利成君にとっての投影とは。
「フローライト第三十一話」
それは本当に偶然だった。利成の運転で引っ越し先をどこがいいかと車を走らせている時だった。カーラジオから突然聞こえてきた声。
「ということで今夜はsee-throughのバンドの皆さんをゲストに迎えています」という声が聞こえてきた。
「で、今日はメンバーの方から発表があるんですね」
明希はチラッと利成を見た。利成はまるで聞こえてないかのように普通の顔だった。
「誰ですか?」と明るい声のラジオのパーソナリティーの声が響く。それから「はい、夏目翔太さんですね」と声が続いた。
(え?)と明希は身を固くした。きっと利成には気づかれただろう。
「何と彼は結婚が決まったんですね」とパーソナリティの女性の声が響いた。それから皆の「おめでとう」という声と拍手が響いた。
明希は(え?)と更に身を固くした。
「奥さんになる方はどなたですか?」と司会者の声が続き翔太の声が聞こえた。
「学生時代にちょっと付き合ってた人で・・・」
「学生時代とは、大学?高校?」
「いえ、専門学校時代です」
「夏目さんは専門学校に通われてたんですね」
そこで利成がラジオを切った。
(あ・・・)と明希は慌てて窓の方を見た。
(何で・・・?)
何で涙が?
「ついに彼も結婚するんだね」と利成が言った。
「そう・・・だね」と明希は窓の方を向いたまま答えた。
(やだ・・・何で涙が?)
勝手に涙が出てきたのだ。
「明希」と利成に呼ばれたけれど、窓の方から顔を動かせなかった。
「何?」
「こっち向いてごらん」
「な、何で?」
そう言ったら急に利成が車を道のはじに寄せて止めた。
(あ・・・)
利成の手が明希の頭に伸びてきて、無理矢理顔を利成の方に向かせられた。利成がハッとした顔をしている。明希は慌てて涙を手で拭った。
涙は勝手に出てきた。悲しくもないのに・・・。
利成がまた無言で車を発進させた。
「この辺はやめとこうか」と利成が言って、車をUターンさせた。
(あー絶対利成に誤解された・・・)
マンションに戻ると、利成がすぐに浴室の方へ行った。
(どうしよう・・・誤解された・・・)
ほんとに悲しくもないのに勝手に涙が出たのだ。
明希も入浴してから寝室に行くと利成がいなかった。
(仕事場かな・・・)
明希は誤解を解くべきか悩んだ。でもわざわざそんなことをいうのも、返って意識しているように思われそうだ。
明希がベッドで考えていると利成が寝室に入って来た。そのままベッドに入って来る。
「明希はまだ彼に心奪われたままなんだね」と言われた。やっぱり誤解されている・・・。
「違うよ。あの涙は勝手に出てきて・・・そんなんじゃない」
「そうか」
本当に利成が好きなのに、いちいち翔太に反応するのはもう条件反射かもとすら思う。
「ほんとに・・・」
利成が口づけてきた。
「いいよ、わかってるから」と唇を離し利成が言う。それからまた唇を重ねてくる。
それからいきなりパジャマのズボンと下着を下ろされていきなり指を入れられる。と思ったらすぐに利成が自分のズボンと下着を下ろしている。
「利成?」
(痛っ・・・)
何の準備もないうちに利成が無理矢理入れてくる。
(これ、絶対怒ってるよね・・・)
両足を持ち上げられて奥まで突かれる。かなり乱暴だった。そして利成が射精するのに明希の上に出してきて、明希の口元にもかかった。
いつもは明希がイクのを待ってくれるのに、やっぱりかなり怒っているのだろうと思った。利成がティッシュペーパーの箱に手を伸ばして何枚かティッシュを取ると、無言で明希の口元を拭いてきた。それから明希の隣に横になる。
明希はやっぱりちゃんと誤解を解かなきゃと口を開いた。
「利成」
「ん・・・」
「誤解解いていい?」
「何の?」
「さっきの・・・利成の誤解だから」
「・・・・・・」
「だから、話し聞いて」
「いいよ、聞こうか」と利成が明希の方を見た。
「ほんとに何とも思ってなかったのに、勝手に涙が出てきたの。何でかわからないけど、心奪われてるとかじゃないことは確か」
「うん、じゃあ、何でか考えてごらん」
そう言われて何でか考えてみた。でもやっぱりわからない。
「多分だけど、あんまり長い間気にしてたから、条件反射?みたくなっちゃったのかも・・・」
説得力ないかなと思いながら言った。
「んー・・・いい線はいってるね」
(ん?)と思う。
「何でか利成はわかるの?」
「まあね」
「何でなの?」
「少し考えてごらんよ」
そう言われてまた考えてみたけどもちろんわからない。
「まずね、だいぶ前に話した明希の彼を見るときのフィルターを思い出してみなよ」
フィルター・・・。何だっけ?
── 彼は他の男とは違う・・・。
確か・・・そう言ってたような?・・・でもそれが関係してる?
「思い出した?」
「まあ・・・でもあまり関係ないような気がする」
「そうか、じゃあ、今日はフィルターの話じゃなくて“投影”の話をしようか?」
「投影?」
「フィルターは何かの価値観だったり、そもそものもの、例えば「男だから、女だから」だったり、名前、年齢、育った環境でも皆違うよね?」
「うん・・・」
「で、投影は読んで字のごとくだよ。そのフィルターを通して見えるもの」
「見えるもの?」
「人は自分の鏡ってよく言うじゃない?つまり他人には自分の影が映し出される」
「うん・・・」
(影?)とよくわからなかったがそのまま聞いた。
「じゃあ、ちょっと連想ゲームしてみようか?」
「連想ゲーム?」
「そう。夏目という鏡に何が映っているのか・・・フィルターのものが映し出されるよね?」
「うん」
「じゃあ、思いついたものを言ってね。まず「男」」
「・・・怖い・・・」
「うん、じゃあ、「怖い」からは?」
「・・・セックス?でも今は違うよ」
「パッと思いついたものでいいよ。セックスだとしようか?じゃあ、セックスが怖かったのは何で?」
「無理矢理されて・・・」
「つまり暴力的だってことだから、明希にとってはセックス=暴力になるね。これはね、今は違うよね?」
「うん・・・」
「でも、その時の傷は消えたわけじゃないんだ。傷跡は残っている」
「うん・・・」
「この傷がトラウマって言うやつだね」
「うん・・・」
「以前はこれが活火山みたく活動してたんだ。でも今は休火山かな」
「休んでるだけ?」
「そうだね。傷跡は完全にはまだ消えていない」
「でもそれと翔太のこと何か関係ある?」
「夏目へのフィルターは何だっけ?」
「他の男とは違うだったと思う」
「そうだね、唯一明希を守ってくれた男なわけだから。でも、セックスのトラウマのせいでうまくいかなかった、ここがこだわりだって前には教えたよね?」
「うん・・・」
「明希にとって夏目は“庇護してくれる男性“に見える。じゃあ、庇護してくれる男性って?
「・・・庇護してくれる?」
「そう、明希のとって庇護してくれた男性は?」
「利成じゃなくて?」
「うん、俺じゃなく」
「・・・まさか父親?」
そう言ったら利成が笑顔になった。
「私が翔太に父親を投影してるってこと?」
「その可能性が高いよね。そしてそうだとしたら、彼がまだ独身の時は良かったけれど、結婚となると完全に他の人の方に行ってしまうことになるからね」
「・・・見捨てられたって思ったってこと?」
「そうだね。それは明希が意識してようとしてまいと勝手に起きるからね」
「どうして?」
「さっき言ったでしょ?トラウマは消えたわけじゃない、休んでるだけだって。それと同じに考えてみると、“もう好きでもないし、気にもしてない”と明希が思っていても、組み込まれたプログラムが勝手に発動するように、その思考が勝手に働いてるってわけ」
「・・・それじゃあ、いつまでも消えないってことにならない?」
「そうだね、その通りだよ。だけどさっきのトラウマも永遠に休んでいればあったとしても無いと同じになるだろ?」
「そうだね」
「プログラムも組み込まれていても、発動しなければ無いと同じ」
「でも、今は発動しちゃってるけど・・・」
「そうだね、まだ明希の中では感情が残ってるからね」
「残ってる感情って・・・」
「そのうち小さくなるとは思うよ」
「・・・利成はそんなにわかってるのに、何で怒ってるの?」
そう言ったら利成がきょとんとした顔をした。
「怒ってなんかないよ」
「でも・・・」
「怒ってるように見える?」
「うん」
「そう・・・怒ってるかな、じゃあ」
利成が考えるような顔をした。
(えー・・・自分でわからないの?)
「・・・ごめん、痛かった?」
「・・・・・・」
「でも明希も我慢しないでよ」
「だって・・・さっきのことで怒ってるんだと思って・・・」
「・・・・・・」
「そうじゃないならいいんだけど・・・」
「何だかさ、俺の中ではまだまだ未完成なんだよ」と利成がいきなり全然違う話をしだした。と明希は思った。
「・・・何が?」
「明希の絵」
「私の?」
「綺麗すぎて・・・」
「何が?」
「明希が」
「え?意味がわからない」
「明希の心が綺麗すぎてさ、時々泥をぶちまけたくなるんだよ」
(何だかわけがわからないんですけど?)
芸術家の気持ちはわからない・・・と、利成の顔を見つめた。
利成が気が付いて明希の顔を見てフッと笑う。
「明希、愛してるよ」と髪を撫でてくる。
(複雑なんだな・・・利成って)と明希は思いつつ少し微笑んだ。
それから思う。
翔太が結婚することを聞いて本当はすごく寂しかったことは利成には言えないなと・・・・・・。




