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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『風の中にあるふたり④』

 

「ワカバをどこへやったのかって訊いているんだ」

 勢いよく発せられたはずの二度目の言葉は、キラの中で重く響いた。重く響いた理由をキラは知っている。

「知らないわよ。出て行ったの」

 シャナも同じ言葉を発するが、いつもなら真っ直ぐ睨み付けてくるはずのシャナがキラを見ようとしない。その背中にはアブデュルがいる。


 朝、ワカバに出会った時に感じた違和感をそのままにしたキラが悪い。

 キラ自身本当は分かっていたのだ。

 ワカバが早起きをして、扉の外を覗いているなんて、まったくおかしな光景だったのだ。ワカバはいつもねぼすけだったから。

「ワカバが勝手に出て行くわけないだろっ」

 きっと、そんな驕りがキラの中にあったのだ。


 そもそも、ワカバは勝手なことばかりする厄介者だったのに、どうしてそんな風に思ってしまっていたのか、それすらキラの驕りだったとしか思えない。

 そんな怒りを少なからず、おそらく、ワカバを逃がしたのだろうシャナにぶつけている。そんな自覚もどこかにあった。


 ただ、知りたかったのだ。もしかしたら、場所を指定しているかもしれない。もしかしたら、戻ってくるように伝えているかもしれない。彼女からなにかしらの情報を掴みたかった。


 だから、一歩詰め寄る。そして、シャナが一歩にじり下がる。シャナの背中がアブデュルにぶつかると、アブデュルが耐えられずに叫んだ。

「ち、違うっ、僕がっ……ぼくが、」

「黙りなさい。主人はあたしよっ」

 せっかく一歩踏み出したアブデュルを制止したシャナの表情には、自身の言葉に対する負い目や、辛酸を舐めたようなものが伺えた。それでも、キラは詰め寄った。

「お前が何をしたんだ?」


 少しずつ取り戻されていくジャックとしての冷静さ。

 相手のことなど考えず、ただ自分の利益のみを押し進める者。

 シャナに答えさせるために、ただ詰め寄る。シャナのアキレスがアブデュルであることは知っている。

 そう、ジャックたる者、そのアキレスを持ってはいけない。


 持ってはいけない……。


 シャナを押し退けアブデュルに近づく。一瞬怯えた表情を浮かべ目を伏せた彼は、意を決したようにキラを睨み付けた。負け犬の遠吠えのようなものだろうが、彼なりにシャナを守りたいのだろう。それなのに、シャナがそれを制する。シャナは肩にあったキラの手を払いのけ、虚勢を張った。


「こいつは、……なにもしてないわよ。お金が必要だったのよっ。そうよ、」

 言葉に詰まったシャナの赤い瞳が揺れる。シャナはおそらくアブデュルの行動のすべてを知っているわけではないのだ。ただ、彼を庇うために言葉に嘘を乗せようとしただけ。

「そうよ、良い値になったわ。これで、父の介護費用も、元従業員の給料も……ぜんぶ」

「売ったのか?」

 怒鳴りはしない。ここで怒鳴れば真実は漏れてこないことを、キラは知っている。だから、その揺れる瞳の奥を覗くようにして、静かな言葉を落とすのだ。

 そもそも、シャナに対する怒りなど、なかったのだから。


「なぁ、訊いてるんだ。お前はワカバを売ったのか? 誰に売ったんだ?」

 揺らいでいたシャナの瞳が定まった。本来シャナは嘘をつくことが苦手なタイプだ。

「逃げなさいって言っただけ……どこへ行ったかまでは、分からない」

「そうか……」

 力の抜けた声が出た。

「ごめんなさい。でも、悪いのはアブデュルじゃなくてあたしよ。動いたのがこいつだっただけ」


 そんなシャナの言葉に、アブデュルが唇を噛みしめていた。なにが彼をそうさせるのかは、キラには分からない。どうだって良いのだ。彼が上手く動けない理由など、このふたりの間になにがあったのかなど、キラの与り知らぬところなのだから。

「そいつも、売ってはいない」

 だから、謝って欲しいとも思っていない。

「へまをこいただけだ」


 アブデュルも葛藤の末、ワカバを売ろうと思わなかった。それだけを知っていれば、いいのだ。

 この中に悪い者がいるのならば、依頼人のワカバを捕まえておけなかったキラ自身だ。

 しかし、やっと厄介者がいなくなった。

 それで、良いのではないのだろうか。

 それに、ワカバは逃げたのだ。捕まえられたのではなく、突き出されたわけでもなく。


 町の騒ぎから見ても、まだ、逃亡中なのだろう。上手くいけば、ときわの森まで辿り着くかもしれない。

 マンジュの国境あたりからなら、ときわの森までは半日足らずで辿り着く。魔獣の多い地域だ。関所に助けを求めるものが多いため、他国に入るための通行証も必要ない。

 そうだ、無事に辿り着くのなら、それでいいのだ。

 マンジュさえ抜ければ、ワカバに危険はない。


 リディアスよりも魔獣の多いワインスレー地方はワカバに有利に働くことの方が多いのかもしれない。屠られる人間は多かれど、魔獣に襲われないワカバにとっては、その魔獣すら味方に付けてしまうのだから。


 ときわの森なら、なおさら。


 キラは言い訳のようなことを様々脳裏に並べ連ね、どこかふわりとする感覚のまま、窓の外を眺めていた。

 町はまだ騒いでいない。捕まったのならば、少なくともあいつらは、消えている。

 眼下にある細い道の陰には、便利屋がいるのだ。おそらくジャックではない、あのクイーンに監視するよう命じられただけの単なる便利屋か賞金稼ぎだ。奴らがここを見ている限り……。キラは窓を開いて、町の様子をもっとよく見ようとして時を止めた。

「ねぇ、……」

 シャナの声が背中に聞こえた。しかし、それはすぐに窓から入ってきた風に吹き飛ばされて、続く言葉はキラの耳には届かなかった。寒さ除けの分厚いカーテンがはためく音が、うるさく部屋の中に響いている。風に景色が煙る。


「ワカバ?」


 キラの目にあり得ない景色が見えたのだ。

 風吹き荒ぶその中に、ワカバが蹲って、キラを見上げていた。

 そして、その荒ぶ風に、ワカバの幻影が吹き飛ばされて消えていく。

 シャナがキラと同じように窓に乗り出していた。

「なに言ってるの? ねぇ、しっかりしなさいよ」

「なぁ……」

 キラの視線はまだ窓の外にあった。

「なによ」

「頼みがある。もし、あいつがここに戻ってきたら、匿ってやってくれないか」

 視線を窓の外に投げたまま、心ここにあらずのキラがシャナに頼みを伝える。そして、一呼吸おいた後に、キラがやっとシャナを見た。

「頼む」

「別に、いいけど……ねぇ、大丈夫なの?」

「ワカバを探しに行く」


 そうだ。ワカバはリディアスの首都ゴルザムでさえ、見つからなかったのだ。

 幻影のようにどこか、人の視線を掻い潜るような、そんな雰囲気すらある。そして、迷子になった後はいつも元いた場所に戻ってくるのだ。


 首都の城壁の前にいた時も。

 キャンプで火を吹いた時も。

 走り出したキラの背中には、やはりシャナの声がぶつけられた。


「ねぇ、マンジュは広いのよ、あてもなく探せるわけないじゃない」


 違う。マンジュは広い。だが、ディアトーラと違い隠れる場所が多いのだ。


「ねぇっ!」


 きっと、ワカバはどこかの路地裏で、膝を抱えて、不安を胸に抱えている。

 キラにはシャナの声がもう聞こえていなかった。

 どんな計画も持たずに走り出したキラは、おそらく本当におかしかったのだろう。普段のキラからは考えられない根拠を元に、キラはマンジュの町へと駆け出したのだ。

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― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。シャナとの交流を通じて、言葉で相手に伝えようとするようになったワカバ。キラに「一緒にいたい」とまでは言えなかったけれど、キラは何気なくその言葉を返してくれて。それでも、…
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