叫び声が飛び交った。
だが私は胸を張り、宣言する。
「見なさい。竜は人を守る。恐怖ではなく、信頼に応える!」
その瞬間、空気が一変した。
貴族たちの瞳に畏怖と同時に敬意が宿る。
竜は怪物ではなく、“護る存在”として彼らの記憶に刻まれたのだ。
レオンが私の手を取る。強く、確かに。
「……これで兄上は完全に追い詰められた。竜を怪物とする理屈は、もう通じない」
私は彼を見返し、微笑んだ。
七年前、捨てられた娘はただ生き延びるだけだった。
けれど今は違う。竜の女王として、人と竜を結ぶために闘える。
アシュタルが咆哮した。
その声は夜会の天井を震わせ、帝都全体に轟いた。
――竜王国の誓いの声として。
(つづく)