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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『世界は徐々に壊れていく④』

 今、キラはひとりで聖書を読んでいた。

 別に懺悔のために読んでいたのではない。もちろん、ランドに言われたからでもない。

 ただ、キラの知る聖書の内容と別のことが書かれてはいないかと思い、読んでいたのだ。

 

 だから、安心を求めるために内容の変わらない聖書を、キラは読んでいたのかもしれない。


 ランドは『銀の剣の勇者』は現れていないと言っていた。ラルーも姿を消したままだと。銀の剣を運ぶ魔女が、キラが思うようにラルーであるのであれば、銀の剣を持つ権利を持つのは、彼女自身。もしくは、キラとなる。ラルー自身がそう言っていたのだから、間違いないのだろう。

 どちらにしても、受け入れ難いことは確かだった。

 だから、反対勢力であるリディア神についてを読みたくなったのかもしれない。


 キラが聖書を読み終える頃合いを見計らうようにして、あの先輩衛兵がキラの私物を持ってやってきて、今は釈放のために塀の外へ向かっている。先導するのは引き続き、あの先輩衛兵だ。


 ふたりはリディアス国立研究所と城を囲む石回廊を無言で歩き続けていた。特別仲がよかったわけでもなく、特別におしゃべりでもないふたりには話すことなどなかった。ふたりは、ここでの役割を果たしているだけ。

 キラは刑期を終えた囚人として、衛兵はそれを見届ける者として。

 だから、キラは自分の思考の中にいた。


 ルオディックの願いを覚えている……ワカバはそう言っていた。


 しかし、ワカバはその願いを叶えてはいない。それは、キラ自身が一番よく分かっていた。キラの記憶はまだそれが真実だと、キラに知らせてくるのだから。キラの願いを叶えるためにワカバが消える必要などない。キラの望みは、自身で叶えていたのだから。魔女に叶えてもらう必要など、もとよりないのだ。


 ディアトーラで畏れられている『トーラ』という魔女は、確かに過去を描き変える。しかし、人間の望みを叶える魔女である。ワカバもおそらく、人間の望みに寄り添って過去を変えているはずなのだ。誰かが望まなければ、過去は変えられないはずなのだ。

 そして、今度はときわの森にあるリディア神を考えた。


 ランドが読むように言ったリディアスの聖書には、リディア神の歴史が一項目にある。

 大樹をリディア神と崇めるだけあり、リディアは、自然にある力を有する神である。そして、リディアが生まれたその理由は、トーラを滅ぼすためであると記されている。


『かつてこの地に大樹あり。世に蔓延る悪を鎮めるために根を下ろされ給う』


 聖書で言われる『この地』はディアトーラのときわの森を、『悪』はもちろんトーラを指しているのだ。実際、歴史上にディアトーラがリディアスに制圧されていたことも、逆もない。だから、これは創作にすぎないのだが、ディアトーラがリディアスに狙われる理由もここにあった。


 ときわの森に思考が寄ると、再びキラは現実に戻った。

 姉はどうなったのだろう。彼女は母が守って欲しいと願った実子だ。

 あの魔女狩りの後、唯一残ったクロノプスだ。

 攻め入る口実に自分が使われる可能性をキラはずっと恐れていた。ジャックとしての過去を排除したのだとしても、ワカバがキラの望みを覚えているのであれば、『姉を守れ』は有効のはず。

 そう思いたいのは、自分勝手な思考なのか。だから、ランドの言葉がキラの脳裏に過ぎるのだ。


『あなたが傭兵志願をした時に、ご両親は反対をしたのでしょう。卒業から数ヶ月、了承の印は遅れています』


 生きているわけがないのだ。しかし、もし生きていたのなら、もちろん、反対の意を示しただろう。そして、生きているのならば、彼らは今、どのような立場で存在しているのか。

 どうして、ランドの口から、現領主として立っていたはずの姉の様子が語られなかったのだろう。例え、父が生きていて、姉が領主ではないにしろ、一言くらいあって然るべきだと、キラには思えた。


『ただ、これは単にあなたがここの傭兵として過ごした期間を合わせるためだけに用意された、ズレなのかもしれません』


 過渡期だとか、ズレだとか。ワカバが変える過去の終着はどこにあるのだろう。

 キラの思考は現状と過去を、魔女と聖書を行き来する。


 ときわの森にあるリディアの大樹。聖書の中では御神体とされているもの。枝葉を広げるその大樹の向こうには、魔女の住む村があった。

 そこは、相反する者が同時に存在する森だった。

 リディアスはこう解釈している。


『魔女を封じるために、そこにおわすは、体を奪われたリディア様」

 ディアトーラでは、どうだっただろう。いや、ディアトーラでは、特段誰かを怨敵とするなどないのだ。

『リディア様は、その身に魔女を封じ世界を守っておられます』


 だが、キラはその御神体の許で、魔女に出会った。ワカバと同じ瞳の色をした魔女と。いや、トーラとして存在していたワカバと。その身に魔女など封じていない。


『あぁ、偉大なる我が母御前(ははごぜ)。どうかその御子達を守る力を我らに与えたまえ』


 リディアス王家は、そのリディア神の子孫だとされている。だから、彼女に力を賜ろうと願うのだ。

 だから、幼いルオディックも、トーラに願いたかったのだ。

「お姉ちゃんを守って欲しい」と伝えたかった。

 あの夢はそんなルオディックの、深層心理が見せるもの。

 夢の中にあるあいつは、……。


 夢……?


 何かが引っかかる。あの夢は、母の願いを聞く以前から見ていたものだ。そして、キラは夢の中でしかあの魔女に出会っていない。


 そうだ、出会ったのは、『キラ』ではない。

 ディアトーラのあいつは、何を願った? トーラの系譜だとも言われるクロノプスの幼子は。

 幼い頃の夢で出会う、まだ幼い泣き虫な自分自身は。

 思わず焦燥に駆られる。


 ワカバが最期に言った言葉が……。

『ルオディックの願いを覚えているの』

 おれは、何を願ったんだ?

 願ったのだとすれば、姉を守ること……のはずだった。

 腕の傷は消えたままだ。

 ここにあった傷は父につけられたものだった。浅はかなキラが姉を守るために剣を取ったのだ。

 傷がないということは、父は、……。

 この腕の傷を治したのは、確実にワカバだ。

 ワカバが本当に過去を変化させるとされる魔女だったのならば……。

 ふとラルーの言葉が脳裏の甦る。

『あなたにも権利がありそうですから』

 いや、おれは、……。


「本当に悪かった、おれがあの時」

 先輩衛兵の声に、塀の出口まで来ていることにキラは気がついた。

「いえ、これはおれが選んだ結果です。どうか、気にしないでください」

「お前の将来をもっと真剣に考えてやっていれば……」

 違うのだ。キラは望み通りにここに侵入し、ここを裏切るために存在していたのだ。しかし、その過去すら今はない。


 ―――銀の剣の勇者のみが、魔女の記憶を背負っている。


「違います。だからどうか。どうか頭を上げてください」


 しかし、キラは銀の剣は受け取っていない。勇者は『キラ』ではないのだ。しかし、キラは、……ワカバと出会った後のキラは、『ルオディック』だったのではないだろうか。

 何度も『キラ』ではなかったら、と思ったのではなかったか?

 違うのだ。キラは望んで、この道を歩いた。自分で選んだのだ。もちろん、ワカバのことを忘れたいとも思わない。消したいとも思っていない。

 しかし、だから、ラルーは権利があるなんて言ったのだろうか?

 姉の死を願ったことはない。マイラの娘であるイルイダが殺されないように、必死に考えた結果なのだ。それ自身を否定したくはなかった。


 ワカバと出会ったリディアスの塀の外。私物を抱えたキラは、頭を下げたままの先輩衛兵を振り切り、あの時と同じように歩いていた。前方からはリディアスの衛兵が、夕日を背負って歩いてきている。見回りをしているのだ。

 足掻くように赤く染まった夕日が、沈むばかりの光を与えようとしているのだ。

 絶望に向かう朱い光を。

 いつかその光に呑み込まれ、都合の悪い過去までも忘れてしまうのだろうか。


 衛兵は、そんなキラを気に留めることなく、行く先にある夕闇にすら気づいていないかのようにして、キラとすれ違った。

 過去を止める権利があるというのなら、もしかしたら、足掻くような光を掴むことも出来るのだろうか。

 癖のように右上腕を擦ったキラは、その右腕をそのまま掴んだ。


 忘れるべきではないのだ。

 『キラ』はこの罪とともに生きると決めたのだから。

 これが、キラの生きた人生なのだから。



 キラは沈んだ後も光を遺す太陽を追いかけるようにして、リディアスを後にした。

 誰かが消える必要などない。


 しかし、彼はマイラの言葉の本当の恐ろしさには、まだ気づけていない。

『本当に怖いのは時の遺児として生まれたトーラではなく、どの時にも存在することのなかった存在がトーラを持つこと』

 キラの背が見えなくなった頃、朱い光が、彼を追うようにして地平線に呑み込まれた。


第二章『魔女が望む世界』了

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― 新着の感想 ―
キラがついに釈放となる中で、彼の心の中を過ぎる様々な思索と想いが迫るように伝わってきました。 『トーラ』を畏れ、神と崇めるディアトーラと、聖書に描かれた大樹を、トーラを滅ぼすため生まれたリディア神と…
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