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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第一章『魔女に支配される世界』
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『ワカバを連れて①』

 

 あの魔女が逃げてから、リディアスは大きく揺れている。

 病に伏していた第二王子グラディールが崩御した。病状悪化からその死までは本当にあっけなかった。しかし、だからと言って、現状何かが変わったのかと言われると、特に何も変わっていない。

 また少し、アイルゴットが血迷って、逃亡魔女の褒賞金を釣り上げただけだ。

 一千万ニード。

 世界共通の価値を持つ金貨なら五枚ほど。


 キラはオリーブとゴルザムの間にある砂漠の無人の駅に立って、似ても似つかぬ魔女の手配書を眺めていた。

 ワカバはこんな風に人を睨まない。

 ふと何かを考えるように空を見上げ、ふと、立ち止まり首を傾げている。どこか不安そうに辺りを見回し、マーサを見つけると、足を速めその背に隠れるようにして寄り添う。

 キラが見た最後のワカバは、そんな雰囲気を持っていた。

 髪を二つに分けて不器用に三つ編みにされた長い髪は、マーサが編んだのだろう。買い物籠を持ち、ぴったりとマーサについて行くその姿を見ていると、本当にマーサの小さな娘にも思えたくらいだ。

 しかし、キラはそんな彼女に、一度、見つかった。


 太陽の下にある新緑色は、恐ろしく綺麗で、全てを見破られてしまうような怖さがあった。しかし、それもキラの勘違いだったのだろう。キラはいつも通り、気配を消して、そこに立っていたのだから、見つかるわけがないのだ。そして、案の定、ワカバはキラに気付くことなく、やはりマーサの背を追いかけていった。


 そう、ワカバという魔女は、魔女を探そうという者には見つけられにくい。


 砂漠の中に落ちた宝石を探すように、見つけようと思って見つかるものではない。彼女の癖を知り、彼女の行動を把握し、彼女を知っていなければ、きっと見つけられない。

 熱風が吹く、砂漠の空を見上げる。リディアスの領土のほとんどはその砂漠に覆われている。これは、リディアがディアトーラにあるときわの森に捕らえられているからだと言われている。

 だから、リディアスは本懐を遂げるために、ときわの森への魔女狩りを行ったのだ。


 しかし、あれはリディアスにとって成功だったとは言えない。


 初めて、銀の剣の勇者が魔女に殺されたのだから……。いや、あれはあのラルーが仕組んだ何かなのではないだろうか。

 あの魔女はいったいどこへ消えたのだろう。

 ワカバを逃がし、何をしたかったのだろう。

 こちらの答えも砂漠の中だ。

 全てが砂漠の熱気と砂海の中にあるようだった。


 そろそろ列車が到着する頃だ。遠くにある黄色い靄がひときわ色を深めていく。それを見つめたキラは、手にあった手配書を破り棄てる。

 こんな手配書、なんの役にも立たないのだ。


 あっても意味がない。


 熱風と共にキラの目の前に止まった列車の扉が開くと、その車内からは冷たい空気が流れてくる。これも、リディアスの不思議な力のひとつ。

 リディアスは研究所の中にある、わずかな技術を少しだけ民に分け与えるのだ。何を分け与えるのかは、その時代の王によって違う。


 先代の王アナケラスはリディアス国内の列車の整備をした。

 当代の王アイルゴットは、ゴルザムに大きな図書宮殿を造り、主要都市にも小さな図書館を造った。


 天啓を得た王達には、それぞれの役目があるというが、その役目を知る民は誰もいない。

 キラは、その内のひとつである恩恵を受けながら、体の熱を冷ましていく。座席は進行方向を向いている。キラはその背後からひとつひとつ、その列を確かめてワカバを探しているのだ。

 マーサを考えながら。


 きっと、ワカバをひとりで駅に遣ったはずだ。しかし、それほど長く待たせるわけがない。進行方向先頭車両は、駅の入り口から遠い。ワカバの足の速さから考えれば、中央よりも後方。

 そして、ワカバを考える。

 おそらく、先頭辺りの方向表示の前に立つ。そして、扉が開けば、マーサに言われた通りに乗り込むのだろう。

 どこに座るのかまでは分からないが、通路側ではなく窓側に座っていそうだ。


 ただ、良い意味でキラに注目が浴びているということも確かだった。普段乗客などいないような、無人の駅からの乗客だ。不思議に思ったのだろう。数名が振り向き、囁くような声も聞こえてきた。

 車両内の緊張感がキラへと向かい、移る。おそらく、もしかしたらと目を付けた賞金稼ぎからの緊張感が、先頭車両にあったのだ。

 おそらく、十中八九、この車両にワカバが乗っているのだろう。

 そして、案の定、そんな緊張感などまったく感じていないワカバを見つけた。


 ☆


 ワカバはぼんやりと代わり映えのしない景色を眺めていた。

 ずっと砂。

 だけど少し面白い。大きな山があって小さな山があって。

 あの中にも小さな生き物がいて、人間も生きていて。

 人間は、町というものを作っていて。


 今、ワカバはその砂漠の先にある町オリーブに向かっている。

 キラがそこにいて、ワカバを待っているのだそう。


 マーサが深い緑色のワンピースを着せてくれた。これは、ラルーの瞳の色に似ている。マーサもラルーを知っていたのだろうか? そんなことを考えながら、やっぱり持たせてくれたポシェットを眺める。

 このポシェットの色は砂漠の色に似ている。そう言えば、キラの髪の毛も同じような色をしていた。ほんの少し赤みを帯びた金色。

 ワカバは自分の肩口に流れる髪に視線を移す。


 ワカバの髪は木の幹のような茶色。長かった髪は、出発の前にマーサによってバッサリと肩口で切りそろられたのだ。

 もちろん、それは手配書のワカバから少しでも遠ざからせるための手立てなのだが、もちろん、ワカバは知らない。


「暑いから切っちゃいましょうね」

 を、ただ信じている。


 ラルーは綺麗なラベンダー色。波打つように背中に流されることもある、そんな髪は一つにまとめられていることが多かった。


 そして、ワカバの日課は忘れないこと。どうしてそれをするのかは分からないが、忘れてはいけない気がするのだ。

 ポシェットの中には金色のお金が一枚と、銀色のお金が十枚と、飴色のお金がたくさん。まとめて小さな巾着に入ってある。それから、薬作りが出来るようにと、すり鉢とすりこ木。手布とあの御守りと。……。


「ここ、空いてる?」


 声をかけられて、そちらを見ると、たぶん、キラがいた。

 たぶん……。蒼い瞳に赤みを帯びた金色。

 たぶん、オリーブにいるはずの、キラだと思う。


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