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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『シラクにて決別④』

 どこをどう歩いて帰ってきたらこんな時間になるのか、キラには分からなかった。ただ、そんなキラを待ち構えるようにして、シャナが自室の扉を開いたことには気が付いた。

「ワカバは?」

「寝てるわよ」

 シャナの見せる相変わらずの不機嫌にも、キラは無関心だった。

 そうか、シガラスはまだここには来ていないんだな。

 そんな感想しかなかった。しかし、同時にキラがすぐに戻ってくるかもしれないここに、あのシガラスがわざわざ先手を取りに来るとも思えなかった。


 あのシガラスは、まだキラを消す決断が出来ていないように見えたのだ。来るはずがない。仕掛けてくるなら、キラがここを出立する明日以降だ。

 シャナに声をかけられて働き出したキラの頭は、そんなことまでを想像させた。

「ねぇ、あなた怪我してたの? あの子、あなたに渡すって言って遅くまで起きてたんだけど、あたしが渡しといてあげるって寝かせたの」

 そう言って、シャナは無遠慮にキラに口径の広い小瓶を突き付けた。中にはやはり草をすり潰したような、緑を深めた粘質の何かが入ってあった。これは塗り薬なのかもしれない。

 怪我など……そう思い、胸のひりつきに気が付いた。


 シガラスの銃口を押し宛てていた場所だ。そして、力任せにねじり押し付けられた。こすれて擦り傷くらいにはなっているかもしれない。

 だが、それを魔女でもないワカバが知り得るわけがないのだ。

 だから、それを知り得るワカバは、やはり魔女なのだ。庇う者などこの世に存在しない。ワカバはそんな存在なのだ。


「あぁ、ありがとう」

「何よ、素直で気持ち悪いわね」

 いや、……。

 ふと、シャナの言葉に違和感を覚えた。

「ワカバが喋ったのか?」

 どこか朦朧としかしない頭で、キラはシャナを眺めた。シャナが満足そうに鼻を鳴らす。

「そうよ。あの子、声を出すの怖がってたのよ」

「それは、おれが言ったからだ」

 そして、そのキラの答えに表情を変えた。


「分かってたんなら、余計にそんなことで魔法は生まれないって言ってやりなさいよ」


 今の『キラ』にそんな風に言われて何の説得力があろうか。とても弱い。そんな者に、なんの……。

 だから、キラは部屋に戻ろうとしたのだ。

「悪い、魔法には詳しくない。早朝には出発したいんだ。少し寝かせてほしい」

 それなのに、シャナがキラの腕を掴んだ。

「あのね、あんたが言わなくちゃ何にもならないのよっ」


 今日は本当によく怒鳴られる日だ。そして、相変わらずシャナの声はキンキンと頭に響く。それだけで、苛立ちが募ってしまう。

 そして、その声にキラの不安定は、苛立ちに対しての歯止めが利かなくなる気がした。だから、じっとシャナを睨み付けたのだ。それなのに、シャナは続けた。


「分からないんなら教えてあげるわよ。あのね、魔法ってそんなに簡単には出ないのよ。あたしたちの工場で何度も実験してるんだから。魔力がある者の言葉と気持ちが揃ってやっと。言霊っていうのにも似ているの。喋っただけで魔法が出るなんてあり得ないの。ちぐはぐな言葉で魔法を出せるだなんてよほどの手練れなのよ。あの子がそんなわけないでしょう? 喋ることを恐れるくらいの未熟な魔女なのに」


 ワカバが手練れなのか未熟なのかは分からない。

 ただ、トーラを持つ魔女だと、ランドもラルーも示唆するだけで。

 そして、トーラがごくわずかに存在する『魔法使い』や『時の遺児』と同じ存在なのかというと、そうでもない。


「ねぇっ」

 何も言わないキラに腹を立てたシャナが静かに叫んだ。

「放せよっ」

 キラは思わず力任せにシャナの手を振り解いてしまった。驚きに引き攣るシャナの顔が、キラを見つめていた。そう、キラは本来そんな表情で眺められる存在なのだ。忘れてはいけないのだ。

「悪い……本当に寝かせてくれないか? 疲れてるんだ」


 シャナはそれ以上キラに干渉しなかった。そして、扉が閉まる。

 キラはそのままベッドに倒れ込み、泥のような眠りを貪った。

 バグベアの時間を意識的に奪えるようになったワカバが再び喋るようになった。それはキラにとって幸なのか不幸なのか。

 この世界にとって、それがどう転ぶようになるのかさえ分からなかった。



 トーラとはすべてを超越した存在だった。

 そう、時の遺児を生み出したのも、種のない奇術師のような魔法使いを生み出したのも。

 魔獣が生み出されたのもトーラがあるからなのだ。

 この『世界そのもの』と言ってもいい存在。

 だから、手に入れたい者も存在するし、恐れる者もいる。恐れはまだいい。良からぬ者が持てば、それは確実に『悪』になる。

 だから、リディアスは魔女を狩る。リディアスが掲げる正義も大きく見れば間違ってはいないのだ。


 だけど、ディアトーラだけはそのトーラを畏れの対象として存在させていた。決して人間が触れてはいけないものとして。


 そのトーラはときわの森にあると、キラの継母(はは)は言っていた。

「トーラとは時の遺児として生まれることが多いのよ。だから、私たちは時の遺児をときわの森に匿っている。だけど、本当に怖いのは時の遺児として生まれたトーラではなく、どの時にも存在することのなかった存在がトーラを持つこと」

 継母(はは)のマイラは、幼いキラ、ルオディックを見つめて微笑んでいた。ルオディックは、ただそんな優しい微笑みを彼にくれる継母の顔を嬉しそうに眺めるだけ。


 マイラは呪い師の家系だった。そんなマイラの言葉は時に優しく、時に恐ろしい言葉に変わった。しかし、ルオディックはただ継母が彼に話しかけてくれることが嬉しかったのだ。

「彼女は世界の根幹を揺るがす存在になるわ。だから、魔女狩りが行われるの。だから……」

 継母の黒い瞳がルオディックを見つめる。少しだけ怖かった。


「なぁに?」

「お姉ちゃんを守ってあげてね」


 だけど続いた優しい響きを持つ言葉に、だからルオディックは「はい」と、ただ継母の優しい笑顔を見たいだけで、その返事をしたのだ。

 この時のルオディックは、まさか継母が魔女として処刑されるだなんて露も思っていなかったのだ。


『シラクにて決別』了

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