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『世界は徐々に壊れていく①』

 ランドはかつての上司、ラルーの言葉を思い出しながら回転椅子に座っていた。


 魔女が飛び下りた。

 行方は分からない。


 現実的に考えれば、あの高さから落ちて生きているはずはない。しかし、ワカバのその姿はどんな形であれ、見つかっていない。

 例えば、彼女が『トーラ』という魔女であるのなら。

 生きていてもおかしくないのだろうか。


 しかし、『あの子は人間と変わりません』と、かつてラルーが言っていた。

 そして『この世界はあの子が生きるために作られたもの。少なくとも、あの子を殺せば、今流れる時間は崩壊するでしょうね』とも。

 その世界がまだ壊れていないということは、ワカバは生きているのだろうか。

 ラルーは世界を守るためにワカバをここから逃がしたのだろうか。

 ただ、世界を守るというそれが、ワカバを逃がす理由とは思えなかったのは確かだ。もっと、他に。ラルーなら何か別の企みを持っていてもおかしくない。現に彼女はこうも言っていた。


「この世界を滅びへと導こうとしたのは、誰でもなくわたくしですわよ」と。


 ただ、状況の違う場面で伝えられたラルーの言葉を並べただけではある。

 しかし、ワカバが消えることも彼女の描いた未来のひとつだったのだろうか。

 いや、ラルーとは、銀の剣をリディアスにもたらす魔女である。現にあの魔女狩りにおいて『銀の剣』をもたらし、魔女狩りを決行したのは彼女だ。

 それなのに、彼女は『ワカバ』の保護を謳った。


 矛盾だらけなのだ。


 そして、血も涙もないと言われるかつての上司を思い出しながら、回転椅子をくるりと回す。

 どこか変化しているようで、変化していない景色をランドは眺めた。

 ランドから見たラルーは、血も涙もないとは言えない。気持ちの優しい女性とまでは言えないが、少なくとも長官として誠実な対応を心掛けていたように思う。

 実際、そうだ。この伏魔殿のような研究所内で、一番言葉に嘘がなく、信頼出来る人間だとランドは思っていたのだから。

 だから、なにか、もっと。もっと単純明快な理由があるのかもしれない。


 例えば、絆されたというような。そういう面で言えば、ワカバは誰よりも魔女であるように思えてならないのだから。


 ワカバがあの崖から飛び下りて以降、少しずつ職員たちの会話が食い違うことが多くなってきている。

 些細なことから始まり、大きなことまで。しかし、数日経てば食い違いはなくなっていく。おそらくこの事柄に気づいているのも、今はランドだけなのかもしれない。

 どうやらランドの記憶はその変化が緩やかなようなのだ。


 魔女との関わりが深ければその分、緩やかに『彼女』を忘れていくのだろうか。


 だったら、彼はどうなのだろう。

 すでにここでの名を失っている彼は。


 長官室の扉が叩かれる。


「どうぞ」

「失礼します。例の者についてですが」


衛兵が頭を下げた後、続けた。


「クロノプスの嫡男について、ですね」

「えぇ」


 その衛兵はかつて『メイ・K・マイアード』と呼ばれていた少年兵の上司だった。そして、その名はいずれの時にも呼ばれていた過去がない、というものが現状である。現在の彼にあるのはルオディック・w・クロノプスという唯一の名のみである。


 ☆


 ときわの森にある盤上の石は完全に勝敗が付いており、さらにこぼれ落ちた石が、ラルーの足元に散乱していた。

「どうしてその未来を選びたがるのかしら?」

 ラルーの瞳に伏せられた睫毛の陰が暗く落ちていく。

「あなたは、どんな未来でも描き変えられることが出来るでしょう?」

 そして、流れる髪を一束、掌に載せて見つめる。その髪は紫ではなく黒へと変わりつつあった。その髪を見つめたラルーは、大きく溜息を付いたかと思えば、すぐに立ち上がった。


 これが最後だ。


「庇う必要のない者まで気にかけることはありませんのよ。あなたには関係のない過去なのですから。あなたの本当の望みは違っていますでしょう。ただ一緒にいたかっただけなのでしょう? こんな器用なことが出来るのならば、出来たはずだわ」


 しかし、まさか、ラルーの過去まで触られるとは思っていなかったのも事実だ。

 だが、この判断は間違いではない。


「確かに……良い判断だとは思いますわよ」


 ワカバの描く過去を阻害出来る者があるとすれば、それはラルーしかいないのだから。

 黒髪黒目。

 それは、魔女ラルーになる以前の姿、人間のものだった。


「だけど、ルタだからと言って何も出来ないと、ほんとうに思っていらっしゃるの? わたくしは、今までラルーとして人間を動かしたことなどありませんのよ」


 ラルーはひとり喋り続けた。まるで、そうでもしていないと立っていられないかのように。


「まぁ、あなたへの最後の奉仕として、銀の剣を運ぶ役目だけは果たしてあげましょう」


 呟くように言葉を落とし続けたラルーは、足元にあった石をそのままにし、やはり足元に寝そべっていた銀の剣を拾い上げ、歩み出した。


 『今』が始まるのだ。


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