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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第三章『望まれた世界』

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『薄れゆく記憶の中で①』


 トーラには娘が三人いた。一人はアナ。トーラがまだ人間だった頃の娘である。そして、トーラが魔女となった後に生まれた双子のルタとルカ。

 その一人、ルカが、ルタに言った言葉がある。

「ルタは優しいから魔女を選んだのよ」

 ルタは未だにルカの言ったその言葉の意味がよく分かっていない。ルカの方が穏やかで人当たりがよく、人間によく馴染んでいた。だから、ルカは人間として生きたのだ。優しいのはルカの方だ。

 だから、魔女を守るような国を建てたのだ。

 優しいのは、ルカの方。


 ラルーはときわの森のリディアの大樹の樹皮にそっと手を添える。

「新たなトーラが生まれましたわ」

 ラルーが話しかけている相手は、リディアの化身であるリリアだ。

「お願いに上がりました。あなたの『世界』にも関係あることですわ」

 本来ならば、ラルーなど眼中にないくらいに大きな存在である。

 ふわりと風が光を集める。

 金の粒子が、人を象る。


 深い緑の瞳は、ラルーと同じ。しかし、形を取ればほんの幼い少女の彼女。おそらく、トーラがリディアの心臓を掴んだことで、リディア自身が生み出せる者も小さくなったのだろう。そして、その思考はやはり見た目どおり幼い。だから、ラルーにも人懐こく姿を見せるのだ。


「そうなの?」

「えぇ、だから、一つお願いを頼まれてくださいませんか?」


 そんなリリアだから、ラルーは素直に言葉を発し、期待せず、彼女に希望の一つを託した。

「分かったのっ」

 リリアが満面の笑みを見せ、楽しそうに了承した。


 幼いリリアは、楽しいことにしか興味を示さない。あてにしてはならない。しかし、ワカバに対抗出来る力を有する者は、彼女しかいない。

 閑かになった森の中、ラルーは再び人間の領域へと、足を向けた。


 ☆


 大型魔獣が口を開けて待っている。ときわの森はそんな場所だった。しかし、キラはそこで何度も迷い、何度もその森から吐き出されていた。

 もし、ワカバが生きているのだとすれば、ときわの森にいるのではないだろうか。

 そんな風に思うまでに、時間はかからなかった。


 ワカバは元いた場所に戻りたがるのだ。

 本来、ワカバがいた場所は、ときわの森の魔女の村。

 ちょうど森の中心辺りにある大樹を越えて、幾重にも曲がる獣道を通り抜けた場所に、魔女の村は存在するはずだった。

 しかし、魔女の村どころか、大樹にも辿り着かない。彷徨えば、吐き出される。

 そんな繰り返しをしている間にも、人々の記憶は変化していった。


 キラがここに辿り着いた時、イルイダはまだいたのだ。

 姿は見ていない。そもそも、領主だ。町の中を易々と歩くはずはない。

 しかし、ディアトーラの人々の中には、彼女が確かに存在していた。

 それから、リディアス城にラルーと思しきものが現れた。そんな噂を風に聞くようになった。銀の剣を持つ容姿端麗な女。勇者が現れたのではないかというものだ。

 どこにいるかも分からないワカバを討つ勇者の、その姿は、しかし、ラルーのものとは違っていた。


 黒髪に黒目の女性。


 銀の剣はラルーが持っていたはずだ。

 その辺りにディアトーラ領主の後妻という女も現れている。こちらも姿はない。

 後妻には娘がひとりおり、イルイダとも腹違いの妹となっていた。

 まさか、もう一つの世界が紡ぎ出されて……。

 

 その異母妹の容姿は黒髪黒目。

 

 そして、とうとう、姉イルイダが人々の記憶から消えてしまったのだ。代わりに現れたものが、留学先から帰ってきたその嫡男だった。


 名前は、そう……ルオディックだ。


 領主館の扉を叩く。キラは満身創痍だった。何をしても変わらない。どうすれば、いいのか分からなくなっていた。

 扉の向こうに現れたのは、黒髪黒目の女。

 イルイダとその母マイラの特徴ももつ、ミスティという女だった。

「いらっしゃい」

 しかし、彼女から受ける印象は、どこかラルーに似ていた。何を考えているのか分からない。何を見ているのかも分からない。そんな『魔女』の印象だ。

「ご名答、と言っておきましょう」

 ミスティはそう言った後、白い顔をそのままキラに向け、微笑んだ。


「そうね、あなたの望みを忘れないこと。それだけを覚えておくといいわ」


 望み……。

 言葉としてそれを発したかどうかは覚えていない。

「そうよ。人間は今を変えるもの。魔女が変えられるのは、過去なのだから」

 ただ、そこでキラの記憶は一度途切れてしまったのだ。


 夢の中、キラは再びときわの森を彷徨っていた。

 いや、これは、以前から見ている夢。

 幼いルオディックが泣きながら歩いている。

 違ったことがあるとすれば、魔女の顔が見えなかったこと。

 そして、彼が喋ったこと。

「お母さんは?」と。

 魔女が静かに指を指し示した。


「この道を進みなさい。きっと会えるわ」


 太陽の光で目が覚めた。

 柔らかなベッドに羽毛布団。分厚いカーテンの掛かった窓。それなのに、差し込んでくる冷気。

 忘れていた感覚が、妙にしっくりくる。

 ぼんやりとする頭が、はっきりと目覚めを覚え、キラは慌てて頭を振っていた。

 なかった記憶が……ある気がした。それは、『キラ』が確実に『ルオディック』に近づいていることを意味している。


 扉が叩かれた。あれは、玄関の扉が叩かれた音だ。玄関にはディアトーラの紋章である百足を模したノッカーがあるのだ。それが叩かれた。

 この領主館では、町に住む者があぁやって扉を叩くことがあるのだ。


 人見知りの強いディアトーラ。

 旅の者が現れた。

 病の者がある。

 収穫が良すぎて恐ろしい。


 そう、彼らの行動のすべては魔女の恐れにつながっている。

 旅の者は魔女ではない。だから、領主館に連れてくるように。

 その病は呪いではない。だから、医者を頼るように。

 いつもよりも収穫があるのであれば、領主館内にある教会で懺悔をしてもらう。

 ディアトーラの者たちは、日々の変化を異常に恐れているのだ。


 それは、領主の心得にも書かれてあることで……。


 そうだ、キラはそれを知っているはずがない。

 どうしてそんなことを知っているのか。

 もちろん、ここで十五年生きていた経験則とも言えるが、領主の心得に書いてあることを知っているはずがない。あれは、領主と立った者、もしくは、その跡目と決定された者しか読めない書だ。


 ディアトーラに着いてから、キラの記憶はこんな風に塗り替えられている。ディアトーラの人々が魔女を恐れることを、キラは正せない事実として、今、現在進行形で被っているのだ。


 どうせなら、……。

 すべてを忘れてしまえば楽になるのに。


 しかし、それは、ワカバを忘れるということと同意であることでもあった。


 もう一度扉が叩かれる。

 誰も対応していないのかもしれない。あの女は、対応しないのだろうか。

 堅苦しい上着を羽織り、客人を迎えるために扉の外に出た。

 まるで、それが当たり前のようにして。

 領主館にはミスティと、ミラが住んでいる。

 いつから住んでいたのかは、よく分からないが、キラが民に尋ねたら、こう答えられた。


「あぁ、あの女は奥さまがいらっしゃらなくなった後、ここに。娘の方は五歳になるはず」


 キラの中にはない事実だ。その口調からはあまりよく思われていないらしいことが、察せられた。

 ミラが生まれたのは、要するに父の死ぬ前となる。キラだって、ここにいた。ランドから聞いていた話とも合わない。やはり、記憶の強さが関係しているのかもしれない。しかし、そんな民達がイルイダのことを思い出すことは、もうなかった。

 ここに来た頃は、こう言われていたのに。


「父を殺したのは魔女の娘であるイルイダだ」と。


 それだって。

 ……。

 いや、閉じられた国、ディアトーラ内でなら言われていたのかもしれない。ディアトーラを出ていたキラの耳に届かなかっただけで。

 だが、今はそんな噂すらない。


 存在を消した姉に、存在を現わした妹のミラことミランダ。


 キラの記憶には、その両方が存在しており、両方が同じ記憶の中に存在しない。

 そう、イルイダのいる食卓にはミラはいないし、ミラのいる食卓には、イルイダがいないのだ。

 同じことは、違う黒髪黒目の腹違いの女兄弟がいたということのみ。


 ノッカーがもう一度鳴る。大きな玄関扉の内側で、その扉を見上げるミランダがいた。キラに気づくと、その道を譲り、無言のまま開けろとでも言っているかのように、キラを見上げていた。

「……」

 キラも無言でその扉を開く。

 民はキラを見るなり、当たり前のようにしてルオディックに懇願する。

「あぁ、ルオディック様。領主様にお伝えください……」と。


 民の言う現領主は姉のイルイダではなく、父であり、死んでいるはずの『ビスコッティ』だった。


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