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Ephemeral note「過去を変える魔女と『銀の剣』を持つ者」  作者: 瑞月風花
第二章『魔女が望む世界』

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『スキュラの魔女②』

 

 リディアスは魔女を狩る国であると同時に、リディアスのどの地域にも魔女の過去が存在している。

 それは、過去にリディアスが狩った『魔女』がその地域に存在し、それらを制圧していったからである。

 しかし、ここスキュラにある魔女伝説は、他の魔女とは少し違った意味を持っていた。スキュラの魔女は、人に焦がれてやきもちを焼き、その嫉妬で人間の女を河に引きずり込んだそうだ。

 リディアスはそんな土地を魔女から守るという約束の下、ここを手に入れたのだ。

 しかし、引きずり込まれた女は恨みから河に住む竜となり、魔女を呑み込もうと今も目を光らせているという。魔女はだから、マナ河には近づかない。女は魔女が近づくと、その者を呑み込もうと川を氾濫させる。


 だけど、今はまだ氾濫しそうにない。きっと、ワカバは悪い魔女ではないからだ。


 ワカバはそんな風に都合よく考えてみた。

 このマナ河を渡るとワインスレー地方になり、ときわの森があるディアトーラという国に着くらしい。

 川幅が広く、対岸がほとんど見えない。晴れていれば、ワインスレー側の岸とその町の影は見えるだろう、とはキラが言っていた。ワカバは目を凝らし、その対岸を見つめた後、晴れない空に視線を移す。

 あちら側につけば、キラと別れる。もし、ラルーがいなければ、ワカバはどうすればいいのだろうか。

 そんなワカバの見つめる先にある流れる水は、雲の色を移して灰色に濁っている。


 だけど、そんな遠い国へときわの森から来たはずのワカバは、そのことを一切覚えていない。それも、この水のよう。曇って見えない。

 ときわの森に住んでいて、次に出てくる記憶はあの壁の中。まるで見えない対岸のように、ワカバにはそれが本当なのかどうかが分からないのだ。

 分からなくなったのだ。

 ラルーは壁の中でよく「人間など信用するものではない」と言っていた。確かにそうだった。あの壁の中にある人間のほとんどは、ワカバをよく思っておらず、ワカバだって彼らを好きだと思ったことは一度もなかった。信用する以前の問題だった。しかし、壁の外で出会った人間はマーサにしろガーシュにしろ、ワカバにとって大切で、大好きで、信じられる人間であることに間違いない。


 そう、キラだって。


 しかし、ワカバは魔女なのだ。

 分かっていたことだけれど、魔女なのだ。それも、人間を傷つける魔女。

 だから人間は魔女を嫌う。

『人間など信用するものではありませんわ』

 ラルーの言葉が頭の中で反芻される。その通りなのかもしれない。だから、キラはワカバにここで待てと言ったのかもしれない。もしかしたら、戻ってこないのかもしれない。

 だけど、信じたいと思う。だから、どうして火が出たのかを考える。

 どうして、ぞわぞわするのかを考える。


 痛いと思った。そして、掴まれた手が熱かった。

 それだけ。

 だけど、それだけでは、きっと、ない。

「どうして?……」

 そして、慌てて両手で自分の口を覆った。お喋りをしてはいけないのだ。何が起きるか分からないから。

 キラが魔法は使うなと言ったから。


 しかし、その川の流れに不穏が現れる。水竜が現れるのだと思った。魔女を嫌う人間のなれの果ての水竜が、ワカバを引きずり込もうと、やってくるのだ。ワカバは恐怖に苛まれた。

 やっぱり、言葉は発してはいけないのかもしれない。

 そんな風に思いつつも、動けない。


 これは、わたしが出した魔法なの?


 以前、ラルーに教えてもらったことがある。普段喋っている言葉と、呪文は同じ言葉で出来ている。だけど、言葉と違い、ひとつひとつの文字に力が込められているものだけに、魔法は発動する。

「心配しなくても、あなたにも出来るようになりますわよ」

 ラルーはラルーの魔法に驚き感心していたワカバに微笑みをくれながら、教えてくれた。

 だけど、ラルーは魔法を嫌っていた。時々、手品のように幼いワカバを喜ばせてくれていただけで。


「魔法なんて蜃気楼のようなもの。とても頼りなくて、儚く消えていくものですもの。当てになど出来ませんわ」


 ワカバが見つめていた水面が膨らみ始め、大きく膨らむあぶくが弾ける。あぶくの中から悪夢が出てくる……。

 キラとの約束を破ってしまったかもしれない。

 悪い魔女になってしまったのかもしれない。

 きっと、魔女のわたしを、河に引きずり込もうと現れたんだ……。

 ワカバの心臓が鼓動を早め、痛くなる。

 立ち上がったワカバが膨らみ続ける水柱を凝視していた。


 嫌だ……。


 そう思った瞬間に、ワカバの腕が背後に引かれ、それを追うようにして、水しぶきが滝のように大地に打ち付けられた。そして、その水しぶきから庇われていることに気づいた。見上げた先には、怖い顔のキラが、前方を睨み付けていた。


 曇り空に一点、旋回する紅のインコがきぃきぃと鳴き叫んでいた。


「スイリュウダッ。スイリュウ。……キィキィ、コゥッコゥ……スイリュウ、スイリュウ」


 キラの視線は、水竜一点にある。そして、真っ直ぐ落ちてきた言葉にワカバは凍えた。

「今回は、お前を見てるんだな」

 そうだ……あれは、わたしを見ている。そして、その瞳はガラス玉のように青い瞳は、何も映していない。そこに意志を与える者がいるのならば、それは、魔女でしかない。

 水竜が纏うものは、細かな水の粒子。それが水竜を形作っている。半透明の体は僅かに青い色を帯び、遠くを蜃気楼のように歪ませて見せていた。


 ゆらゆらと揺れる景色は、とても不安定でまだ何も決定されていないもののように思えた。それでもその揺れる景色の中には、日々の営みに勤しむ人間の町があることを、ワカバは知っていた。マーサやガーシュ、あの宿屋の親父さんに、端布屋の家族。

 そして、僅かに騒がしく揺れ始める景色。


 だけど、ワカバはときわの森に住んでいて、ある日人間たちがやって来て、ワカバを壁の中へ連れて行き、そして、痛いことばかりが起きた。金魚ちゃんも人間に殺された。キャンプのあの男たちは、ワカバを恐怖に陥れた。

 人間など……信用……してはならないのだ。


 そう、人間などちっぽけで臆病で、魔女達が静かに暮らしていた村に襲いかかって……。

 そうだ。

 そこに住んでいた魔女達は全て人間に殺されたのだ。

 だから、あの場所にいた。

 人間など信用するものではない。


 ラルーの言葉は真実だ。

 水竜はじっとワカバを見つめていた。そして、まるでワカバの意思を確認したかのように、ふと遠くにある町へとそのガラス玉を向けた。

 そう、人間など来るかどうか分からない明日の存在を確かに感じて、儚き希望を感じ、叶わぬ夢に絶望し、勝手に腐っていくもの。そして、何かのせいにしながら、ただ日々を、時間を食い潰していく虫ケラのような存在なのだ。


 そして、今、この一瞬に、有無を言わさず否定されてしまう。そんなちっぽけな存在で。蟻を踏み潰すくらい簡単なことで、彼らの全ては何もなかったことになる。

 そんな儚い世界を生きていることを、彼らは知らないのだ。

 だけど、……。


 ワカバはキラを眺めた。キラは何を思っているのだろう。

 このまま水竜に命令を下せば、きっと町へと進むのだろう。スキュラに魔女が現れた時と同じように、水竜は荒れ狂い、誰彼構わず呑み込んでいくのだ。

 本当に悪い魔女になってしまったワカバを、キラはどう思うのだろう。


 動かすことは出来るかもしれない。キラとワカバは助かるのかもしれない。だけど、また約束を破ることになる。


 ワカバは自分が助かるために人を殺したくないと、キラに伝えたのだから。

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