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第1話 身代わりの島流し

 ――その日、私は処刑台に立たされていた。


 いや、正確には「処刑」とは名ばかりで、罪状はすべて捏造。王女殿下が引き起こした隣国との醜聞を、私に被せただけのものだった。


 名はアメリア・リーヴス。伯爵家の長女として生まれたが、両親は王家に媚びへつらうことしか頭になく、実の娘を守ろうとする気配すらない。むしろ「王の機嫌を損ねるより、娘一人差し出すほうが得策」と言わんばかりに、平然と笑みを浮かべていた。


「姉さま、よかったわね。大好きな竜のところに行けるなんて」


 耳に残るのは、妹リリアナの甘ったるい声。けれどその瞳は、勝ち誇った蛇のように細められていた。

 ――ああ、この子にとって、私はただの障害だったのだ。伯爵家の令嬢としての立場も、わずかな遺産の権利も、そして王家に取り入るための踏み台としての役割も。


 だから、こうして“身代わり”にされた。


 行き先は「巨竜半島」。人食い竜の巣窟。

 罪人を放り込めば、わずか一日で骨すら残らない。王家はわざわざ斬首や火刑などせずとも、竜たちに処理させるのだ。


 罪人を乗せた小舟に押し込まれ、私の手足は縄で縛られた。護衛の騎士は鼻で笑い、見送りに来た両親は「役に立ててよかった」とすら言った。


 胸が潰れるように痛んだ。

 それでも――どこかで、私は笑い出したくなる奇妙な感覚に囚われていた。


 だって、私は前世で死ぬまで「動物好き」だったから。

 猫、犬、鳥、ウサギ……どんな小さな生き物にも心を奪われ、世話をすることだけが唯一の生き甲斐だった。

 その私が、今世で出会う相手は“ドラゴン”。


 恐怖よりも――好奇心が勝っていた。


◇ ◇ ◇


 波に揺られる小舟が、巨竜半島の海岸へと打ち上げられる。

 縄を必死に噛み切り、砂に手を突いた瞬間、耳をつんざく咆哮が空を裂いた。


 ――ドオォォン!


 大地が震え、砂浜に巨大な影が落ちる。

 見上げれば、鱗に覆われた巨体。黄金の瞳がこちらを射抜く。


「……っ、すごい……!」


 普通なら恐怖に失禁するだろう場面で、私は歓喜していた。

 だって――本物のドラゴンだ。前世で空想の存在として本を読み漁った、それが今、目の前にいる。


 竜は牙を剥き、喉の奥で火を鳴らす。

 だが私の足は震えなかった。心臓が早鐘を打ちながらも、抑えきれない興奮で頬が熱い。


「ねえ、あなた……ここで生きてるの?」


 思わず声をかけていた。

 当然、竜に言葉は通じない。だが私の声に、竜は一瞬だけ目を細めた。


 ――その瞬間、確信した。

 この生き物は、ただの怪物じゃない。ちゃんと心がある。


 竜が鼻息を荒くして近づく。熱風が肌を撫で、焦げた匂いが漂う。

 私はそっと手を差し伸べた。


 殺されるかもしれない。だが、それでもいい。

 ――触れたい。この生き物を理解したい。


 すると。


 竜は、私の掌に自らの鼻先を寄せた。


「……っ」


 涙が溢れた。恐怖ではなく、歓喜のあまりに。


◇ ◇ ◇


 それから七年。

 巨竜半島で生き延びた私は、次々と竜を手懐け、彼らの生態を記録し、共に暮らしていた。


 骨だらけになるはずの島で、私は笑っている。

 ――身代わりにされてよかった。むしろ、この半島は楽園だ。


 だが、運命は思いがけぬ形で動き出す。


 ある日、浜辺に打ち上げられた一隻の難破船。

 そこに倒れていたのは、血に濡れた隣国の第二皇子だった――。

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