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記録06:不燃少女と終末葬儀社

最終処理局レヴナントには、奇妙な噂がある。

「死体が燃えないとき、その処理をするのは“あの少女”だ」と。


セイが彼女に出会ったのは、旧エリアD-14の焼却棟だった。

鉄と灰の匂いに満ちた、かつて人間だったものの影が溶ける部屋。

焼却炉の前に、一人の少女が立っていた。


「……遅いよ、観測者さん。今日のは、なかなか手強いよ」


彼女は14歳程度の外見だった。肩までの黒髪、炭のような瞳。

名をカリン。正式な職員登録はなく、存在そのものがグレーだ。


「記録対象:カリン。生存者。非登録処理係。役務:終末葬儀補助」


セイは観測を開始した。


その日、燃やされる予定だったのは、ひとつの遺体ではなかった。

一体の死体と、それに寄生していた“言語記憶”だった。


「この子……死んだのに、まだ“言葉”が残ってるの。だから燃えないの」


カリンは遺体に語りかけていた。

まるで、生きている人間のように、丁寧に、優しく。


「もう、話してもいいんだよ。あなたの“終わり”をちゃんと送るから」


遺体の口が、わずかに動いたように見えた。

セイの記録装置は、超微弱な神経電位の残滓を検出していた。


カリンは、遺体を炉に運びながら呟く。


「“燃えない死者”ってね……未練じゃないんだ。誰かに言えなかった“言葉”が、最後までここにいるだけ」


火が点いた。


しかし燃えなかった。炉の温度が上がるのに、肉体はその形を保ったまま。


セイが計測値を確認していると、カリンが言った。


「だから、わたしが“聞く”の。聞いてあげれば、言葉は出ていって、体は空っぽになるの」


カリンは遺体のそばに座り、目を閉じた。


一分。


二分。


セイの感情記録装置が、突如、波形を強く記録した。

“言葉ではない音”が、空間に満ちた。誰の声とも特定できない、しかし確かに「伝えたかった何か」がそこにあった。


炉が赤く輝き始め、ついに遺体は崩れ落ち、火の中へと溶けていった。


カリンが目を開ける。


「やっと、静かになったね。……さよなら」


彼女は立ち上がると、セイに背を向けた。


「観測者さん。あなた、これを記録にするの? だったら――」


振り返る彼女の目が、少しだけ潤んでいた。


「“聞く”って、燃やすよりずっと怖いよ。だって、全部こっちに残るんだもの」


火葬炉の熱はまだ残っていたが、少女カリンはその場を離れようとはしなかった。

観測者セイが無言で記録装置を止めると、彼女がぽつりとつぶやいた。


「ねえ、観測者さん。あなたって、誰かの“終わり”をたくさん見てきたんだよね?」


「そうだ。だが、終わりのかたちは一様ではない。きみがしたことも、その一部として記録された」


「それってさ。……誰かの救いになるのかな?」


セイは答えなかった。観測は感情を持たない――という建前だったが、沈黙がすべてを物語っていた。


カリンが炉の前にしゃがみこむ。そこには、焼け落ちた灰の中に、ほんの一片の金属片が残っていた。

古い識別タグ。軍籍のものだ。


「この人、きっと……ずっと、命令だけで生きてたんだろうなって。最後くらい、自分の言葉で“終われた”なら、ちょっとだけ、よかったなって思うんだ」


カリンはそれをそっと拾い、掌の中で包んだ。


「わたしさ。……“不燃”なのは、きっと私のほうなんだ」


「どういう意味だ?」


「誰かの“最後の声”を聞くたびに、私の中にそれが残るの。少しずつ、溜まっていく。焼け残る。燃やせない。消せない。……でも」


カリンは顔を上げ、セイをまっすぐ見つめた。


「それでも、誰かがちゃんと聞いてくれたって思えたなら……この人たちは、きっとどこかで、燃えてくれる」


しばしの沈黙の後、セイは軽く頷いた。


「その行為を、記録しよう。名前のない死者の言葉を、燃えない少女の記憶に溶かしたことを」


そのとき、警報が一つ鳴った。次の遺体搬入の通知だった。


カリンは立ち上がり、制服の袖で目元をぬぐった。


「さ、次。今度はどんな言葉かな」


焼却炉の扉が開く音が、再び響く。

終わらない仕事。終わりをつくる仕事。


セイは最後に記録を一文で締めた。


観測記録06、終了。

死を処理する者に必要なのは、火ではなく耳だった。

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