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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『シラクにて決別①』

 いけ好かない奴だった。そもそも、本名からしていけ好かない。

 ただ、だからこそシガラスにとって、使い捨てやすい駒だったはずだった。

 ルオディック・w・クロノプス

 それはディアトーラ領主元嫡男の名であり、おそらくガーシュが拾ってきたあの小僧、キラ本人であることは間違いない。


 現在のディアトーラ領主はその姉であるイルイダが務めているが、ディアトーラは存在自身がややこしい国だった。そもそも国家元首のくせに領主と名乗っているところからややこしい。さらには『魔女』を崇めているとされている。

 いや、彼らにとっては『魔女』ではないのだろう。リディアスで言えば、リディア神と同じような存在、と言っても良い。


 その魔女に与えられた土地を守る領主。彼らの中では、この世界はすべてその魔女のものなのだ。

 確かにリディアスも同じようにこの世界はリディア神のものだとはしているが、明らかに異質なのは、その領主家系は魔女の怒りを治めるための『贄』として存在するらしいことだ。

 であれば、消息不明のルオディックはその贄となり、そこから逃げ出した者、と考えるべきなのだろうか。

 しかし、奴の性格を思えば、そんな風には思えなかった。


 死にきれなかった奴はガーシュに拾われた後、一度ガーシュの元から飛び出している。その家出少年をガーシュの元へ送り返したのはシガラスだった。

 家出捜索もジャックとして使ってやっていたのもガーシュに頼まれたからだ。


 死にたがり屋が、贄を嫌がったとは考えにくい上、奴はもっと何かを恐れているように思える。

 何を恐れているのかはシガラスにも分からない。

 奴は自分の死を望みはするが、死に抗おうとしないだけで、望んで死のうとするわけでもない。


 奴は、一度ワインスレーに戻り、リディアスに向かって三月山を登っている。ディアトーラに未練があったともとれるのだろうが、下山後の奴の表情を見れば、それは違っていることが目に見えて分かった。

 奴はただ自分の存在を、ことひたすらに消したがっていたのだ。

 そこまで考えたシガラスは、空に溜まっていた紫煙を吹き飛ばした。

 そう、奴はジャックとしての腕はあるが、そもそもが向いていないのだ。

 いや、奴の性質、今はそんなことどうでも良い。


 奴は、三月山を越えたことがある。そして、あの魔女騒ぎがあったスキュラでは、船に乗った形跡はない。あれ以来、リディアスで魔女を見たという目撃談はない。

 三月山麓の町で、山送りがあったらしい。

 きっと、奴は魔女を連れて越えてくる。あの魔女はときわの森で魔女狩りに遭った生き残りなのだ。ワインスレーにならそんな魔女の知り合いもいるかもしれない。


 だから、シガラスは三月山を越えて初めて見える町『シラク』で、待ち構えているのだ。

 いけ好かない、奴のために。わざわざ道を引き返させるために。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。シガラスはキラのことを単なる駒だとしか思っていなかったのに。他のジャックと何ら変わらない存在だったのに。


『どうしておれは生きてるんだろう。おれはどこでなら死ねるんだろう』


 キラがジャックとして生きることを決めた下山後に、シガラスが聞いた言葉だった。

 もしかしたら、ここから狂わされていたのだろうか。

 くゆらせては溜まっていく紫煙を払うため、シガラスはもう一度、その煙を吹き飛ばした。


 ☆


 雨に足止めされる形で木こりの小屋で一晩を越したキラ達は、出立前に朝食の準備をしていた。今日は晴れて、日射しもある。

 こよなく太陽を愛していそうなシャナの機嫌は、当たり前のようによかった。

 意外とワカバよりも分かりやすく出来ているのかもしれない。

 キラは椀の中にある豆の煮物を眺めながらそんなことを思っていた。


 今朝はワカバに乾燥豆の煮物の作り方を教えていたシャナは、キラなんかよりもずっとワカバの母親のように見え、満足そうに「良く出来ました」と喋らないワカバの頭を撫でていた。

 その後アブデュルが鍋と椀を洗いに行くというので、キラは彼に付き添うことにしたのだ。

 水場までは少し歩かなければならないのだ。


 辺りを警戒しながら、ただ黙って椀を洗うアブデュルを見ていると不思議な感覚を覚えたのは確かだ。いったいなんの得があって、彼はシャナに尽くそうとしているのだろう。キラにはよほど彼が彼女に恩を感じているとしか思えないのだ。

 もちろん、主従関係はあっただろうが、今はその関係も崩れているはずなのに。

 しかし、それは今の自分そのままにも当てはまっているようにも思えた。依頼人と請負人という関係はあろうが、その関係はすでに崩れているのだから。


 アブデュルは丁寧に椀のひとつを洗い終わり、ふたつめに手を伸ばす。

 辺りは相変わらず閑かだ。

 警戒しても何の役にも立ちそうにもなかった。だから、キラも今は彼の仕事外にある鍋に手を伸ばして、その鍋を水の中に突っ込んだ。


 水は冷たく指先に刺激を与えるが、(かじか)むほどでもない。

 どこか程よい懺悔にも思える。

 あぁ、懺悔なのか。


 キラの行動に気づいたアブデュルが一瞬キラを見つめた後に、「ありがとう」と弱々しい声で感謝を述べた。

「いや、……」

 キラはその感謝に返す言葉を持っておらず、どこか自分の無力さをアブデュルに重ねていたことに気がついた。

「別に、ひとりでしなければならないことでもないだろう?」

 やはりアブデュルは「ありがとう」と言った。

 今度は水の中にある手を見つめながら。


 天候としての雲行きは出立に相応しい晴れだった。しかし、嫌な閑けさは消えず、どこかワカバを見ることを避けている自分自身に、キラは気づいている。

 もちろん、食後から体調を崩しているアブデュルを心配しているワカバは、気づいていない。アブデュルはそんなワカバに『体が冷えただけだから、大丈夫だよ』と言っていた。


 あの夜、何がなんでもラルーにワカバを渡すべきだったのだろうか。いや、ラルーだってワカバを殺す可能性があるのだろう。

 だから、そんな役をキラに擦り付けようとした。

 そんな風にさえ考えられる。

 キラは名声などいらない。そして、魔女に望む願いがあるとしたら、それはずっと昔にあっただけで。

 それも、もう必要のない願いになっているのだから。キラには『魔女』など必要ないのだ。

 ラルーの言う言葉はすべて否定出来る。それなのに、ここに来て、自分がジャックであるということに絶望を感じてしまうのだ。


 キラがルオディックを捨てるきっかけを作ったのは、魔女であり、リディアスのディアトーラ進軍だった。

 ときわの森へリディアスが進軍するきっかけになった理由は、なにもディアトーラが魔女信仰をしているからだけではなかったのだ。


 あの魔女狩りの一年ほど前。

 ときわの森へ逃げ込みたいという親子がいたのだ。

 時の遺児でもなんでもない母子だった。アナケラス時代のリディアスは魔女狩りにしがみつき、その名声を高めようと必死になっていた時代だ。

 おそらく、その母子もその犠牲者の一組だったのだろう。それを、継母(はは)のマイラは助けた。

「娘だけなら」

 と。


 その娘が今どこでどう生きているのかは分からないが、乳飲み子を探し出すほどリディアスも暇ではなく、母を突き出すことで納得したはずだったのだ。

 それなのに、あの魔女狩りが起きた。

 理由は、継母(はは)の謀反だ。


 マイラはディアトーラを守るために、自ら火あぶり台に立ったのだ。そして、幼いルオディックに願いを託した。

「お姉ちゃんを守ってあげてね」

 と。姉のイルイダはリディアスの神学校へ通わされていた。その間は、学校が保護してくれる。リディア神は絶対で、その庇護下にある限り、たとえ国王であっても手は出せないからだ。

 だから、継母(はは)のささやかな葬儀の後、キラはときわの森の魔女を探しに……。

 ときわの森の魔女に願いを叶えてもらおうと……。


 出会ったのだろうか。キラの記憶はそこに至ると、緑の光に包まれるようにして、細く消えていく。


 誰かに会って、願いは託した気がする。しかし、キラの次の記憶はベッドの中だった。父が目覚めたキラの頬を平手打ちし、部屋を出て行ったことだけが鮮明に記憶に刻み込まれていた。

 ただ、森へ入り込んだことだけを叱られた。


 だから、リディアスの第二の魔女狩りを許し、その後もアナケラスの狂気を恐れた父は、リディアスの神学校から卒業する姉のイルイダをそのままリディアスへ渡そうとしていたのだ。

 その時のルオディックは、自分がいるから……跡継ぎには困らない。そして、それは父がいる限り変わらないと思っていた。


 傷はなくなったとしても、あの夜に感じた生温い赤の感触は、キラの中からは、絶対に消えることはないのだろう。

 それはイルイダが卒業し戻ってくる予定の七日前だった。

 そう、願いを託した相手が魔女(トーラ)だったのならば、おそらくキラはここにはいない。どんな未来があったのかは分からないが、『キラ』として生きていることは、絶対になかった。


 いつものシャナの声が聞こえた。

「ねぇ」

 また何か文句でも付けようと言うのだろう。だから、キラは少しだけ先回りをして、相手の喜びそうなことを先手として取り出した。

「次はシラクで一泊の予定だ。少しゆっくりしよう」

 シラクは三月山が火山だった恩恵を唯一受け続けている温泉地である。案の定シャナの表情が輝いた。


「当たり前よね。もうくたくたなんだから」

 そして、いつものごとく足を速めるシャナにキラは並ぶようにして追いかけた。


 嫌な気配が一つ増えているのだ。

 獣類ではなく、人間のもの。


 ちょうどワカバも顔色の悪いアブデュルを心配そうに眺めていることだし、シャナには悪いが、端から見えるペアを変えておいた方がいい。


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― 新着の感想 ―
キラのことをよく知るシガラスの言葉から、徐々に色々なことが明かされてきて、引き込まれました。 キラからみた『魔女』という存在。彼が恐れる、魔女ではない何か。今後も楽しみです。シャナはワカバの母親のよ…
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