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廃炉  作者: 酒井 漣
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廃炉作業員3ヶ月目から廃炉作業開始

 廃炉委員会に来て3ヶ月目の月曜日が始まった。今日から、新型防護服での訓練が始まるが、原子炉内での訓練ではないので、特別な緊張感は私には無い。いつも通りの時間に起き、朝食を採り、出勤の準備をして、廃炉委員会に向かう巡回バスに乗り込む。同乗している作業員の目は相変わらず死んだままで、誰もが1点を見つめているだけだが、3ヶ月目にして、この雰囲気にも、ようやく慣れてきた。バスが廃炉委員会に到着し、私は、日高に言われた通り、訓練室に向かい、以前、自分が座っていた席に着いた。時間は、始業20分前だった。始業10分前に鈴木、岡本、日高が、それぞれ訓練室にやって来て、Xチームの面々が全員揃った。日高は、我々が揃った事を確認すると、

「皆さん、おはようございます。」

と声を掛けてきた。我々は、

「おはようございます。」

と応えた。続けて日高が、

「皆さん、体調に変化はないですか。今日は、先週話した通り、午前中は、新型防護服を着用した訓練を行います。私の後に付いて来て下さい。」

と話すと、我々に背を向け、訓練室のドアに向かった。我々は、自分の荷物を持って、日高の後に付いていった。日高は、廃炉委員会の玄関とは反対の方向に向かっている。私が廃炉委員会に来て、初めて向かう方向だ。日高は、どんどん歩を進めていく。5分程歩いた所で、扉の上に

「高次機能訓練室」

という表札がある部屋に到着した。日高は、歩を止め、我々に向き直ると、

「この部屋で、新型防護服を着用した訓練を行います。まずは、ロッカー室に入り、準備をして下さい。」

と話した。我々は、

「はい。」

と応え、ロッカー室に移動した。ロッカー室には、スキューバダイビングで使用するような、ゴム製のウェットスーツのようなものがS、M、Lサイズで準備されていた。私は、自分のサイズのウェットスーツを手に取り、ロッカーに荷物を入れ、パンツ1枚になり、ウェットスーツに着替えた。ウェットスーツ(厳密には、ウェットスーツのようなもの)は初めて着用するが、座学で一応説明を受けていたので、着用には問題がなかった。鈴木と岡本も、特に問題なく、ウェットスーツに着替えた。我々は、ウェットスーツに着替え終わると、「訓練室」と表札に書かれた扉を開け、訓練室に移動した。扉を開くと、左手に宇宙服のような新型防護服が2体、壁にもたれ掛かるように置かれており、右手には、広大なプールが広がっていた。プールは、海上保安庁で訓練のために使用されるプールを元に、廃炉委員会でカスタマイズし、廃炉作業を行う原子炉内と同じ水圧になるよう、調整して制作された、と座学で聞いていた。プールの前では、日高が温和な顔で、仁王立ちしていた。我々は急いで日高の前に並ぶ。日高は、

「皆さん、準備ができたようですね。これから、後ろの新型防護服を着用する所から、訓練を始めたいと思います。」

と我々に話した。我々は、

「はい。」

と応えた。日高の後に続き、我々は、新型防護服の前に到着する。外見は、宇宙飛行士が着用する宇宙服と大差ない。新型防護服は、1チームの訓練で1つ割り当て、と決まっていたので、Xチームで、誰が最初に着用するか、相談した。相談の結果、私が最初に新型防護服を着用することになった。新型防護服の着用の仕方は、座学では学んでいたので、私は、右手にある「着用」のボタンを押した。ボタンを押すと、新型防護服は前半分が上にスライドするように動いた。私は、できた隙間に体を滑り込ませ、内部の右手の部分にある、「開閉」のボタンを押した。すると、新型防護服は、元の位置に戻り、私の体を覆った。防護服の中は、密閉されているが、酸素が供給されており、息苦しくはなかった。また、ガラスの曲面のような物質で出来た、頭部をカバーする部分は、180度、視野を確保でき、安全性に問題ないことが確認できた。私が首を左右に動かすと、新型防護服も同じように動き、左腕を上下させると、やはり、新型防護服は動きに追従した。日高が、無線で、

「数歩、前進して下さい。」

と私に指示を出した。私は、

「はい。」

と応え、右足、左足の順に、足を出した。新型防護服は、ここでも、私の動きに追従した。私は、新型防護服での道具を把持しての作業が気になったが、それ以外は、これまでのD装備の防護服と同じ機能を有していることを確認した。日高から、

「では、次の人に変わってもらうので、新型防護服を脱いで下さい。」

と私に指示が出た。私は。

「はい。」

と応え、一度、元に位置に戻ると、右手にある「開閉」のボタンを押した。数秒、間を置いて、新型防護服の全面が一旦、数センチ前に出て、上に動いた。私は、新型防護服を抜け、次の順番である、鈴木と交代した。鈴木も岡本も、問題なく新型防護服を着用し、その挙動を確認した。日高は、全員の着用を確認すると、

「それでは、これから、新型防護服を着て、プールの中に移動し、プールの底にある石を拾ってもらいます。最初の人は、新型防護服を着用して下さい。」

と指示が出た。私は、日高に向かって、

「はい。」

と返事をして、新型防護服を着用した。その後、日高の無線の指示通り、プールの縁まで、10メートルを新型防護服で歩いて移動した。10メートル移動したが、新型防護服での違和感は無かった。日高は、

「そこにプールの底に繋がる階段があると思います。慎重に進んで、プールの底まで移動して下さい。」

と私に無線で指示を出した。私は、

「はい。」

と応え、1歩ずつ、転倒しないように、水の張った階段を降りていく。歩を進めると、やはり、新型防護服でも、水圧を感じた。ただ、進みがゆっくりだったため、新型防護服全体が水に浸かるレベルになると、なんとなくではあるが、水圧にも慣れた。私はその後も慎重に歩を進め、プールの底に到着した。プールの底でも、新型防護服には外付けの簡易酸素ボンベから、酸素が供給されていて、息苦しくはない。私は、無線で、

「プールの底に到着しました。」

と日高に報告した。日高は、

「了解しました。それでは、プールの底にある、レンガ状の石を1つ取り、戻って来て下さい。」

と私に指示を出した。私は、

「はい。」

と応え、プールの底を確認した。プールの底には、レンガ状の石が、複数個、散乱していた。私は、一番近くにあった石を右手で掴む。やはり新型防護服での把持作業はやりにくかったが、D装備での把持と遜色はなかった。私は、無事、石を掴み、そのまま、来た道を戻った。階段を登る時に、水圧が少し軽くなるのを感じる以外、D装備との違いは、感じられなかった。私はプールから抜け出し、石を日高の足元に置く。日高は、

「よくできました。それでは、元の位置に戻って、防護服を脱いで下さい。」

と私に指示した。私は、

「はい。」

と応え、新型防護服があった位置に戻り、防護服が元々あった場所で方向を変え、右手の「開閉」ボタンを押す。新型防護服は、着用する時と同じように、数秒、間が空いた後、少し前に動き、その後、上に滑るように動いた。私は、新型防護服の隙間から体を滑らして移動し、外に出た。水深30メートルのプールに潜るということで、気圧の関係で体調が悪くならないか、私は少しだけ懸念していたが、杞憂に終わった。私は初回の訓練を終え、日高とチームメイトが待つ場所に移動した。日高は、

「問題なく訓練できていました。初回にしては、いいと思います。」

と私に声を掛けた。私は、

「ありがとうございます。」

と応えた。次に日高は、

「では、次の人は、新型防護服を着用する準備をして下さい。」

と、声を掛けた。次の順番は鈴木で、鈴木は、

「はい。」

と応え、新型防護服の元に向かった。鈴木も岡本も、何事も無く、私と同じように新型防護服を着用し、プールの底に移動し、レンガ状の石を持って、プールの底から戻ってきた。岡本が訓練を終え、新型防護服を脱ぎ終わると、高次機能訓練室にある時計は、正午を指していた。日高は、

「皆さん、新型防護服での最初の訓練、お疲れ様でした。初めてにしては、よく出来ていたと思います。今日の新型防護服での訓練は、これで終了です。また明日、新たに訓練を行うので、体調を整えて下さい。」

と我々に伝達した。我々は、

「はい。」

と応えた。日高は、

「それでは、皆さんには、昼食を食べてもらい、その後、VR訓練を行ってもらいます。服を着替えて、昼食を採って下さい。」

と我々に伝達した。我々は、

「はい。」

と応え、ロッカー室に移動した。ロッカー室で服を着替え、Xチーム3人で昼食を採りに食堂に向かった。

 我々3人は、食堂で、それぞれ好きな物を取り、空いているテーブルに集まった。私は、何となく、今日はトンカツを食べることにした。食事をしている際、鈴木が、

「新型防護服での訓練、刺激的だったね。」

と問いかけてきた。私は、

「確かに新鮮な気持ちになるね。」

と応え、岡本は、

「開閉の仕組み、面白いね。」

と応えた。そこから、鈴木がメインで、新型防護服の開閉の仕組みについて、簡単なディスカッションが始まった。なぜあの方式になったのか、駆動部はどうなっているのか、疑問は無くならない。元々、我々は分野が違うとは言え、エンジニアだった人間だ。このような新型システムを見ると、昔の血が騒ぐのは、必然だった。議論が白熱し、次のVR訓練に間に合わなくなりそうだったので、私が、

「次の訓練が始まるよ。」

と2人を現実に戻し、ディスカッションは終了、我々は慌ててVR訓練室に向かった。

午後のVR訓練は、前の1ヶ月と比較して、より実践的な廃炉作業を模擬していた。VR上で水中でも駆動可能な電機ノコギリのような装置で、デブリを切り取り、切り取った断片を一時保管場所まで移動させる。VR訓練は、ここまで、段階を追って作業が複雑になってきたので、私は、その段階のハードルを少しずつ越えるように、VR訓練が上達していった。前の1ヶ月と異なることは、先程、新型防護服を着用し、簡単な作業を行ったことで、VR訓練での水圧、把持の感覚が、実際の新型防護服での肌感覚を見事に再現していることだった。訓練当初は、VR訓練と実際の廃炉作業は、実は異なる物であり、VR訓練はあくまで予行演習、と私は勝手に位置付けをしていた。しかし、VR訓練の再現性を体感することで、新型防護服を着用した訓練と、VR訓練が相乗効果を発生させ、実際の廃炉作業前に、より現実に近い形で訓練を受けられることに、私はようやく気づいた。その日の訓練が終わり、反省会の中で、私は率直に、その事を日高に伝えた。日高は、

「VR訓練の実用性を理解してもらえて、こちらも嬉しいです。明日の訓練も、集中して行いましょう。」

と私に声を掛けた。私は、

「はい。」

と素直に応えた。その週の訓練は、新型防護服を着用して、プールの底にある物体を10メートル程、安全に動かしたり、VR訓練で集約したデブリを、一輪車を使って、一時保管場所から廃棄場所へ移動させたり、とより廃炉作業に近い内容の訓練を行って、終了となった。我々Xチームは、特別、訓練で問題を発生させる事もなく、順調に訓練を終えた。訓練中、問題が発生しなかったため、この週も、我々は残業すること無く、定時で廃炉委員会を後にした。帰りの巡回バスの中で、鈴木が、

「もうすぐ実際の廃炉作業が始まりますね。」

と私と岡本に声を掛けた。私は、

「まずは、今の訓練に集中しましょう。」

と応え、岡本は、

「来週も定時で帰る事ができるかな。」

と応えていた。我々は宿舎に到着し、自動販売機の前で、互いの来週の訓練の健闘を誓い合い、解散した。私は部屋に戻り、部屋着に着替え、食堂で夕食を採った。夕食は、相変わらず美味かった。私は、夕食を終え、部屋に戻った。部屋に戻って、少し酒を飲みながら、今週の実習を振り返った。新型防護服は、密閉度も高く、D装備と同じ作業が、放射線量が高い場所でも可能なようだ。後、3週間の訓練で、我々は実際の廃炉作業に投入される。最初、廃炉委員会に来た時は、3ヶ月の訓練期間は長い、と感じていたが、2か月があっという間に過ぎた。あと3週間も、あっという間に過ぎるだろう。実際の廃炉現場では、訓練と同じようにはいかず、突発的な対応を迫られる場面も出てくるだろう。その時に備えて、今からあらゆる事を想定して、行動した方が良い。そう自分の中で結論付けた所で、時計は夜の10時を回っていた。その日は、今週の疲れをとるために、寝る準備をして、早めに寝る事にした。新型防護服での訓練が新しかったので、自分が思っていたよりも疲れていたらしく、床に就いてから、私はすぐに寝てしまった。

 次の土日は、いつも通りに過ごした。空いている時間で、読書をしつつ、廃炉作業での危険な場面を想定し、自分なりに対応策を考えていたが、気分が暗くなるので、休日の早い時点で、考えるのを止めた。その他は、廃炉委員会に来てからの週末のルーティンをこなし、次の週の訓練に備えた。

 週が明けて月曜日、私は、いつもと同じ時間に起き、準備をして、同じ巡回バスに乗って、廃炉員会に向かう。同乗する作業員の目は、相変わらず死んだ目のままだ。最近は、作業員の目にも、慣れてきた。私は、廃炉作業のシミュレーションを頭の中でしながら、廃炉委員会に到着するのを待った。バスが廃炉委員会に到着し、私は、高次機能訓練室のロッカー室に向かった。程なくして鈴木と岡本、日高もロッカー室に集合し、その週の訓練が始まった。その週の訓練も、特筆する事は無かった。新型防護服は、プールの底、という特殊環境でも問題なく機能し、私は、D装備の時と同じ感覚で訓練をこなしていった。鈴木と岡本も、特に躓く事無く、訓練をこなしていた。唯一、気になる点と言えば、この週、2、3回、服役囚と同時刻に高次機能訓練を行ったことだ。廃炉委員会の配慮で、我々と服役囚は、同じプールでもそれぞれの端で訓練を行っていた。この頃には、私は、服役囚にも見慣れ、特別な嫌悪感を抱くことも無くなっていた。彼らは彼らなりに、訓練を続けていた。私は、まあ、一緒の廃炉現場で働くことは無いだろうし、お互いに頑張ろう、と心の中で思っていた。VR訓練も無事に終わり、第2週目の訓練も無事に終了した。訓練に集中していると、時間が過ぎるのが早い。私は、あと2週間の訓練を受けた後、実際に放射線量が高い区域に入域して、デブリを除去する廃炉作業に従事することになる。廃炉委員会で座学、実地訓練、VR訓練、高次機能訓練を受け、多少の躓きはあったものの、ある程度順調に訓練をこなしてきた。突発的なトラブルが発生しない限り、デブリ除去の廃炉作業に不足している訓練は、個人的には無いように思えた。唯一、不安な点と言えば、新型防護服の電源断、などの突発的なトラブルだ。原子力発電所の制御装置の設計をしていた時も、納品後の製品でトラブルが発生し、明日までに何かの回答を出さないといけない、という場面に立ち会ったことはあるが、廃炉作業でのトラブルは、死に直結する。廃炉委員会に来てから、トラブル発生時の思考、訓練を十分に積んでいるが、例えば、自分が装着している新型防護服が、その機能を急遽、喪失した場合、焦らず、慌てず、訓練を受けたマニュアル通りに対処できるか、一抹の不安が残る。残り2週間の訓練は、万一のトラブル発生時でも、平常時の気持ちを失わないための訓練期間だと自分で決心し、訓練に臨むことにした。

 いつも通りの土日を過ごし、私は、第3週目の高次機能訓練に臨んだ。私だけでなく、鈴木と岡本も思う所があったらしく、3週目の高次機能訓練は、何処となく緊張感が漂っていた。日高は、その雰囲気を敏感に感じたらしく、金曜日の高次機能訓練の終了後、我々に、

「もうすぐ実際に廃炉作業を行ってもらいますが、いきなり、皆さんの作業量の負荷を上げることはありません。まずは、デブリのある位置まで安全に移動する所から、廃炉作業を始めようと、委員会サイドも考えています。あまり緊張しすぎないで下さい。」

と伝えた。我々は、

「はい。」

とだけ応えた。金曜のVR訓練も問題なく終了し、我々Xチームは、今週も残業なしで、訓練を終えた。3人で同じ巡回バスに乗り、廃炉委員会から宿舎に戻る。ふと、鈴木から、

「もうすぐ、本格的な廃炉作業が始まるね。」

と私と岡本に声が掛かった。私は、

「最低限の安全管理をして、出たとこ勝負だね。」

と応え、岡本は、

「あまり考え過ぎても、体に毒だよ。」

と応えた。鈴木は、

「そうだね。」

と応え、そこから会話が無くなってしまった。我々は宿舎に到着し、自動販売機の前で挨拶をして別れた。私は、廃炉作業に向けて、多少の緊張感はあったものの、考えても時間は過ぎるので、深く考え過ぎないように注意して、週末、土日を過ごす事にした。廃炉委員会に来てから、これまでとできるだけ同じような週末を過ごし、土日を過ごした。頭の片隅では、廃炉作業でのトラブル対策のシミュレーションをしている自分がいることを自覚しつつも、あまりそのことに囚われ過ぎないように注意して、土日を過ごした。最終訓練の第4週目が始まる日曜日の夜、私は、いつもと同じように明日の支度をして、いつもと同じ時間に床に就いた。廃炉作業のトラブル対策が気になっていたはずだが、私は、いつの間にか寝ていた。

 廃炉委員会での訓練の最終週である、第4週がやってきた。私は、気負うこと無く、これまでと同じ時間に起き、同じ支度をして、同じ巡回バスに乗って、廃炉委員会に向かった。巡回バスが廃炉委員会に到着し、私は、いつもと同じように、高次機能訓練室のロッカー室に向かう。程なくして、鈴木と岡本、日高が集合し、第4週の高次機能訓練が開始された。第4週は、これまでの訓練の総復習と、トラブル発生時の対応に焦点が当てられた。総復習に関しては、我々は無難に訓練をこなした。トラブル発生時の対応に関して、日高は、

「トラブルが発生した場合は、とにかく慌てないこと。一旦、深呼吸をして、現状把握から開始して下さい。」

と、我々に伝えた。我々は、

「はい。」

と応え、トラブル対応の訓練を行った。日高が無線でランダムに伝達するトラブルを、座学で学んだ、トラブルシューティング通りに対応し、トラブルの収束を図る。新型防護服には、最終手段として、放射線量の高い区域から脱出するために新型防護服ごと垂直移動させる、脱出ボタンが付属されているが、今回、そのボタンを押すトラブルは、日高の口から私に伝達されなかった。鈴木と岡本も、新型防護服を身に着け、トラブル対応の訓練を行う。我々は、トラブル対応訓練においても、適切に対応し、無事、高次機能訓練をやり遂げた。訓練終了後、日高から、

「皆さん、よくトラブルに対応できていたと思います。本番の廃炉作業で、同様の事が発生しないことが一番いいことですが、万が一、トラブルに遭遇した場合は、これまでの訓練を思い出し、落ち着いて対応して下さい。」

と我々にコメントがあった。我々は、

「はい。」

と応え、高次機能訓練は終了となった。VR訓練でも、同じく、トラブル対応の訓練を繰り返し行い、トラブル発生時、慌てない事を日高から刷り込みのように伝達された。我々は、3ヶ月の訓練期間を、無事終了した。

 最終日は、全体の訓練が2時間早く終るようにプログラムされており、我々は、訓練終了後、訓練室に集められた。このメンバーが全員訓練室に揃うのは、座学が終了した、2ヶ月前が最後だ。我々は、誰から勧められる訳でもなく、座学の時と同じ席に腰を下ろした。全員が着席するのを確認すると、教育係だった渋谷が、

「皆さん、廃炉委員会に来てから3ヶ月、座学と実地訓練、お疲れ様でした。皆さんには、来週から、3号機の廃炉作業に実際に取り組んでもらいます。皆さんご承知の通り、これから行う廃炉作業は、前例のない作業になります。廃炉作業のメインは、デブリの取り出しですが、3号機の現状を、これから皆さんと共有したいと思います。」

と、相変わらずの几帳面な話し方で、我々に宣言した。その後、我々は、3号機の廃炉責任者から、3号機の現状について、スライドや動画を駆使した説明を受けた。説明を要約すると、3号機は、1号機、2号機程の損壊は見られないものの、本来、制御棒がある位置にデブリが確認されるため、そのデブリを人海戦術で取り除くことが、我々の今回のミッションのようだ。VR訓練等で、デブリの切り出しは皮膚感覚で持っているが、1回の切り出しで可能なのは、せいぜい、人間の両手で持てるレベルのデブリの切り出しであり、これを人海戦術で行うとなると、途方もない時間がかかるのでは、と私は推測した。廃炉責任者も私の疑念に勘付いた様で、説明の終わりの方で、実際の廃炉作業のシフト表を提示してくれた。これまでのX、Y、W、Zのチーム分けを踏襲し、最初はXチームとWチーム、次にYチームとZチームが、隊列を組んで廃炉作業を行う様だ。Xチームを例に説明すると、Xチームは最初の3時間、Wチームと組んで、廃炉作業を行う。3時間の内訳は、1人45分、新型防護服を着用して廃炉作業を行い、15分間で次の作業員と交代、2人目が45分の廃炉作業を行い、15分間で3人目の作業員と交代、3人目が45分の廃炉作業を行うという流れだ。新型防護服は、人数分の3倍用意されているので、防護服の交換に関しては、心配いらない、と廃炉責任者から説明があった。Xチームが3時間の廃炉作業を終えた後、YチームとZチームが廃炉作業を行い、その間、XチームとWチームは、休憩となり、食事をしたり、待機室で休憩をして、3時間が過ぎるのを待つ。これを2セット行い、1日の廃炉作業が終了する。XチームとWチーム、YチームとZチームのセットは変わらないが、チームによって、帰宅時間が最大3時間異なる不公平感をなくすため、次の日は、YチームとZチームから廃炉作業に着手する、とも廃炉責任者から説明があった。私は、廃炉責任者からの説明を聞き、とうとう、この時が来たかと、少し背筋が寒くなるのを覚えた。廃炉委員会に来てから3ヶ月、座学と訓練で、それなりに覚悟は決めた気持ちになったが、実際のシフト表を見て、シフトに関する説明を受けると、流石に、色々な事が現実味を帯びてきた。他のメンバーも私と同じ気持ちだったらしく、廃炉責任者からの質疑応答の際、質問する者はおらず、金蓮室には緊張感が漂っていた。最後に、廃炉責任者は、

「廃炉作業は未知な部分も多いため、まずは安全第一で作業を進めます。廃炉作業中、少しでも不安や疑問点があれば、無線で連絡し、責任者から指示を受けて下さい。決して、独断で行動しないようにお願いします。」

と我々に伝えた。我々は、

「はい。」

と応えた。最後に渋谷から、来週は、本番の廃炉作業に着手するが、全員、訓練室に出勤するよう、伝達があり、その日は、定時で解散となった。

 我々は、帰りの巡回バスに全員揃って乗り、宿舎に向かった。私は、鈴木の隣に座ったが、鈴木の顔色が優れなかった。周りのメンバーを確認したが、全員、思い悩んだ顔をしており、その場の空気は重かった。私も、気付いたら、廃炉作業の手順等を自分の頭の中でシミュレーションしていて、思わず頭を振って、現実に戻る事を繰り返していた。週末で楽しい時間帯のはずだが、はしゃぐ者は誰一人おらず、宿舎に着くまで、誰一人、話出す者はいなかった。巡回バスを降り、宿舎に着き、我々は、自然発生的に挨拶をして、それぞれの部屋に戻った。私は、自室に戻り、部屋着に着替え、食堂で夕食を採った。来週の廃炉作業が気になっているのか、私は、夕食の味を感じる事ができず、出された物を咀嚼して胃に流し込んだ。この後、予定もないので、自室に戻り、廃炉委員会に来てからこれまでの出来事を振り返った。見ず知らずの人間が訓練室に集合し、お互い探りを入れながら受けた座学。チームに分かれて行った、現場実習、VR訓練、高次機能訓練。それぞれ密接に関わり合いながら、私は廃炉に関する知識と技能を手に入れていった。しかし、実際の廃炉作業となった時、99.9%放射性物質を除去できる新型防護服を着用しているとは言え、トラブル発生時に、冷静に、客観的に現状を把握し、被曝のリスクを最小限にして、放射線量が高い区域から脱出できるかどうか、自分に自信が持てなかった。堂々巡りの思考を3回ほど繰り返した後、これは実際に廃炉作業を行ってみないと、判断がつかない、という所に落ち着き、私はその日は床についた。

 実際の廃炉作業前の最終の週末を迎えたが、私の気持ちは晴れやかにはならなかった。何をしていても、廃炉作業でトラブルが発生した時、どうするべきかを考えてしまい、思考がループした。それでも土曜は、何とか酒の力を借りて、眠りについた。ただ、日曜日は、翌日からの廃炉作業を考慮して、酒を飲むことを控えた。やはり思考のループは終わることはない。夜になり、部屋の窓から外を眺めてみた。すると、澄んだ寒空の中、月が地面を照らしていた。こんな穏やかな風景に気付くのに、私は廃炉委員会に来てから、3ヶ月かかった。月明かりに照らされた風景を見ていると、気持ちが自然と落ち着いていくのを自覚し、私は、明日の廃炉作業は出たとこ勝負、とようやく肝が座った。その日は、そのまま床に就いた。

実際の廃炉作業に着手する月曜日の朝、私はいつもと同じ時刻に起きた。前の日まで思い悩んでいたのが嘘のように、私の気持ちは整理されていて、廃炉作業に関する不安は消え去っていた。その気持ちの切り替わりに、自分でも驚きながら、いつもの朝食を採り、出かける準備をして、巡回バスに乗り、廃炉委員会に向かう。巡回バスの中の作業員は、やはり死んだ目をしていたが、少なくとも今日は、そんなことに構ってはいられなかった。巡回バスが廃炉委員会に止まり、私はバスを降りる。そして渋谷の指示通り、訓練室に向かい、いつもの席に座った。程なくして、他のメンバーと、渋谷を含む、廃炉委員会の職員が揃い、簡単な朝礼が行われた。朝礼といっても、今日の廃炉作業のグループの順番を確認したことと、安全確認、安全第一で廃炉作業を行う事を確認しただけだった。私の所属するXチームとWチームは、これから廃炉作業にあたる。鈴木と岡本に相談し、私が一番最初に廃炉作業に取り掛かることになった。XチームとWチームの面々と3号機の廃炉責任者が、一足先に新型防護服のある設備まで移動する。移動している間も、私に緊張は無かった。新型防護服のある設備は放射線管理区域とは異なるルートで設置されたらしい。我々はこれまでの訓練では立ち入ったことのないルートを移動する。10分程移動して、新型防護服のある設備に到着した。廃炉責任者の掛け声と共に、私とWチームのもう1人が、ウェットスーツのような物に着替え、新型防護服のある部屋に向かった。新型防護服は、何度か放射線量の高い所に行ったことがあるそうだが、除染済みである、と廃炉責任者から聞いていた。私は、訓練と同じ様に右手にあるボタンを押し、新型防護服を開け、体を滑り込ませる。新型防護服が閉まると、視界は訓練時と同じだった。廃炉責任者の無線の声に従い、新型防護服を着用したまま、原子炉内を移動し、放射線量の高い区域に到着する。この区域は、放射線量が高く、通常装備では入域が困難なため、30年前から変化がなく、土砂や金属類が散乱していた。私は、想定内と思いながら、気にせず前に歩を進める。どうやら、原子炉を冷やすための冷却水が流れている、今回の廃炉作業の地点に到着したようだ。あたりは新型防護服が照らす水面以外は薄暗く、水の流れる音だけが、静寂を邪魔している。私は、無線の声を聞きながら、意を決して、高濃度に汚染されていると予想される冷却水の中に身を投じた。


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